第4話 アテも果てもない旅路

 H2ハマーは夜の道路を走る。これなら多少の悪路も問題ない。

 宵闇を駆ける黒の車体。たまに折れた電柱──どういう理由があって折れているのかはわからないが──などを車から降りて吸血鬼の剛力で排除する。

 その度に歓声を上げるアオイ。頭痛を抑え込むように目の間を揉むヴェストル。


 大体においてふたり旅というのは沈黙が最大の敵だ。

 しかし今回はその限りではない。アオイがとにかくよく喋るからだ。


「文明が崩壊し終える頃には、すっかり髪色も目の色も変わり果てちゃって。それからは、私の持ちネタだったのが『どこも葵色じゃないけど、アオイ!』っていうのだったんだけど……よく考えたらこれ聞いても引くよねーって」


 今もマシンガントークは絶好調だ。


「そういえばヴェストルって文明崩壊前はどうしてたの? そんな吸血鬼吸血鬼した見た目じゃみんな怖がらない?」


 そう言われると、一瞬だけヴェストルは目を丸くして。そして次の瞬間、ブンと音を立て、テレビのモニターが切り替わるようにヴェストルの姿が黒い瞳に黒い髪色、ペールオレンジの肌色に変化した。


「こんなの全部まやかしだ」


 驚きのあまり、鯉のように口をパクパク開いていたアオイが小さく小さく声を上げる。


「格ゲーのキャラ?」

「なんだ“かくげー”って……」


 吸血鬼と人間は話が合わない。人間側の文化が多岐に渡るため、吸血鬼は話を合わせるのも苦労する。


「しかし次の人間と出会ってもいきなり逃げられたらたまらないな、しばらくこの色でいこう」

「自分の色を気軽に変えられるのいいなー!!」


 少女は助手席でグネグネと身を捩って男を羨ましがった。


「もうお父さんともお母さんともお揃いじゃないもんなー!! 目と髪!!」


 明るく、冗談っぽく言うけれど。彼女の真剣な悩みかも知れないと思えば吸血鬼は話題を深掘りする気になれなかった。


「両親に会えば関係ないって言うと思うけどな」

「もう会えない」


 端的に返され、気まずさが車内を包装紙のように優しく包み込んだ。

 車を急制動して停車するヴェストル。


「わわ、なになに!?」


 交通ルールがあればあっという間に人の迷惑になるような、それでいて日陰側になるような道路の端に車を停めた。


「お前との会話は疲れる、それに朝日が近いから寝る」

「ええーっ」


 寝袋を取り出してハマーのトランクに入り込んだ。

 恐る恐る覗き込むアオイ。


「そこがヴェストルのベッド?」

「そうだ、後は寝袋で日光を完全に遮断する」

「座り寝……寝苦しくないの?」

「人間だったらそうかもな」


 日光がニガテなのは俗説じゃないんだ、と独りで呟きながら。アオイは棺桶トランクの蓋を閉じた。


「おやすみ、ヴェストル」

「ああ」


 しばらくして吸血鬼の耳に再び声が聞こえてきた。


「私はどこで寝ればいいのー?」

「助手席のシートを倒せ」

「ずっとこれ?」

「……道中でテントと寝具が見つかったら拾ってやるから」

「はぁい」


 どこか不満げな声を漏らしながら、アオイはわざと大きな音を立ててシートを倒した。

 そして、『私との会話が疲れるってひどいよ』『私だって爆笑ネタまだまだあるもんね』『ヴェストルのバカ』と小さな声で呟きながら昇る朝日を尻目に眠りについた。


(全部聞こえてんだよ……)


 と、優れた聴覚で聴き取りながら瞼を閉じるヴェストル。

 数十分、寝付けない吸血鬼の耳に。


「お母さん」


 と小さく少女の寝言が聞こえてきた。


「……全部聞こえてんだよ」


 吸血鬼は一歩でも外に出れば我が身を苛む陽光の中。

 薄暗いトランクの棺桶の中で眠りについた。


 そして、夕暮れ。


 バタンとトランクを開いて吸血鬼が起き上がる。


「オイ、起きてるか」

「んん……」


 助手席で浅い眠りと目覚めを繰り返していた少女に声をかける。


「おはようヴェストル、おはようでいいのかわかんないけど」

「挨拶なんてどうでもいいだろ、そろそろ飯にしようアオイ」


 目を輝かせて車から降り、吸血鬼の元へ駆け寄る少女。


「今、名前呼んでくれたっ」

「知らん」

「もう一度呼んでヴェストル、もう一回っ!!」

「どうでもいいって言ってるんだよ」


 結局、その日は他の生き残りに会えなかったけれど。

 嬉しそうなアオイのマシンガントークはさらに絶好調となり。


 結果として騒々しいふたり旅は夕闇に、ひいては廃墟に似合わない音で進んでいったのだった。

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