第3話 廃墟の街

 どうして世界は滅んだのか。

 それがわかることは恐らくないだろう。

 辛うじて核戦争でないことだけは、環境と生き残りの存在でわかるが。


 ヴェストルはこの街に見切りをつけることにした。もっと最後の食事に相応しい人間を見つけにいくために。そしてその後をアオイはついてくる。


「ねぇヴェストル! なに探してるの? 私も手伝うよ!」

「じゃあついてこないでくれ」

「それは協力じゃないよ」


 不満そうにブーブーと声を上げるアオイ。頭痛を覚えて振り返るヴェストル。


(見た目は割と美味そうだよな。もっと喋らなくなって、もっと血色良く太って、もっと淑やかだと御馳走なんだが)


「あ、ヴェストルが今! 私のことエッチな目で見てる!!」

「見てねーよ」

「良くないんだー、ケーサツに言ってやろ!」

「どこにいるんだ、警察が……」


(何をしてもついてくるのなら、いつかもっと切羽詰まった時に血を吸う弁当代わりにするのも良いかもしれない。人間の肥育は得意なほうだ、他のヴァンパイアよりは、だが)


 ヴェストルは溜息を吐いてから右手を軽く上げる。それをよく人に慣れたペットのように右手の動きを視線で追うアオイ。


「この街を出る、もっと準備が必要だ……車とか、食べ物とか」

「ふたり旅になるもんね!」

「自分を勘定に入れるの早いな……お前は食べられそうなものを集めるんだ」

「ラジャー!!」


 ビシッと険しい顔で敬礼をすると夜に。廃墟の街に駆け出していくアオイ。それを見送ってからヴェストルは手早く動いた。これでアオイより成果が少なく、彼女に小馬鹿にされたらヴァンパイアの誇りに関わると思っているのだ。


 とはいっても難しいことはない。彼は街を散策中、比較的状態のいいH2ハマーを見つけてある。バッテリーさえなんとかなれば十分に動くだろう。そして永い命を生きる間に様々な技術を得ている彼はジャンプスターターを手際よく廃墟から見つけた。“吸血鬼がジャンプスターターを手際よく使うこと”のシュールさについては気にしてはいけない。


 廃墟の街、その宵闇に豪快なエンジン音が響く。


 そこにどこかから調達してきた鞄に色んなものを詰め込んできたアオイがやってきた。ヴェストルは鞄の中にあったものを物色する。


「ヴェストル、これご飯!」

「良くやった。水分が少し足りないが……道中の自販機から調達するか」

「調味料とか結構あったけど使わないよね……」

「いいや」


 トマト缶と調味料を手に、吸血鬼は口の端を持ち上げて笑う。


調味料スパイスが一番重要だ」


 その言葉に少女は首を傾げたのだった。


 鯖缶とトマト缶、顆粒コンソメにウスターソース。すりおろしにんにくのペーストに塩コショウ。あとはパスタとオリーブオイル。乾燥パセリも手に取る。

 吸血鬼はカセットコンロでパスタを茹でている。


「えっ……ヴェストル、料理できるの?」

「一人暮らしが長かったからな」

「にんにくチューブ持ってるけど平気なの?」

「吸血鬼がにんにくで死ぬと思われてるのは業腹だが!? 俗説だ」

「そういえばここ、十字架の前だよね……教会の前だし」

「どれもこれも俗説だ……!」


 黙って待ってろ、と言ってホールトマトの缶を開封、オリーブオイルと調味料を入れて煮込む。煮詰まってきたら中火にして鯖缶を投入、馴染んできたらパスタと和える。乾燥パセリを散らして完成。


「本当は玉ねぎがほしかったが贅沢は言ってられないな」

「わぁ……」


 紙皿に盛り付けて鯖とトマトのパスタを出す。


「お前の分だ」

「う、うん……」


 おずおずとフォークで一口、すると少女は涙を滲ませた。ギョッとする吸血鬼。


「……不味かったか? 最近の人間の好みは把握してなくてだな」

「ううん……美味しい。久しぶりに、あったかい食事で、美味しくて……」

「あ、そう」


 複雑そうにその食事を見ていたヴェストルもパスタを口にした。別に栄養になるわけじゃない、吸血鬼の食事は血だけだ。それでも。


「悪くない出来じゃないか」


 そう述懐して泣きながらパスタを食べる少女と深夜の食事会をしていた。

 食べ終わる頃、涙を拭ってごちそうさまでしたと言うアオイ。


「それにしても鯖缶でこんなに美味しいご飯が作れるなんてすごい!」

「ああ……鯖は血をキレイにするらしいからな」

「台無しだ!?」


 泣きながら、笑いながら。吸血鬼と人間の会話は滅びた街に反響していった。

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