こゆきとのぞみのお悩み相談室~部室と言う名の楽園をゲットせよ編~

地崎守 晶 

こゆきとのぞみのお悩み相談室~部室と言う楽園をゲットせよ編~

「ウチらにはっ! 部室が足りへん!!」

「……は?」


 大学の近所のカフェ。わたしは、目の前で突然拳を握り力強くのたまう同期にして悪友で二人きりのサークルのメンバーである小雪に冷たい視線を浴びせた。


「活動の拠点はぜったい必要やでのぞみちゃん! 悩める相談者ちゃんたちが駆け込める場所、ウチらがどーんと構えてトラブルを受け止める場所、そしてウチとのぞみちゃんがイチャイチャらぶらぶ出来る場所が!」

「最後の一つはいらないでしょ!ってかイチャ……そんなことしてたら部室追い出されるわよ! こないだ叱られたの忘れたわけ!?」


 ヘルプに行った茶道部での出来事。足が痺れてこけたところをふざけて覆いかぶさってきた小雪のムダに妖艶な表情が脳裏に蘇り、顔に血が上るのが分かった。

 茶道部部長のお叱りを小雪に思い出させてブレーキを踏ませるつもりだったが、彼女は全くこりていなかった。


「ああ~そんなこともあったなぁ、あのときののぞみちゃん最高にそそるわ~」

「それは忘れなさい!」


 ひとしきり騒いだ後、なんとか息を整えて話を戻す。


「で……部室を手に入れるったってどうするのよ、二人しかいないのに」


 最初からメンバーを増やすことを想定していないのがこのサークル。大学側が首を縦に振るとは思えない。


「そこは、ウチのこの溢れる財力でやな――」

「それは却下」


 小雪はどこから湧いてくるのか不可解な資金を依頼人の悩み解決に当てることが度々ある。学生のバイトでは賄えるのかはなはだ疑問だけれど、わたしが見ている前で買収だがなんだかに手を染めさせるわけにはいかない。

「ふふ、真面目やなあのぞみちゃんは。ま、マジメな手段で目指そか。いーっぱいお悩み解決して、部室のほうからウチらに使って下さいって言ってくれるようにしたろ」


 本気なのか冗談なのか分からないいつもの調子で小雪は言ってのける。

 そこでカランとドアから下がった鈴が音を立てて、思い詰めた顔をした女子学生が入店してきた。不安げに店内を見回している。匿名のメッセージを送ってきた今回の依頼人だろう。わたしはため息をついて立ち上がり、彼女を手招きした。


 イヤになって彼氏と別れたいのに付きまとわれるという彼女の縁切を成功させてからというもの同種の相談が立て続けに舞い込んだ。片っ端から拗れた縁を切り捨てるうちに『お悩み相談室』は評判になっていった。

 評判はさらなる依頼を呼び込み、一時はバイトを休んでまで奔走する羽目になった。

 それでいて、平気で学生の本分をサボる小雪とは違い、単位は落としたくなかったので講義には出て……となるとまさに目も回る忙しさだ。

 そんな中、フラフラになりながらその日のタスクを片付けて寮に戻ろうとすると、


「の~ぞ~み~ちゃんっ!」


 背中から抱きすくめられる。しばらく複数の依頼を二人で分担していたため、実に一週間ぶりに出会ったことになる。いつもなら小雪をひっぺ返してそのまま一本背負いでも極めるところだけど、限界まで疲れていたのでその温もりに身を任せてぼそりと呟くしか出来なかった。


「うわでた……なんなのよ」

「ついに手に入ったで! ウチらの楽園。さ、いこか」


 小雪は珍しく上気した顔で手を取ると、学生会館と部室棟の方向に引っ張っていった。


「じゃーん、ここがウチらの部室で~す!」


 芝居がかった仕草で扉を開けた先、古いがなかなかの広さの一部屋。テーブルやソファは掃除をしたばかりのように埃一つない。


「最近片っ端からお悩み解決してたら、昨日学生会のツテから去年廃部になった部活の部屋をもらえることになってなあ~これで念願の部室、ゲットや」


 得意げに、指に引っ掛けた鍵をくるくる回す小雪。


「はぁ、よかったわね」


 わたしはソファに腰を落ち着けて脚の疲れを癒しながら相槌を打った。学生会にツテって……相変わらず底がしれないやつ。

 この強引で、人たらしで、謎に広い人脈とバカみたいな行動力でわたしを引っ張っていく、いくら付き合っても底が見えない女。迷惑をかけられっぱなしだが、そのおかげで見たことのない景色を目に出来たのもまた事実。こいつのそんなところが、小憎たらしいのに憎めない。

 体にずしりとのしかかる疲れとソファの思いがけない座り心地でぼーっとした頭でそんなことを考えていると、いつの間にか間近に小雪の、同性から見ても怒りさえ覚えるほど整った顔が迫っていた。指先がわたしの顎につつ、と触れてそっと持ち上げる。妖しく舌なめずりして、一言。


「ふふ、これで思う存分、のぞみちゃんを愉しめるなぁ」

「は、はぁ? 部室でそんなことしたら追い出されるって言ったじゃない、の……」


 慌てて立ち上がろうとしたが、妙に力が入らない。疲れているからだ。

 一週間ぶりに小雪を近くに感じて抵抗する気が起きないとかではない、断じて。全く。


「久々やし、ええやろ、な? ウチものぞみちゃん成分が足りへんかってん」


 耳元に口を寄せて囁いてくる。ぞわりとした刺激が背筋を駆け抜ける。

 それは……それは、卑怯じゃないの。

 近づいてくる彼女の、どこまでも黒い瞳の奥にわたしのとろんとした情けない顔が映っている。ダメ、という言葉が出ない。吸い込まれそうな底知れない瞳はまるで、宇宙……。

 そこで扉が開いた。弾かれたように振り向くと、小雪の言う「ツテ」だろう役員の男子学生が硬直したように突っ立っている。

 彼はソファの上のわたしと、すぐそばでわたしの肩に手をかけるのぞみを交互に見て、一つ咳払いをした。これは、もしかしなくても……。


「これは……風紀が乱れると言わざるを得ないな……」


 重々しい声。

 ああ、案の定。失楽園は早かった。ここまでやって積み重ねた努力はなんだったのか。至近距離の小雪を睨むと、さして後悔した様子でもなくぺろりと舌を出している。そもそもアンタが部室が欲しいって言うからこんなに頑張ったというのに。コイツめ……。

 そして彼の口から、覚悟していた言葉が紡がれた。


「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」

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