第6ー8話

 美心が13歳となった春。

 屋敷の前には立派な駕籠と共に一人の侍がやって来る。


「お待たせした。将軍様の命を受け私、負海舟まけかいしゅうが美心殿を京の都まで無事に送り届けよう」


「お侍様、よろしくお願いします。美心、お迎えがきたぞ」


 父が玄関の引き戸を開けると、そこには立派な着物を羽織り化粧をした美心が母とともに立っていた。


「おお……」


「ねぇね、綺麗―――!」


「あぅぅ、きゃっきゃ!」


「お、お侍様……京までよろしくお願い……し、します」


(くそぉ、なんでこんな格好をしなきゃなんねえんだ! 俺が直々に裁縫したフリフリな服を着たかったのに! 着物なんて動きづらいったらありゃしない! でも、何を着ても可愛すぎる俺! 素晴らしい!)


 美心は美心で気持ちよく門出を迎えるつもりが着物のせいで心中が穏やかではなかった。


「こ、こほん……では美心殿、こちらへ」


 駕籠の中に入り両親に手を振る美心。


「美心ちゃん、いってらっしゃい!」


「京でも頑張ってな――」


 シリウスが美心の耳元で囁く。


「盟主、私達は春夏秋冬家にご恩があるのでまだ離れることができません。代わりにベテルギウス達、新七星をカノープスと共に先にキョートへと行かせてあります」


「ほぅ? 動乱の地キョートに奴らが赴くか。くくく、それは面白そうだ」


 父の配下の岡っ引きも温かい声援を送ってくれていた。


「美心ぉぉぉ!」


「美心、お手紙たくさん送るからね。あと年に一回は必ず会いに行くわ」


「うん、父、母、あたし立派な勇者になる!」


「ゆう……?」


「では……美心殿をお預かりします」


 駕籠者が美心を乗せた駕籠を担ぎ上げ屋敷を出発する。


「美心、向こうでもお行儀良くするのよ――!」


「うぉぉぉ、美心ぉぉぉ――絶対に会いに行くからなぁぁぁ」


 温かい声援を送られながら京へ向けて歩みを進める。

 東海道を進み約2週間、負や駕籠者との旅が始まった。


「なるほど……負様は鉄ノ国へ向かう予定なのですね」


「はっはっは、何年後になるか分からんが一度は火ノ本の外の世界を見てみるべきだと思ってな。我が国でも研究が始まった蒸気機関……あのようなものを作り出す者たちから学べることも多いだろう」


(この人に付いて行けば外国にもいるであろう魔王候補を探すこともできそうだが……むむむ、今は学園モノをプレイしてみたい気持ちの方が強い)


 どっちにするか迷いながらも時間は進みオッツーへ差し掛かる。


「これがビュワ湖……対岸が見えないほど巨大と聞いてはいたが」


「もうすぐキョートですね、負様」


「このまま進めば今夜にでも三条大橋に到着するでしょう」


 モンスターと出くわさないか僅かに期待していた美心だったが道中、何も起こることがなく無事に東海道の旅路を終える。


(まあ、分かっていたけどね。子どもが一人で外に出ても安全な火ノ本でモンスターと遭遇するなんて奇跡に近い。やっぱ海外だな。なんて退屈な旅だったんだ。明晴に送ってもらえば数分で着いたものを……時間を無駄にしちまった。だが、明日からは無自覚系主人公で学園生活を……いや、最初から実力を見せつける主人公も捨てがたい……いやいや、ここは能ある鷹は爪隠すってタイプの主人公でも有りか? くそう、やってみたい主人公が多すぎて迷う!)


「美心殿、到着したよ。ここが明日から君が通う国立陰陽術専門学校、泰山府君学園だ」


 駕籠から顔を出し学園を見る美心。

 広大な敷地に近代的な建築物。

 何故か、その場所だけは大学のキャンパスそのままの風景だった。


(どうして、こんな近代的な建物が……ってか、あの時計台ってどう見ても京都大学の時計台だよな? まさか、この場所って……)


「負様、ここの通りは……」


「ちょうど、そこの十字路が百万遍だから東大路通だね。それがどうかしたかい?」


(京都大学そのままじゃねーか! 異世界の京都大学は江戸時代からあった!? てことは、ここって本当に超エリート校なんじゃ? 俺より普通に強い奴が何人も居たら俺はモブとして学園生活を全うすることになる。嫌だ、そんなのは嫌だ!)


「さて、それじゃ寮に行こうか。寮母さんが待っているはずだ」


 戸惑いながらも敷地内に入り歩みを進める。

 どこの建物も夜間だというのに明かりがついて中が騒がしい。

 若者達の楽しい笑い声が聞こえてくる。


「あはは……」


「うふふ……」


「ウェーイ、ウェーイ、ウェーイ」


「ははは、如何にも青春って感じがして良いものだねぇ。私もこのような塾に通ってみたかったよ」


 だが、美心には違って見えた。


(違う! ここは陽キャの巣窟……あの何も考えていない馬鹿丸出しの声だけで圧倒されそうだ。だが、前世のような陰キャでは無い。俺の可愛さで陽キャ共をも手玉に取ってみせる!)


「こんばんは」


「来たか。春夏秋冬美心だな?」


「はい、美心殿あいさつを……」


「春夏秋冬家が長女。美心です。不束者ですがよろしくお願いします」


「こっちだ」


 6歳から18歳まで通うこの学園では寮も当然ながらある程度の年齢ごとに区切られている。

 美心の案内された寮は正に青春真っ盛りの中学部の寮。

 多くの生徒がキャッキャウフフしているであろう二階からは陽キャの意味不明なウェーイが飛び交わしていた。


(意外と大人も多いんだな。まあ、武士階級以上が暮らす寮生活で奉公人は必要だろう。しかし、この寮母……奉公人というよりまるで軍人。パリピ族蔓延る寮で働く以上はこれくらいの根性がいるのだろう)


「ここが春夏秋冬美心の部屋だ」


「……誰か居るようですが」


「寮だから当然ながら相部屋だ。伊達凪、貴様と相部屋となる者だ。挨拶を!」


「サーイエッサー! センザイ藩伊達家三女、伊達凪です! よろしくお願いします!」


(おっ、意外とまとも……というか寮母さん強すぎない!? しかし、第一印象は重要だ。丁度、籠の中で俺が裁縫した衣装に着替えたし、この衣装にあのポーズで寮母もイチコロよ!)


「よ・ろ・し・く・お願いします♡」


 鏡の前で可愛いポーズを練習していた中で最も可愛く見える仕草で挨拶する美心。

 しかし、二人は動じること無く


「よし、入れ。夜10時以降は室外へ出ることは禁止されている。他にわからないことがあれば伊達に聞け。返事は!」


「さ、サー! イエッサー!」


(この寮母さん、めっちゃ怖いぃぃぃ!)


「では、美心殿、某もここで」


「負様、道中ありがとうございました」


 寮母と負は部屋を離れていった。


「寮母め、いつもいつも……美心と言ったか。ま、これから仲良くしようや」


「うん! えっと……」


「伊達凪だ。センザイ藩大名の三女。呼び方は何でも良い。だが、ちゃん付けは止めてくれ。あたいには似合わねーからよ」


(伊達家……センザイ藩の伊達って……えええっ、伊達政宗の子孫!? ネームドキャラにしたってそんな大物と同室だとっ? いや、待て! ここは異世界。伊達政宗の子孫だと決まったわけではない。ここは大人しく様子見するほうが得策だろう)


「わかった、凪さん……」


「へっ、止めろい。凪でいい。あたいも美心って呼ぶからよ」


(うーん、このテンプレなやり取りも悪くない。しかし、相部屋の仲間が陽キャじゃなくて良かった。この子なら仲良くなれそうだ)


「へへっ、しかし……じゅるり……美心……お前、良い身体してんじゃん。あたい、我慢できなくなってきたぜ……極上だ」


(前言撤回! この子、変態だ―――!)


 こうして美心の学園生活が始まることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テンプレ勇者にあこがれて (改稿版) 昼神誠 @jill-valentine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ