13 一夜明け、思い想う
目が覚めて、まず目に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
うず高く積もって整理されていない資料の山。壁一面に備え付けられた本棚。その真ん中にあるローテーブルと、寝心地だけは最高のソファの上に、私は横たわっていた。
ここは、私の自宅のリビングだ。
「…………ゆめ?」
いつもと変わらない光景、いつもと変わらない自分に、思わず、そんな思考が湧いて出る。
そうか、全部、夢か。
私が探索者を解雇されたのも、ダンジョンマスターなんてものになってしまったのも、星霊様と出会ったのも、全部、ぜんぶ、
『ライラライラ。やっと起きたのか。生物は朝には起床するものじゃないのか?』
ひょい、と。
思考を遮るかのように、私の上に乗っかった小さな生き物が頭の中に語り掛けてくる。
まるでスライムのように冷たくやわらかな、翼をもったドラゴンの姿を形どった水の塊。
「……眠りについた時間にもよりますよ、フィグー様」
私に語り掛けてくるその小さな存在に、私は何もかもが夢ではなく現実だったのだと、改めて叩きつけられた。
私のアイデアはフィーネさん達からも好評だった。特にフィラーロさんはそれまで話に興味がなさそうだったのに、異様に食いついてきて逆に怖くなるぐらいだ。
とりあえず話は一旦まとまったので、私はいったんダンジョンを出て帰ることにした。私が海に入ったのは迷宮庁の職員に見られている。あんなことがあったばかりでいつまでも戻らないと不審がられるだろうということと、私が海にいる状態でフィグー様が暴れて因果関係を悟られるのを防ぐためもある。
ちなみに、ダンジョンそのものであるアンスーリはダンジョンから離れられないみたいなので連れてきていない。代わりに、ダンジョンマスターである私とアンスーリは世界中のどこにいても思念通話でやり取りをすることができるらしいので、何かあったら連絡するようには言っている。また、世界中のどこからでもダンジョンハートのある心臓部に空間転移ができるらしい。緊急時にはすぐダンジョンに戻ることも可能というわけだ。
そうしてダンジョンの外に出てみれば、時間はすっかり夜になっていた。行く時は半分意識が飛んでいたので分からなかったが、私は300カリ以上も泳いであのダンジョンにたどり着いていたらしい。フィーネさん達が
それから全速力で泳いで街に戻り、最終便が近づいている魔導列車に駆け込み、自宅があるミジェイの街へと戻ったころにはすでに日付が変わっていた。そうして、私は家に帰って即寝落ちしてしまったようだ。
……まあ、ちゃんと
思った以上に疲労がたたっていたのか、既に時刻は昼前になっている。
そもそも、丸々一か月ダンジョンに潜っていたところをもうすぐ更新月だからって出てきたら迷宮庁から呼び出しを食らって着替えや休憩をする間もなく直行して、探索者を引退するように言われて、ネグーシス海を泳いで移動し、ダンジョンのマスターになって……。
昨日だけで本当にいろんなことがありすぎた。
……いっそ、本当に何もかもが夢だったらよかったのに。
起きたばかりの寝ぼけた思考が、そんなありえないもしもを夢想する。
どれだけ願ったところで現実は変わらない。いまだ未練を引きずっている自分に自嘲しそうになって、意識を切り替える為にとりあえず顔でも洗おうと立ち上がった。
『ヒトの住居に入るのは初めてだが、面白い道具が色々あるね』
そんな私の肩のうえで、ぐねぐねと流動しながら思念だけで話しかけてくる粘性の物体。一見すれば生まれたばかりの
私の肩にいるのは、あのフィグー様だ。
と言っても、フィグー様本体ではない。フィグー様から生み出された分身、のようなものらしい。
私がダンジョンを出ようとしたところ、折角だから現在の人の営みの様子を見たいと言ってついてきたのだ。まあ、さすがに本体でついてくるのはまずいし計画が変わるので、この分身を用意したという事らしい。実際、フィグー様が私についていくと言い出した時はフィーネさんと結構もめていた。
ただ、分身とはいえフィグー様本体と思考を共有しているらしく、完全なる別個体ではないとか。詳しい仕組みは分からないが、私とこうして話したり分身のフィグー様が見聞きしている内容はリアルタイムでフィグー様本体も把握できるそうだ。私たち人間なら脳みそが二つあるようなことになりそうだが、星霊様はそのあたり問題なく処理できるという事なのでしょう。
というより。
「私が寝てる間に、室内を物色されていたんですか?」
確かに、フィグー様は星霊である以上睡眠などを必要としないだろう。という事は、私が寝ている間ずっとお待たせしていたこととなる。
それは大変申し訳ないが、変なものを弄られていないだろうか。思わず室内に変わった様子がないか視線を巡らせてしまう。
『物色という言い方には悪意があるね。室内の物品は破損や移動をしていないから安心するといい』
(破損の可能性を最初に出すという事は、自覚があるんだろうか)
特に気分を害したような様子は見せず、フィグー様は軽く返答する。
その様子に、キッチンの蛇口から出した水で顔を洗いながら思う。
フィグー様とやり取りをして思うのは、意外とちゃんと意思の疎通ができるうえに、私達の常識に寄り添った言動をしてくれているという事だった。
フィグー様と言えば、
予告も宣言もなくやってきて、対話も釈明も聞かずに報復を振るい、忠告もなしに帰っていく。意思疎通ができない、まさに理非殃災の名に恥じない天災のような存在。それがネグーシスの海龍だと。
実際、私の場合もダンジョンの権能のおかげで命拾いしたとはいえ、すぐにこちらを殺そうとしていたし。
けれど、実際に話してみるとフィグー様は割とヒトの感性や常識に理解を示していて、きちんと会話も成り立っている。まるで、私達と同じ考え方をしていると錯覚してしまいそうになるほどに。
(星霊。ヒトとは根本から異なる上位存在。この星の神様。……でも、私はフィグー様のこと何も知らないんだよね)
現代を生きる私達にとって、フィグー様は伝説上の存在だ。ネグーシス海に存在はするけれども、ここ何千年、いや、何万年も眠り続けて起きている姿を確認できたものはいない。フィグー様が眠っている海の底の神殿は一時観光地になっていたこともあるらしいが、今ではそんな風習も廃れている。
私は精霊である父を持つために幼いころからフィグー様の恐ろしさを散々教えられて育ったけれども、短命種、特に人間の知り合いにとってフィグー様はいるかいないかすら定かではない、歴史の勉強で出てくるだけの過去の存在扱いにされているくらいだ。
ネグーシス海が国境空白地帯になっているからことから理非殃災が住み着いているのは理解していても、実際にどんな存在がいるのかちゃんと把握している人は少ない。
加えて、フィグー様はその活動の記録がほとんど残されていない。残っているのもたいがいが「どこそこを破壊した。それ以外は神殿で寝ている」で終わってしまうくらいだ。
教団本部にあるオイタールの文殿やグレーテルホンの大図書館だったら、フィグー様に関する詳しい文献もあるかもしれないが、あるかも分からない文献を探すだけでも一苦労だろう。
そもそも、そんな文献を読んだところで本当にフィグー様のことを理解できるのかは分からないが。
『まあ、退屈はしなかったよ。星の記憶から現代の知識を色々仕入れておいたし。後、君の弟が話し相手になってくれたからね』
「えっ?」
フィグー様の発言に対し私の間抜け声が漏れるのと、
「姉さん! やっと起きたの!?」
ガチャリと、見慣れた顔がリビングの扉を開けて入ってきたのはほぼ同時であった。
「レイレイ?!」
ドラゴン達の暇潰しダンジョン 霧邑ナツナ @s_kiriyu
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