12 状況把握②

「なるほど。話は分かりました。そういうことでしたら、私に任せていただければ問題はないかと」


2人を呼ぶ前にしていた解放した生き物達の処遇についての話をライラライラが説明すると、フィーネはすぐに首肯した。


「兄上様の尻拭いをするのはいつものことですから、兄上様がいつものようにヒトや物を破壊するだけ破壊してさっさと神殿に戻り、被害者の保護や周辺への対応、情報共有などなどをしたことにすれば、大したことはありません。後始末も我々眷属が担当するといえば、事後の調査も他者の介入を防げるでしょう」

「それなら、ひとまずすぐに気に掛けることはなさそうね」


ほ、とライラライラが安心したかのように胸元を抑えて息を吐く。

そこまで気にすることはないと、やっぱり僕は思うけどねえ。


「しかし、それでまた同じ事象が発生しては元も子もありません。ですから、その捕獲魔法は停止することを推奨します」

「何でお前に指図されないといけないんだ」


フィーネの提言にアンスーリは不機嫌そうに顔をしかめ、咎めるようにライラライラは鋭い視線を向けた。

あ、フィラーロの奴、話しに飽きたのか部屋の外を眺め始めているな。

確かに、この空間の外はどういうものなんだろう。見た目には海が広がり魚が泳いでいるが、位相のずれで現実の海が視えているだけなのか、それともただの幻か。捕まえた生き物はすべて凍結封印しているような口ぶりだったから、実際に泳いでいるということはないだろうけど。


「アンスーリ。えー、と、らうんどあっぷ、って言ってたわよね、その術式のこと。その言い方からすると、停止することが出来るのね?」

「……出来るが。おすすめはしないぜ。ダンジョンが開くまでは、あの花が俺の核みたいなものだ。何か間違いがあって花が害されたら、その瞬間俺が死ぬぞ」

「そうなの? あのクリスタドライブクードが核だと思っていたんだけど、違うのね」

「あれはただの演算装置だ。そもそも、俺が産み落とされた後に後からくっつけられた外付けのものだしな」

「そうなの? あれだけの大きさのクード、もしかして……」


ライラライラは何か考え付いたことがあるのか、思案するように顎に手を当てている。

クード……、話の流れ的に、先ほどの部屋にあった結晶の形をした魔導具のことだろうか。ヒトの使う道具にはあまり詳しくないんだよなあ。

何せ、覚えても目覚めるたびに失われているんだ。いちいち覚えるのも面倒になる。

 

「話を戻しますが。花が害される心配があるのなら、ヒトを近づけさせない方法はいくらでもありますのでそれは大丈夫でしょう。ただ、問題はマリュー殿ですね。彼女は兄上様とは違う意味でこの海そのもの。彼女をごまかすのは至難の業でしょう」

「マリュー……。ああ、あいつか」


フィーネの言葉に、僕は一柱の人魚を思い出した。

ネグーシス=マリュー。僕がこの海から生まれた意思だとしたら、あいつはこの海に起きる現象そのものだ。

あいつはこの海の星命力マナに手を出すことはなかったが、代わりにこの海にやたらを手を加えようとしてきた。たかだが生命体どもの集合無意識から生まれた祈神種ウンバヴステの分際で、僕の治める海で自由にしようだなんてふざけている。

きまぐれで船を沈め、物を壊し、命を奪う。海を荒らすことが何よりも好きで、あいつが嵐を巻き起こし大渦を量産するたびに、僕は何度も争った。あいつを見ていると、神霊種テオスの連中が僕達星霊種アストラルを目の敵にするのも理解できるというものだ。

最も、最近はあいつが暴れていないようなので僕も目覚めることはなかったのだが、なぜ、今ここであいつの名前が出てくるのだろう。


「ああ、長い間寝ていた兄上様に説明しますが、マリュー殿はかつての気性の荒さはすっかり変わり、今では穏やかなこの海の仮の治世者となっております。先ほど兄上様もご覧になられた水中都市も、彼女が主導して建設したものですよ」

「…………え?」

「ちなみに、現在はあの都市の市長を務めています」

「嘘だろう!?」


信じられないことを聞かされて、思わず生き物みたいな反応をしてしまった。

だが、それくらいフィーネの言った内容は僕に驚愕を与えたのだ。ここ最近で一番驚いたんじゃないかというくらいだ。

あの他人の話を聞かない、意思疎通の全くできない、現象が意思を持っただけ、上位精霊にも劣る自我しか持っていない存在だった人魚が、市長だって!? 市長っていうと、あれだろう。生き物達の集落を治める長ってことだろう?

……アレが!?


「兄上様が寝ている間に、どれだけの時が流れたと思っているのですか。それだけあれば、ヒトの意識など如何様にも変わります」


フィーネは僕の反応を予想していたのか、呆れたようにきっぱりと言いのける。

まあ、今回はいつもより長く寝ていた。3452周……ヒトの暦だと34万5200年だったか。それだけあれば、確かにヒトの在り様なんていくらでも変わるだろうが、その100倍の期間変わらなかった存在が変わったのだから驚くのも仕方ないだろう。


「ただ、このダンジョンが開かれれば多くのヒトの出入りが生まれます。むしろ、ごまかすのではなく彼女をこちら側に引き込む方が色々と便宜が図りやすいと思いますが……。ライラさん?」

「……え? あ、ごめんなさい。少し考え込んでた。何の話かな?」

「従属術式を止める話だ」

「ダンジョンを開くための政治的根回しの話です」


アレが統治者になっているのか……。全然想像がつかないな。

ダンジョンの中にいると僕の感覚が遮断されているみたいだから、すぐに確認することもできないし。


「このダンジョンは海中にありますし、近くに水中都市もあります。ヒトが出入りするのなら、あの都市を中継することになるでしょう。市長であるマリュー殿に話を通すと何かと都合がよいと思います」

「あっ、そうか! 確かに、ここって入口が海中でしたね。ヒトを入れる方法も考えないといけないのか。そこまで頭が回ってなかったわ。……でも、マリューってネグーシス様、よね? パーティで何度か挨拶はしたことがあるけど、そんな簡単に話を通すなんて……」

「私、彼女とチャットサービスラティオのプライベート用のアイディーを交換してますよ」

「え!?」


フィーネの言葉に、今度はライラライラが今までで一番驚いた声をあげた。

しかし、僕にはフィーネの言っている言葉の意味が一つもわからない。……何を交換しているだって?

それが顔に出ていたのだろう。フィーネはいつも通り表情変えずに説明する。


「現在使われているヒトのチャットアプリ伝霊文交換用システムの個人認証情報のことです。わざわざアポイントを取らなくても、彼女と連絡が取れるということです」


フィーネの説明は正しくもあり、間違ってもいた。

確かにフィーネが口にしたものがどういうものなのかは知らなかったが、話の流れからどういったものかは推測できる。理解できないのは、彼女がそう言ったものをあの人魚と交換していることの方だ。


「フィーネさん、ネグーシス様と友達、なの?」


僕の方を伺いながら、ライラライラが僕が本当に知りたかったことを聞いてくれる。

そうだよ、プライベート用の連絡方法を持ってるのがまずおかしいんだよ。


「友達、と呼ぶような間柄ではありません。この海のことでいろいろやり取りを交わすついでに、個人的に親交を深めさせてもらっているだけです」

「何を言っている。週に一度はお茶をしに会いに行って、たまに旅行に出かけているだろう。あれは友人というんじゃないのか?」

「ただの情報交換と視察です。お前はいちいち余計なことを言わなくていいの!」


それまで話に入らず外を眺めていたフィラーロが突如会話に割り込んできた。

話を聞いてないと思っていたが、ちゃんと聞いていたのか。

そして、フィーネは本当にあの人魚と個人的に親しくなっていたのか。

僕が衝撃の事実に愕然としていると、アンスーリがこっそりと耳打ちするようにライラライラに話しかける。


「おい、さっきから言ってるマリューとかネグーシス様って誰のことだよ」

「ネグーシス・マリュー様。その名の通り、この海から生まれた祈神よ」

祈神種ウンバヴステ? ということはオルキャ……、いや、自然の具現化ならフェノメーンか。そいつが今この海を仕切ってる、と」

「そういうこと。しかも、伝承によれば過去にフィグー様とは何度も争って、その激しさは天候を変え地殻変動を起こし生態系にまで影響を与えたとまで言われてるわ」

「ヒュゥ。神様同士はスケールが違うなぁ。だからあんな微妙な反応してるのか、あいつ」


アンスーリがちらりと僕に視線を向ける。小声で会話しているとはいえ、僕には丸聞こえだぞ。

そんな僕の視線に気づいたのか、ライラライラがばつが悪そうに顔をそらした。


「そ、それじゃあ、フィーネさんにはネグーシス様との取次ぎをお願いしてもいい?」

「勿論。もとよりそのつもりでしたので、お気になさらず! なんでしたら、取次だけでなく交渉もまかせていただいても構いませんよ?」


話題を逸らすかのようなわざとらしいライラライラの提案に、フィーネが食い気味に肯定し、話を元に戻していく。

そんなに後ろめたいと思っているのなら、何故あいつと仲良くしているんだ?

自分の眷属のはずなのに、理解ができない行動をするフィーネに僕が考え込んでいる間も、二人の会話は続いていく。

ライラライラはフィーネの提案に静かに首を振った。


「いいの。これは私がやろうとしていることだから、お願いをするなら当事者である私本人がやるべきでしょう。それに、勝算はあるから」

「勝算って、なんのだよ」

「どんなダンジョンを作るかはさっぱりだけど、どう運営するかは決めてるから」


きっぱりと、強い意志を宿した瞳でライラライラは断言した。

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