11 自己紹介②

「フィラーロはともかく、フィーネまで捕まっているなんて少し意外だったな」


僕の眷属二人が揃って捕まってると発覚し、とりあえず話をしようと二人をこの場に呼ぶことにした。

アンスーリが出現させた投影写板プレートをぽちぽちと操作している中で思わず漏れたひとりごとに、この人形はなんてことが無いように返答する。


「そのフィーネってやつの人格や性格は知らないが、一網打尽ラウンドアップは花に誰かが触れた際に周囲の生命体を捕獲する機能があるからな」

「なにそれ、それってたまたま近くにいたヒトにはとんだとばっちりじゃない!」

「たった半径500ヤードっぽっちだぞ。大した距離じゃねえよ」


ライラライラの文句に対し、アンスーリはやはりどこ吹く風だ。

ライラライラが感情的になるかと思ったが、彼女はアンスーリの返答になぜか一瞬言葉を詰まらせた。


「500……やーど? それって何カリアトルよ」

「……あー、そうか。マスター達にはわからんか。500ヤードってのはアルカディアの標準単位に直すと、だいたい457アトルくらいだ」

「十分な距離じゃないの。あんたの基準はどうなってるのよ」

「この海の広さを考えたら誤差みたいなものじゃないか。500マイルって言われるよりましだろ」

「まい……それは何アトルなのよ」

「だいたい804.7カリアトルだな」

「それだけあったらこのネグーシス海どころか周辺諸国の土地まで含むじゃないの! 後、さっきから言ってるヤードとかマイルってどこの単位よ!」


ライラライラはアンスーリに返す言葉がなかったのではなく、彼の口にした距離が理解できなかったようだ。

しかし、ヤード法を使うとは。彼の創造主であるマザーというのは、やはり法則狂いロジックエラーか?

僕がそんな風に考えていると、目の前に二つの魔法陣が展開された。


「そんなことより、星霊様が言ってた二人、今から呼ぶぜ」

「……まあいいわ。貴方には後で詳しい話をたっぷり聞かせてもらうから」


納得がいっていない表情ながらも、ライラライラは佇まいを直して魔法陣に向き直った。

直後、アンスーリの言う通り出現した二つの魔法陣から光が放たれ、よく知った顔が二匹現れる。


「フィグー様!! ご無事ですか!」

「兄上様!! 貴方という方は、何度申せばこのような行為を正していただけるのですか!!」


魔法陣から現れた二人が僕の姿を確認した開口一番口にしたのが、これである。フィラーロはともかく、フィーネはどうしていつも僕への文句から始まるのだろうか。


「精霊の中でも最高位の竜精霊ドラゴメントがお二人も……」

「いやあ、すげえな。ドラゴンとはいえ精霊なのに肉体強度レベルが2000を超えてやがる。さすが星霊の眷属だ」


すっかり遠い目をしてしまっているライラライラと、感心したように2人を見るアンスーリ。

その二人をフィーネは一瞥すると、ぎろりと鋭いまなざしを僕へとむけてくる。

まあ、僕と同じようになっていたということなら、ライラライラやダンジョンが即危害を加えられるということはないだろう。


「それで、兄上様。これはいったいどういう状況なのでしょうか。兄上様が不用意にあの花に触れた瞬間、兄上様とフィラーロが吸い込まれ、更に私も遅れて吸い込まれたところで意識が途絶え、気が付けばこの場にいたのですが」

「ああ、それなんだが……」


僕たちはダンジョンに捕らわれ、ダンジョンマスターであるライラライラに従わざるを得なくなっていること。

ちょうどいいから彼女のダンジョンを手伝うことにしたこと。

彼女が先ほど話していたことなどを、僕はかいつまんで2人に説明した。


「なるほど。フィグー様がそのようにおっしゃるのなら、勿論協力させてもらおう!」


フィラーロは基本的に僕の命令には盲目的に従う。なので、反論もなく素直に応じた。

一方、フィーネは僕の話が進むにつれ表情を歪ませていったのが、最終的に頭を抱えていた。今も顔を俯かせて顔を手で覆ってしまっている。


「話は分かりました。しかし、ダンジョンとはまた面倒なものに手を出されましたね……」

「フィーネはダンジョンに詳しいのかい?」

「詳しいのかいって、そもそもダンジョンは……。いえ、そうですね。兄上様は世俗のことはおろかこの領域の外側に欠片も関心を持ちませんから、世間一般の常識すら知りませんものね。兄上様の無知にいちいち驚く私の方が悪かったです」


じとりと僕をにらみつけてくるフィーネ。僕には慣れたやり取りだが、ライラライラはフィーネの歯に衣着せぬ物言いに目を白黒させていた。

ちなみに、アンスーリはどうでも良さそうに見ているし、フィラーロは周囲が気になっている様子だった。


「別にいいだろう。それで困ることはないんだし。それより、その口ぶりだとフィーネはダンジョンに協力するのに反対なのかい?」

「私の役目は兄上様の補佐です。兄上様がやるときめた以上、断るつもりはありません.。それに、兄上様の領域内で勝手に事を起こされるよりは断然ましです」


フィーネの説得が必要だと思っていたが、その手間はいらないようだ。

いつもは頭が固いし僕のやることなすこと全てに否定するというのに珍しい。

そんな風に考えていると、フィーネはライラライラの目の前まで歩くと静かに一礼する。


「まだ名前すら名乗っておりませんでしたね。私の名前はフィネルシス。フィーネと呼んでください。我が兄上様……フィグー様によって生み出された眷属の一体となります。主に、普段寝てばかりで自分が周囲に与える影響も何も考えずに行動する兄上様の後始末……もとい、政治的補佐をしております。そして、こっちの……」

「フィラーロだ。俺も普段己の腕前を発揮する機会が無いからな、期待しているぞ。人と精霊の血を引く子よ!」

「と、このように戦うことしか能のないこのバカはフィラレロス。聞いての通り、兄上様の戦闘大好きな成分を凝縮した結果生み出されたバカです。好きなようにこき使ってください」

「誰がバカだ誰が!!」

「ははは……。あ、私は」

「存じています。ライラライラ・ライラック。ルーデン王国が誇る特級探索者、『水精の戦女神アーナヒット』ライラ殿ですよね」

「え? あ、はい」


名を呼ばれて、ライラライラは驚いたように目を丸くした。

ほう、フィーネはライラライラのことを以前から知っていたのか。なるほど、だから普段より態度が柔らかかったんだな。


「そ、その呼び名はあまり好きではないのですが……、私のことをご存じなのですね」

「当然です。このネグーシス海近辺で暮らしていて知らない者はいないでしょう。勿論、兄上様は例外ですが」

「フィーネ、いちいち一言多いんだよ君は」

「貴方がこれまでに行った功績は海の底にまで伝わっておりますので、私は貴方という個人に好感を抱いています。なので、そんな貴方に協力をするのもやぶさかではないと思っていることはご理解していただければ」


柔和にほほ笑むフィーネに、ライラライラの気負っていた雰囲気が少し丸くなる。

フィーネも普段から僕にもああいう態度でいてくれるといいんだけどねえ。


「……お気遣い、ありがとうございます。これからよろしくお願いします、フィーネさん」

「敬称も敬語も必要ありませんよ。立場は貴方のほうが上になるのですから」

「そうだぞマスター。あんたはここで一番偉いんだから、もっと堂々としてればいいんだよ」

「あんたには言われたくないわよ」


茶々を入れるアンスーリをライラライラはじろりと睨みつける。

……もしや、ライラライラとフィーネは気性が似ているのかもしれない。


「分かった。改めてこれからよろしく、フィーネさん。フィラーロさん」

「ええ、こちらこそ」


握手を交わす2人を見ながら、僕はそんな風に考えたのだった。

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