10 自己紹介

「これから協力関係になるんだ。僕のことを知っているようだけど、改めて名乗っておこう。僕の名はフィグルソス・ネグーシス。眷属たちはフィグーと呼ぶから、君もそのように呼ぶといい」

「ライラライラ・ライラックです。……フィグー、様は既に私の名前をご存じのようですが」

「敬称をつける必要はないよ。今は君の方が立場が上だろう?」


恐る恐る名を告げると、フィグー様はとんでもない返事を返してくる。

仮にも精霊の血を引くものとして、最上位種である星霊にそんなフレンドリーに接するなんてできないって!

正直なところ、さっきは勢いでとんでもないことを言ってしまったが、冷静になってきた今では星霊様にとんでもない口をきいてしまったな……、と若干後悔しているくらいだ。


今、私達は先ほどのクリスタドライブがあったダンジョンハートとは別の場所にいる。フィグー様が室内にみちみちに詰まっていたので、ダンジョンマスターの力で新しい空間を作り、そこに移動したのだ。

先ほどと同じように四角く区切られただけの空間だが、床面積も高さも先ほどより倍以上あり、フィグー様がいても余裕の広さになっている。

そこで、今更のように自己紹介をしたところで、ふと隣に立つダンジョンそのものである青年を見た。

やはり、慣れないその顔には作為的なものを感じてしまうが、とはいえ。


「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね」

「俺に名前はまだないぞ。俺の名前を決めるのはマスターだからな」

「そんな話聞いてないんだけど」

「そりゃあ、今初めて言ったしな」


あっけらかんという彼に、そういう大事なことはもっと早く言うべきではないのかしらと言いかけたが、そもそもここに来てから立て続けに色々起こったからそういう会話をする暇もなかった気がする。……まあ、仕方ないとしよう。

とはいえ、いきなりそんなことを言われても、急に思い浮かぶもんじゃない。だが、呼ぶ名前がないのも不便なので、つけるなら早めの方がいいだろう。


「アンスーリっていうのはどう?」

「好きにすればいいんじゃね? 俺はただマスターに従うだけだ」


適当に、頭に浮かんだ単語を口にする。意味もない文字の羅列だが、語感もいいし、悪くないんじゃないかしら。

そう思って本人に聞いて見れば、彼は否定も肯定もしなかった。


「ただ、真名ってことになるから、セカンドネームか詳称もつけてくれよ」


ほい、と彼の掛け声とともに、私の目の前に投影写板プレートが展開された。

名称と通称という二つの空欄と決定ボタンは彼の名前を記入しろと言わんばかりである。

詳称、ねえ。語呂重視で適当でいいでしょう。

自前のペンを取り出して、おもいつきを投影写板プレートへと記入していく。


『アンスーリャ・ヘスメル・フリッグワーカー』

『アンスーリ』

 

「こんなもんかな」


そのままペン先で決定ボタンをタッチすると、パパパッと複数の投影写板プレートが新たに表示された。


『管理人格D.L.C.-051の名称が設定されました』

『ダンジョンの名称を設定してください』

『ダンジョンの名称は一度設定したら変更はできません。よく考えて決定してください』

『名称設定を保留する場合はキャンセルを選択してください。メニュー画面上部よりいつでも設定可能です』


ダンジョンの名前はすぐに決める必要はないなら、ひとまずキャンセルしておこう。ダンジョンの方向性も固まってないのに名前を決めてもしょうがないし……。

しかし、本当にダンジョンクリエイト系のゲームみたいなUIだ。自分のダンジョンに名前を付けるとか、ダンジョンマイスターズを思い出すなあ。

と、いけないいけない。今はそんな昔の思い出に浸っている場合ではない。


「さて、自己紹介も終わったことだし、今後の方針について話しましょうか」

「方針もなにも、ダンジョンを作るんだろ?」

「それもそうですが、ダンジョンを作るためにどうするかという話です」


フィグー様はよく解ってないのか首をかしげている。星霊でも首をかしがるとかするんだな……。


「まず、やることとしては大きく三つ。どんなダンジョンを作るのか考える。実際にダンジョンを作る。そして、さっきも言った通り今ここに囚われているヒトをどう解放するか、です」

「前二つはわかるが、最後のはどういうことだい? そのまま解放すればいいじゃないか」

「やり方が分からないのか? それなら俺が教えるぞ」

「違うわよ!」


バカの発言に思わず突っ込んでしまった。こいつ、ダンジョンを管理する仮想人格AIならもう少し頭良くてもいいんじゃないの?

 

「いい? この迷宮にはこれまで数百年単位で捕まったヒト達が大勢いるわ。そのヒトたちを一斉に解き放ったらどうなると思う?」

「どうって、マスターの望み通り無辜の輩は自由を取り戻すんだろ」


やばい。あまりのバカの発言に倒れそうになってしまった。

ふらりと揺れかけた身体を、なんとか両の足で立たせる。


「あのねえ! ここに捕まってる人たちは全員あの花に触れたことで凍結幽閉されていたんでしょう? そんな人達を一度に解放したところで、あの花はなんだってまた調べようとするにきまってるじゃない。むしろ、そう言った確固とした情報を得たことでこの海を実質統治しているグノーシス様や周辺諸国が大規模な調査隊を組むかもしれないのよ。そうしたらこれからダンジョンを作るだなんて悠長なこと言ってられるわけがないじゃない。その調査隊が花に触れたらまたその人たちが幽閉されて、っていういたちごっこになる可能性もあるし!」

「それなら、ダンジョンが形になるまで解放しなければいいじゃないか」

「そのダンジョンが形になるのがいつになるかわからないでしょう! ……言っておくけど、私はすぐにダンジョンを形にするだけの構想を練れるとは思えないわ。かといって、このヒト達を幽閉したままにしておくのも私のポリシーに反する。……このヒト達だって、帰りを待っている誰かがいるかもしれないし」


しまった、つい声を荒げてしまった。

落ち着きを取り戻すべく、胸に手を当てて呼吸を整える。

そうしている間に、私とアンスーリのやり取りを横で聞いていたフィグー様が口を開いた。


「つまり、君はここに捕まっている生命をいち早く解放し、なおかつダンジョンが正式に出来上がるまでここを調べられるのを避けたい、ということか」

「簡潔に言えば、そういうことです」

(フィグー様、こういうことに対して理解が早いんだな。意外だ)


思わず感心してしまうと、フィグー様から予想外の提案がなされた。


「それなら、僕がその失踪の原因となっていた者を破壊したことで解放された、ってストーリーにすればいいんじゃないかな。実際、間違ってはいないんだし」

「……確かに、それは良い考えですね」


フィグー様の提案は予想以上に良いものだった。

確かに、フィグー様が失踪者の原因であるこのダンジョンを破壊するためにやってきたのは真実だ。フィグー様のいつもの行動通りに原因が排除され、その結果失踪者達が解放されれば表向きの道理は通る。

とはいえ、だからと言って調査が全く入らないということはないだろう。

それに、世間にそうなったと思わせるには説得力が足りない。フィグー様のこれまでの伝聞からして、助かった人たちにわざわざ懇切丁寧に経緯を説明することはないだろうし。


「けれど、フィグー様。その方針で進めるにしても、ストーリーをどうやって世間に信じ込ませるかという問題が出てきますよ」

「さてねえ、僕はそのあたりの後始末はいつもフィーネに任せっきりで……。あ」


その時。

フィグー様は何かを思い出したかのように声をあげた。


「そういえば、僕の眷属が二人一緒に来てたんだけど、片方がこの迷宮に捕まってるんだよね。もう片方は外にいると思うけど……」


その内容に、思わず私が「えっ?」と声を漏らした横で、アンスーリはとんでもないことを言い出すのであった。


「周辺海域にあんたの眷属と思わしき反応はないけどな。変わりに、あんたの直後に竜精霊が2匹ほど捕まってるが、それのことか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る