初探検*春にさよなら

「ねぇ、夏生なつきくん。寒いでしょう、中に入りましょ」


 声をかけてきた口から白い息がのぼった。

 鼻を赤くした夏生は考える素振りを見せて、頭を振る。


「いい」

「そう」


 一人分の距離を空けて、春緒はるおは並んだ。夏生の視線を受け止めて、目を伏せる。


「だって、つまらないんだもの」

「……ここにいても、寒いだけだろ」

「いいの。静かだから」


 そうか、と納得できない瞳は、そうよ、と遠くを見る横顔を映した。

 屋敷の影になる所で、人の気配はない。夏生はそういう所ばかりを選んでいるのに、春緒は顔を覗かせる。春の訪れのように現実に戻してくれる存在だった。


「お正月、楽しみにしてたの」


 夏生は眉を寄せた。言っていることとやっていることが、ちぐはくだからだ。正月を楽しみたいなら、中で一緒に祝えばいい。

 露骨に感情を見せる夏生に春緒は笑ってみせる。


「夏生くんも一緒じゃないと意味がないのよ」

「俺はいい」


 すげなく返された春緒はだと思った、と空をあおいだ。

 夏生もつられて見上げた。

 薄い色の空に透けた雲が浮いている。


「ねぇ、探検しない?」


 何もない裏山なんだけど、と続けた春緒は冬ごもりをする山に顔を向ける。

 仕方なく、夏生も習った。

 葉が落ち、くすんだ色を見ても心が踊るわけがない。


「ここよりマシでしょ?」


 響いた声はのびやかだった。

 虚をつかれた夏生はどこか冷めた笑みを浮かべる春緒を見返す。

 一歩先に出たのは夏生だ。

 笑い声をこぼした春緒は自分と変わらない背を追いかけた。



『春にさよなら』よりhttps://kakuyomu.jp/works/16817330655321229854

夏生と春緒でした。



 福袋(2024)はこれには開封を終えたことに致します。お付き合い、ありがとうございました。まだまだ寒い日が続いておりますので、あたたかくお過ごしくださいませ。


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かこ家の福袋 かこ @kac0

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