宴の後*観音男爵
軒下で夜空を眺めていた
「こんなに冷えると言いますのに。しかも、そんな寒い格好で」
妻の苦言に裕臣は目をおだやかに細める。
「酒の熱を冷まそうかと思いまして」
義弟の家に年明けの挨拶に来た夫婦は、裕臣の妹がなくなった後も毎年、世話になっていた。一昨年と去年は戦争で開けなかったということもあって、久しぶりの宴は話がつきることはない。義弟と姪の
「旦那様も旦那様で、
裕臣は聞き役に徹したが、宴が終わった今でもまだ聞きたいと思ったぐらいだ。何度も酒を進められたのは確かだが、自ら望んで手酌しようとすると、横や斜め前から手が延びて、妻や姪が世話をしてくれる。こんなに幸せならいくらでも飲めると調子にのってしまった。
「楽しくなりまして、つい」
ついではないでしょう、という妻の声も裕臣の耳は痛く感じないらしい。思い出し笑いをしながら、こぼす言葉がやわらかく響く。
「
義弟は秋人の戦争での働きを何度も繰り返し誉めていた。最初は真面目に聞いていた美冬も本人に言ってやればいいのに、と呆れるほどだ。アイツが調子にのるからと、頑なに拒んでいたが、本心ではないだろう。
夫の様子を横目に妻は素っ気なく言ってやる。
「娘に甘すぎる親ばかが呼ばなかったのですから、仕方がないではありませんか」
静江の辛辣な言葉に裕臣は軽く目を見張った。きっぱりすっぱり物を言う妻ではあるが、あからさまな物言いから察するに腹を立てているらしい。
夫の反応にいささか拗ねた静江は言いにくそうに続ける。
「美冬が今年は来るかもしれないと楽しみにしているのを見てしまいましたから」
「静江さんは美冬がかわいくて仕方ないですからね」
朗らかに笑う裕臣は猫を愛でるような顔だ。
静江は視線から逃げるように澄ました顔で話題を変える。
「今年こそ、美冬の縁談を進めなくては」
「意気込みがすごいですねぇ」
「あの子も二十一歳になりましたし、仲違いも決着がつきましたからね。いい加減、契りを結ばせればいいんです」
「いい縁が結べるといいですねぇ」
旦那様、と静江は頭痛をたえるような顔で一呼吸おいた。
はい、と朗らかな声が返される。
ちらりと夫の顔を確認した静江は憐れみの色が濃い。
「まさかとは思いますが、美冬の相手に見当がつきませんか」
「静江さんが探すのでしょう?
「酔ってます?」
まぁ、それなりにと笑う夫にため息をついた静江は、自身の頭を隣の肩に預けた。
「ほとぼりが冷めた頃に、秋人を呼びましょう」
楽しみですねと相槌をうつ夫に静江は疑いの目を向ける。
「旦那様に協力していただきますからね」
「静江さんが望むなら、何なりと」
裕臣は妻に顔を寄せ、指触りのいい髪を撫でた。額を掠めた指があまりにも冷たくて、反省する。
「寝ましょう、体が冷えます」
「旦那様には言われたくありません」
二人分の笑い声はは、部屋の中へと消えていった。
『観音男爵 木の芽はる』より https://kakuyomu.jp/works/16816927862564496140
静江と裕臣でした。
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