君に会う夜

やまこし

【1話完結】君に会う夜

深夜2時。バイトが終わった。

かじかむ手で自転車の鍵を解除する。カバンに手を突っ込んで、手袋を探す。手袋をするのが苦手だから、好きなキャラクターが大きく書いてあるものを買った。右手と左手で違うデザインのミトンだ。今日もかわいいミトンだ、と思いながら手に装着する。バイト先のコンビニで買った日本酒とつまみ、一番好きなアイスクリームが入ったビニール袋を、少々乱暴にカゴに入れる。紅白歌合戦を見ながら、これで晩酌だ。


毎年、大晦日には実家に帰って家族とテレビを見ながらなんとなくぼんやりと年を越した。例年、2日くらいにはバイトに復帰する。ただ年末年始の実家はなんとなく居心地が悪い。自分が大人になればなるほど、親と違う価値観で生きていることがわかって、いろんなことがしんどくなる。そして親がだんだんと、静かに、死に近づいているのが結構生々しくなって、急に家を出られなくなった。


バイト先のLINEグループを見ると、31日から3日にかけてずっと欠員募集が出ている。出勤するのは、店長を除いてネパールから来た留学生たちだけだ。

「31日出勤します、時間いつでも」

と送ると、すぐに既読がつく。店長から個人チャットで「悪いけど26時までお願いできますか?その後はぼくが入りますので」とすぐに返事がきた。

むしろ26時で帰らされてしまうのか、と思いながら「わかりました」と返す。


大晦日の東京のコンビニは結構空いている。

特に印象的な出来事はない。年を越す寸前くらいに、コンドームを買いに来たカップルがいた。道で年を越すのだろう。コンビニで年を越す瞬間は、アプリでテレビに接続して音楽番組を見た。バックヤードから小さいケーキが出てきて、同僚がライターでロウソクに火をつける。

「いつもやっているの?」

と聞くと

「去年はやったからね。今年もやろうと思って僕が買ってきた」

とのこと。

カウンターの後ろにしゃがんでこっそり食べるケーキは、口にしたことのない味がした。


「実家に帰らなくていいの?」

ケーキを食べながら同僚が聞く。

「うん。気が向いたら休みの日にちょっと顔を出すよ」

「せっかくだから、日本人は実家帰ってください」

「そうだよね、家族に会いたいよね」

「そう」

「気持ちはとってもありがたいけど、なんだか帰れなくて」

「贅沢なこと言うよね〜」

深夜シフトが中心のこの同僚とはあまり言葉を交わしたことがなかった。以前一緒に仕事をした時より日本語が上手になっている。

「ていうか、お前が日本人とか外国人とか括るようなこと言うなよ」

「括りますよ。佐々木さん、だって日本人でしょ?」


欠員が出ていた割には、特に混雑することもなく26時少し前に店長がやってきた。

「佐々木くん、あけましておめでとう」

「店長、お疲れ様です。あけましてです。あ、このケーキ食いますか?」

「もーう、持ち込んだもの表で食べないでよ〜もらうわ」

「買い物して帰ります」

「はい、本当にありがとね、助かりました」


店長は日本酒をおごってくれた。レジで、「お年玉」と言いながらヘタクソなウインクをした。この店長のことが嫌いになれないから、こういう働き方をしてしまう。


自転車に乗って、15分ほど平坦な道を行くと家に着く。幹線道路沿いだが、やはり車通りは少ない。

今年の紅白、誰が出たんだっけ。誰が司会だったんだっけ。どんな衣装着たのかな。どっちが勝ったのかな。

自転車を漕いでいる間もケータイが震え続けている。色々なグループラインが動いているのだ。


「あーあ。難しいんだよ。日本人とか、外国人とかさあ!」

信号で止まって空を見上げて、無意識に声を出していた。白い息が空に登っていく。

もう一度、大きな口を開けて息を吐く。白い息が登る。

と、思ったら、まるで生きているようにこちらに迫ってくる。

そしてその息だと思っていた白い塊は目の前で止まって、生き物の顔のような形に変わった。

「難しいんだよ」

「え?」

「難しいけどさ」

「う、うん」

「生きていくんだよ、俺たちはさ」

「誰?」

思わず後ろを振り返るが誰もいない。

「俺」

気づいたら、その白い塊は、また息のような儚さを伴って空に登っていった。

「Hey, Siri」

「はい、なんでしょう」

「今年の干支は何?」

「2024年の干支は辰です」


結局、店長に気を遣われてバイトは3日まで休みになった。

仕方がない。郷土料理が山ほど待つ、実家に帰るか。

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君に会う夜 やまこし @yamako_shi

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