第2話 嘔吐する道化師

 現在、とある居酒屋は二種類の人間に分かれていた。

 一つ目の種類はナナシとミュウリンを遠巻きに見つめる者達。

 二人の格好が中々に目立つもので、加えて二人は街中で目立つ行動をしていたので話題になりやすい。


 そして、もう一つ目はそんな二人に関わってくる者達だ。

 ナナシとミュウリンに近づく屈強な男二人組。

 その二人は肩に担ぐハンマーと腰に携える剣を見れば一目で冒険者とわかる。


 つまりは絡まれたらめんどうなタイプであり、お酒が入ってるのか顔が赤いのもマイナスポイント。

 そして、話しかけられたのはミュウリンであるが、反応したのはナナシだ。


「おや? 屈強なボディお二人さんがナンパ?

 強引な男は嫌いじゃないけど、俺そんな尻軽じゃないぜ?」


「お前じゃねぇよ! 用があるのはそっちのガキだ! なんでお前に声をかけなきゃならねぇ!」


「え、酷い! こんないい男を差し置いてこんな可愛らしい少女の方が好みだって言うの!? スケベ! 変態! 俺はノンケよ!」


「俺もノンケだ!」


 繰り広げられる謎の舌戦。

 話しかけたこの男二人組は相手が悪かったというほかない。

 そんなコントのような掛け合いに周りの客はクスクスと笑っていく。


 一方で、男は軽くあしらわれてることにカーっと顔を赤くすると、空気を一変するように机を叩いた。


「お前のこたぁどうでもいい! 問題はそのガキだ。

 獣人族にも有角種はいるが、獣人は動物種の特徴に強く引っ張られる。

 いいか動物種だ! 魔物なんかじゃねぇ!」


「つまり?」


「獣人の有角種にそんな魔物みてぇな巻角の先が枝分かれしたのはいねぇんだよ!」


「アニキの言う通りでやんす」


 剣を持った男はハンマーを持った男の子分なのか、優勢になると急にシャシャリ出て来た。

 空気は一気に剣呑な感じに変わっていく。

 周囲の人達も疑心暗鬼になり始め、仮にそうだとしたらという疑念が増々空気を悪くした。


 しかし、ナナシは依然として余裕の表情を変えない。

 道化師はいついかなる時もユーモラスにというのが信条の一つだからだ。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。お酒の席は楽しくなきゃ。どう? 今なら俺の一杯奢り」


「その余裕そうな笑みが気に入らねぇがまぁいい。

 テメェの奢りなんざ要らねぇ。さっさとガキを出しやがれ!」


 圧をかけて来るハンマー男。

 向ける目線は今にも殴り掛からん勢いだ。


「......」


 ナナシはスタッと立ち上がる。

 そして、サッと男の手を取った。


「怒るは損ん損んソンソン。幸せの秘訣はフラワーフェイス。イライラな時ほど一緒にダンシング」


「え、お、おい!」


「ミュウリン、一曲イケるかな?」


「っ!......うん、任せて」


 ナナシの合図にミュウリンは歌い始めた。

 それに合わせてナナシはハンマー男と一緒にぐーるぐる。

 それ、ぐーるぐる。ぐーるぐるったらぐーるぐる。


「おえっぷ」


「アニキ!」


 ハンマー男の胃にあるたっぷりのお酒がシェイクされて、赤かった顔は逆にどんどん青ざめさせていく。


「うぇ、気持ち悪くなってきた......」


「なら、さっさと止めろ道化師バカ!」


 先ほどまでガブガブ飲んでいたナナシもまた胃の中がシェイキング。

 頬を膨らませて込み上げてくる気持ち悪さを必死に耐えていく。

 そして、最後には――


「「げぼおおおぉぉぉ」」


 二人して盛大に床に汚物をぶちまけた。


――数分後


「俺はな、毎日毎日必死に頑張ってんだ!

 けどさ、なんつーか段々と体が追い付かない感覚があってな。

 このままいったらやがてまともに動けなくなって.....まだ幼い娘のために金を稼がなきゃいけねぇってのによ!」


「うぅ、それは大変だねぇ......グスン」


「アニキは頑張ってるでやんす。だけど、若い人達の成長率に追い抜かれて余計に」


「おい、余計なことを言うんじゃねぇ! 俺はそんなものを言い訳にしたくない!」


「辛いときは飲みな飲みな~。そして、一緒に笑って吹き飛ばしちゃお~」


 一緒に吐いた後、気持ち悪さで怒る気力も失せたハンマー男は、ナナシに誘われるままに一緒に飲み直していた。

 そして、その男が語ったのは冒険者として生きていく者の辛さ。


 色々悩みが溜まっていたのか今や泣きながら愚痴っている。

 それを泣きながら聞いてるナナシと、お酒を注いでいくミュウリン。

 ミュウリンのポワポワとした陽気に当てられたのか、ハンマー男はしおらしく言った。


「さっきは悪かったな、嬢ちゃん。変に突っかかっちまって」


「いいよ~、別に。こうして今や仲良くできてるんだから」


「......」


 ハンマー男はミュウリンを見つめると、後ろめたそうに首を擦る。

 すると、隣にいた子分が事の顛末を説明し始めた。


「悪いのは全部あっしでやんす。アニキがお金のことで悩んでたから。

 お二人も知ってる通り、二年前に人魔戦争が終わってから、負けた魔族の捕縛は高額報酬となってるでやんす」


 魔族が高額で取引されている。これは事実である。

 人魔戦争は勇者が魔王を倒したということで終わりを迎えたが、戦いそのものは大将を討ち取ったからといってパッと終わるわけではない。


 戦争は世界あるいは大勢の人達の運命を決める大きな分岐点であるとともに、人々の憎悪が密集する負の象徴でもある。


 勝った者は勝った喜びに包まれるだろう。

 しかし、負けた者は深い悲しみを怒りに変えて弔い合戦を始めるかもしれない。

 負けた魔族が平和が訪れた人類に対し、再び戦争を仕掛けてくるかもしれない。


 となれば、むざむざ脅威を知っておいて放置しておくわけがない。

 人類側としては脅威となる魔族の捕縛が処置として施された。


「魔族を捕まえて引き渡せば、それだけでアニキが娘さんを養うだけの十分なお金は手に入る。

 だから、これは全部あっしのせいでやんす!

 煮るなり焼くなりするのは俺だけにしてくださいでやんす!」


「バカ野郎! それを鵜呑みにして実行したのは俺の責任だ。罰を受けるのは俺だけでいい」


 絡んできた二人組は自分のしたことを悔いている様子でシュンとしている。

 そんな様子を頬杖をついて見つめるナナシはミュウリンに聞いてみた。


「それを決めるのはミュウリンじゃないかな。

 さて、お嬢さんお嬢さん、これよりあなたは何を望む?」


 ナナシの言葉に「う~ん」と呻り考えるミュウリン。

 何かを思いついたように人差し指を上げて答える。


「それなら、やっぱ皆笑ってるのが一番かな。ってことで、一緒にお話しして飲もう」


「......そっか、わかった」


 ミュウリンの優しすぎる言葉に、ハンマー男がグッと言い返す言葉を堪え、代わりに受け取った。

 それから、他愛もない会話をして四人は過ごした。


 夜もだいぶ更けた頃、四人は店を出た。

 ハンマー男は飲み過ぎたの様子で子分に肩を担がれている。

 店を出た所で別れる予定だったが、突然ミュウリンは止まって今日の飲み友達に声をかけた。


「ボクは魔族だよ。意見は正しい。それでもボクを捕まえないの?」


 ミュウリンは自分の正体を明かした。

 それは彼女にとって何もメリットもない。

 むしろ、状況を悪化させかねない行動だ。

 その言葉に対し、ハンマー男は何かを考えるように視線を下に向けると言った。


「......確かに過去には因縁があった。俺だって友人を失った。

 だが、友人を殺した魔族が憎いからって、魔族全体を憎んだなら俺は虐殺者になっちまう。

 殺した相手ならまだしも八つ当たりなんざ男のすることじゃねぇ。

 それに娘と似たような背丈の嬢ちゃんを殺せばきっと俺の中で何かが死ぬ......それだけさ」


「えへへ、そっか。優しいね」


「嬢ちゃんが優しいからさ」


 ハンマー男は「行くぞ」と子分に声をかけて歩き出す。

 その後ろ姿を見ながら、ナナシは捨て台詞に言った。


「なら、最後に旦那にちょっとした小話をプレゼント。

 魔族は人類に戦いを挑んだが、それは正しい歴史ではない」


 ハンマー男の足が止まる。


「どういう意味だ?」


「魔族は戦わされていた。それしか生き残る術がなくてね。

 言うなれば、魔族は被害者であり、真の敵は邪神さ」

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