第6話 道化師、冒険者になる

 どういうわけかわからないが、冒険者カードが貰えた――それが今のナナシの気持ちだった。


「それでは、冒険者ギルドについて説明します。

 お二人は初めての登録ですので、わからないことは遠慮なくお聞きください」


 冒険者カードをくれた受付嬢ソフィアは相変わらず知らぬ存ぜぬの態度をしている。

 それはナナシ達にとっては都合がいいことだ。

 だが......本当にそれでいいのか? とは疑問に感じる。


 二年前に戦争が終わったとはいえ、未だ経過した時間はたった二年だ。

 未だ復興が手付かずのところも多いと聞く。

 それに魔族に加担すると罰があるとも聞く。

 しかし、それを聞くということは、せっかくの好意を仇にするということだ。

 それだけは絶対にしてはいけないだろう。


「まず初めに冒険者ギルドという組織についてご説明します」


 周りに色々なタイプの冒険者がいて、おかしな二人を興味深そうに眺める。

 そんな状況の中、受付席でソフィアは淡々と説明を始めた。


 冒険者ギルドは、冒険者の仕事を管理するのが仕事だ。

 仕事には大きく分けて討伐、調査、護衛、採取の四項目がある。


 “討伐”は魔物を討伐することが目的。

 “調査”は未知の領域や迷宮を調査することが目的。

 “護衛”は文字通り人や動物の護衛がも目的。場合によって、使命制で仕事を振られることもある。

 “採取”は魔物や植物から必要な素材の回収が目的。


 その中からさらに細々とした項目に分かれていくが、最低限これを覚えていれば、ぶっちゃけこれ以上の項目は覚える必要はないらしい。

 また、依頼を受けるにはそれ相応の評価が必要になる。

 言い換えれば、冒険者ギルドからの信用度だ。


 冒険者にはランクが義務付けらていて、ランクが高いほど高額報酬の依頼を受けられる。

 ただし、その分危険度や責任の大きさは増す。


 ランクは大きい方から、黒、白金、金、銀、赤、青、緑、白と八種に分かれている。

 しかし、白は言わばビギナーのビギナーであり、チュートリアル依頼を受ければすぐにランクが上がる。

 故に、実際一番下のランクは緑となる。


「依頼に関しましては、契約破棄にはキャンセル料、依頼失敗には罰金が発生しますのでお気を付けください。

 ここらが冒険者が最低限覚えておくルールです。何か聞きたいことはございますか?」


 ソフィアが聞いてくるのに対し、ナナシが首を横に振った。


「素敵なお声をこれ以上聞けなくなってしまうのは悲しいけど、冒険者の仕事内容はある程度このからっぽな頭に辛うじて残ってるもんでね。

 つまり、カード更新に必要な一定数の依頼をこなせば、後はどこで歌ってようが踊ってようがお尻振ってようがフリーってことでしょ?」


「はい、周りの迷惑にならなければどうぞご自由に。

 それとお尻を振っても需要無さそうなのでやめた方が良いですよ」


「え、こんなプリティーヒップを拝めなくていいの?」


 ナナシはプリンとおしりを向けてフリフリ。

 どこぞの春日部に住む五歳児のようだ。

 さすがにズボンを履いているが。

 ソフィアはスッと持っていたペンを逆手に持ち替えた。


「刺せばいいんですね?」


「キャー、変態! 開発される筋合いはないわ!」


「そういう意味ではありません。ですが、今の言葉名誉棄損で訴えても良さそうですね」


「ごめんなさい。それだけは許してください」


 ナナシの流れるような土下座。

 あまりに奇麗なフォームへの移行に見逃すところだ。


「ごめんね~。ナナシさん、お転婆なんだ~」


 ミュウリンがナナシの背中をさすりながら言う。

 どこかズレてるようにも思うが。


「それをお転婆で済ますのもどうかと思いますが......ハァ」


 ソフィアは疲れたようにため息を吐くと、話を終わらせにかかる。


「質問もないようなのでこれで話は終わりです。

 早速ですが、このチュートリアル依頼である薬草の採取を――」


「よーし、話も終わったところで挨拶の準備だ! ミュウリン!」


「あいやいさ~」


 背中に背負っていたギターをセットし、音を鳴らし始めるナナシ。

 その行動に合わせてノリ良く参加していくミュウリン。

 並びにピキピキとし始めたソフィア。


「さっさと行ってきてください」


 ナナシとミュウリンは冒険者ギルドから叩きだされた。


*****


「追い出されちゃったね~」


「ねぇ、なんでだろうね。皆にあいさつ代わりに一曲披露しようと思っただけなのに。

 あ、もしかして尻文字の方がウケ良かったかな!?」


「ナナシさんのお尻の大安売りだ」


 どことなくズレたツッコみをするミュウリン。

 今に始まったことではない。

 現在、二人は森の中を散歩している。もとい、チュートリアル依頼の最中だ。

 とはいえ、誰でも出来る依頼なので気張る必要はどこにもない。


「さーてどこかな~」


 頭に後ろ手を組みながら歩くナナシは顔を動かす。

 そんな彼は両眼を布で覆っていることから両目の視力がない。

 その代わり魔力による探知機能を極めており、それが今視界代わりとなっている。


 その視界はモノクロだ。昭和の頃に出ていた白黒テレビのような映り。

 しかし、これでも十分なほどに見えている。

 視界を失ったことに比べれば、見えるだけ十分にありがたい。


 その代わりといってはなんだが、ナナシの視界はほぼ三百六十度となっている。

 つまり、魔力を周囲に広げている間、彼には死角というのが存在しないのだ。

 さらには本来普通の人間の視界では見えないところまで視認できる。


 しかし、それは余計なこと以外では認識しないようにしている。

 プライバシーは守る。これ大事。

 だが、例えば誰かが跡をつけているのなら話は別だ。

 例えば今、三人組の男女が自分達の後方数メートルで木に隠れながら様子を伺っているとか。


 そんな彼らは単に格好が気になって興味本位でついてきてるだけか、はたまた、ミュウリンが魔族だと気づき高額報酬を求めて追いかけてるのか。


 ちなみに、冒険者ギルドの冒険者達は、ナナシとミュウリンがあまりに堂々とした様子で受付嬢と話していたので、気になりはしつつも気付いていない。

 加えて、冒険者カードを保持していることは魔族でない“証”でもある。

 これはひとえに受付嬢の協力あっての環境だ。


「ナナシさん、どうしたの~? 何か気になる?」


「ん~、ま、ここまで街から離れれば大丈夫か」


 ナナシは後ろを向いて背負っていたギターを前にセットし、ジャランと弾く。

 そして、聞こえるように声を張り上げた。


「お客さんお客さん、一曲聞きたいのかな? それならそうと、声をかけて来ればいい。

 だけど、それでも無言でついてくるというのなら、ウチのミュウリンのストーカー行為を見逃すほど事務所は甘くないよ?」


「誰かいるの?」


 ミュウリンも気になってナナシと同じ方向を見る。

 すると、そこには成人したばかりの少年二人と少女が現れた。

 一人は剣士、一人は盗賊、一人は魔術師のようだ。バランスのとれた編成といえる。


「お顔を見せてくれてありがとう。それで少年達は一体どのようなご用で?

 俺のファンだったら特別にファンサしちゃおっかな☆」


 三人は戸惑いながら何かを小声で話し合うと、一人の剣士が代表して答えた。


「俺達、実は午前中に暴れ牛の護送の依頼をしてて、それが失敗して街中に暴れ牛が解き放たれた時にお二人が助けてくれて。それでお礼を言いに来たんです!」


 どうやらあの暴れ牛がやってきた原因の人達のようだ。

 それに対し、ナナシは――


「ファンの中でもメンバーじゃないか! どうもどうも、プロデューサーのナナシです! どうぞよろしく!」


 営業を始めた。

 サッと両手で三人に握手をしていくナナシ。

 その行動力に困惑する三人。

 というか、勝手にファン認定している。


「ミュウリン、君のファンがお礼を言いに来たよ!

 これはファンサした方がいいかもしれないよ!」


「ふふん、見せちゃおっか。ボク達の実力」


 ナナシが曲を弾き始める。

 ミュウリンが歌い始める。

 即興のプチ演奏会。

 そんな状況に置いてかれた若い冒険者パーティは、呆然とした様子で曲を聞いた。

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