第7話 少年の重なる憧れ

 茶色の短髪をした剣士がウェイン。

 青髪でフードがある魔導着を纏うのがユーリ。

 フードを被り軽装なのがカエサル。

 それが若い冒険者のそれぞれの名前だ。


 この三人は街で依頼だった闘牛用の暴れ牛を、誤って街中に放ってしまったことに対して、騒ぎを収めてくれたナナシ達に感謝を言いにやってきたようだ。


 しかし、その感謝を言おうとしたら、そっちの気で演奏し歌い始めるナナシとミュウリン。

 曲が終わったところで三人は戸惑いながら握手した。


「ご清聴どうもありがと~。午前中に歌えなかったから消化不良でね。聞いてくれて助かるよー」


「いえいえ、これぐらいならお安い御用です」


 ウェインは改めて隣に立つユーリとカエサルに目配せする。

 上手く言い出すタイミングが出来たのがわかると、改めてお礼を言った。


「改めて、暴れ牛の件は鎮めてくださりありがとうございます」


 あの事件のきっかけは、ユーリが暴れ牛が闘技場に連れて行くまで暴れない様に魔法をかけようとしたところで、牛の背中に乗っていた虫が急接近とつげきしたために驚いて魔法を暴発させたことだ。


 魔法は正しい魔法構築をしなければ発動しない。

 その構築作業中に不測の事態が起こり、構築が中断されると、込めた魔力の分だけ爆発してしまうのだ。

 そして、その暴発が驚いた暴れ牛が文字通り暴れて、ナナシ達に突っ込んだ。

 それがあの時の真実である。


「あれは私の不注意で起きてしまったんです。ごめんなさい」


 ユーリは自分の罪を認めるように洗いざらい話した。

 それに庇うようにウェインとカエサルが動く。


「悪いのはユーリだけじゃないんです。止められなかった俺達も同罪で」


「牛の背中に虫がいることには気づいてたんです。

 知ってて放っておいたらこんなことになって」


 慌てて言った言葉にミュウリンが笑った。


「大丈夫だよ~。わかってるから」


「うんうん、それよりもスマイル、スマ~イル。

 ミュウリンも気にしてないことだし、それ以上気にしちゃ別のミスをしちゃうぞ」


「ですが、まだお礼を!」


 そんな優しい言葉を受け取るもウェイン自身は納得いっていない様子で言い返した。

 すると、ナナシは少し考えて一つの提案をする。


「ならさ、一緒に手伝ってよ。採取」



******



 不思議な二人だ、とウェインは思った。

 というのも、ナナシとミュウリン二人は見た目の格好もさることながら、冒険者として必要な武器すらも持っていないからだ。


 であれば、戦い方は徒手空拳か、武器が見えてないだけで暗器持ちか。

 ただ、恐らく魔法を主体で戦うとしてもギターはないだろう。

 そういう意味でも不思議な人ではある。


「へぇ~、それじゃあ、ナナシさんとミュウリンさんは一緒に旅をしてきたんですね」


 その二人にどうして旅をしてるのかウェインは聞いた。

 すると、ナナシ曰く、命を助けてくれたミュウリンを楽しませるために、世界を歩いた経験があることを活かして案内人を買って出たというのが理由のようだ。

 また、ずっと村で暮らして世界を知らずに生きるのは勿体ないというのがナナシの意見だったようで、ミュウリンの意志も尊重しての現在である。


「そうそう、旅の路銀はさっきみたいに歌を歌ってね。

 どうよ、ウチの一押しアイドル、ミュウリンちゃんの歌声は?」


「アイドル......? どういう意味かわかりませんが、歌声は素晴らしかったです」


「はい、実は午前中の演奏も聞きたかったんですが......」


「流石にあの時は依頼の方を優先しなければいけなかったので」


「そっかそっか。でも、楽しみに思ってくれたんだね。ありがと~」


 ゆったりと言うミュウリンの言葉に妙にフワフワとした気分になるウェイン。

 柔らかい笑みにドキッとしてしまう少年の思春期心。

 ダメダメ、こんな幼い女の子に変な感情は――


「ちなみに、ミュウリンは十八だよ」


「イェーイ」


 ナナシの言葉にミュウリンがピースサイン。

 ノリが良い所が彼女の取り柄の一つである。


「「「えっ!?」」」


 その言葉にウェインに限らず、他の二人も反応した。

 どう見ても十歳ちょっとしか見えない、と全員が思うのは仕方ないことだ。

 そんでもって自分より年上だというのだから脳がバグりそうになる。


「だ、大丈夫ですか!? 今まで私、ちゃん付けで呼んでましたが!」


「大丈夫だよ~。見間違われるのは慣れっこだからね。

 むしろ、その反応を楽しみにしてるほどだよ」


 ミュウリンの言葉にユーリは「そうですか」とホッと息を吐いた。

 同時に良かった、自分がさん付けで、と内心で思うウェイン。

 しかし、本人が許可したならどうしても考えてしまうもので.....


「(ちゃん付けで呼んでも? いや、でも、年上の人にそんなことを!)」


 そんな見た目と可愛らしさに脳が侵されているウェインが一人腕を組んで悩み始めた。

 すると、そんな思春期の仲間を放っておいて一人真面目に周囲を見渡していたカエサルがとある場所に向かって指を差す。


「ここです。ここら辺が薬草の群生地です。ですが、待ってください。妙な魔物がいます」


 盗賊カエサルの索敵指示により、一同草陰に隠れていく。

 そこからこっそり薬草の群生地を覗いた。

 そこには数頭の背中に植物を生やしたイノシシがいた。

 そのイノシシはムシャムシャと薬草を食べ散らかしているではないか。

 その光景にウェインもおかしい、と感じたようで――


「あれはフォレストボアですが、あの魔物は薬草が生える森の入り口と中間の境には現れない魔物です。

 あの魔物の生息域はしっかりとした中層の中......しかも、あんなに薬草を食べ散らかしている」


「随分と詳しいな」


「調べたんです。父親も冒険者で、森に行くならしっかりと情報を持った状態でと口うるさく言われてて」


 口うるさかったようだがウェインはしっかり言いつけを守っていたようだ。

 そのおかげで普段いないはずの魔物がこんなところにいることに気付けた。

 そして、それはこれは何らかの異常が起きているサインである。


「お二人とも一度ギルドに戻りましょ――」


 そうウェインが言葉を言おうとしたその時、ナナシが立ち上がり魔物の群れに向かって歩きだした。


「ナナシさん!?」


「大丈夫、ナナシさんはああ見えても強いから」


 ミュウリンがウェインの肩に手を置いて言ってくる。

 しかし、そうは言われても彼には不安だった。

 当然ながら、彼がナナシの実力を知っているわけがないので信用できるかわからないというのが理由の一つだ。


 そしてもう一つが、フォレストボアは直線的な攻撃がほとんどで、それ故にランクが低い冒険者のランク上げと実戦練習に相応しい敵と言われているが、同時にフォレストボアと始めて戦う冒険者は必ず痛い目に遭うとされている。

 というのも、フォレストボアの直線攻撃は想像してるよりも何倍も速いからだ。


 フォレストボアのタックルは時速六十キロ。

 それも出だしからフルスロットル。

 全長百三十センチのその魔物の重さは百五十キロ。

 轢かれれば重症を受けるには十分ぐらいだ。


 根本的な話だが、この世界には魔法がある。

 そして、魔法の使用用途は多岐にわたり、当然肉体を強化する魔法もある。

 それで防御力を上げるのも一つの手だ。


 しかし、ウェインから見ればナナシは特に何もしてる様子もない。

 魔道具と思わしきギターも彼らがいる場所に置きっぱなし。

 故に、ウェインは不安なのだ。


「さぁ、ナナシさん、頑張っちゃうよ」


 フォレストボアがナナシに気付き、一斉に前足を地面を掘る動きをする。

 それはエンジンを稼働させた証だ。


「来る!」


 カエサルが言葉を零した。

 同時に、フォレストボアが一斉に走り出す。

 すると、ナナシは外套を左手に掴み、ひらひら動かし、的を大きく見せた。


「ほいさ!」


 最初に突っ込んできた一体を闘牛士の動きのようにして躱していく。

 瞬間、バサッと僅かに千切れた布が宙を舞う。


「光刃」


「無詠唱! それも最小魔力で自在に形を変えるなんて!」


 ユーリが驚いた声を出す。事実、これは驚くべきことだ。

 魔法には本来、行使するための構成術式というものが存在する。

 それを詠唱することで魔法は初めて発動できる。

 しかし、戦闘中にいちいち詠唱してる暇もない。

 相手もそんな暇は与えてくれないだろう。


 そこで考案されたのが略式詠唱で、それが極めたのが無詠唱だ。

 完全詠唱ではないために何割か威力が低くなってしまうが、それでも戦闘で魔法が使いやすくなる画期的な技術だった。


 しかし、略式詠唱はともかく、無詠唱はそう簡単なものじゃない。

 脳裏に構成術式を思い浮かべ、それを魔法行使と同時に詠唱するように流していく。

 加えて、魔法にはそれぞれ特有の魔法陣があり、それすらも覚えていなければいけない。


 故に、それは“反射”で行うものであり、本来簡単に発動できるものではないのだ。

 また、魔力は魔法となって行使されるとき、発動現象が球体に収束するという性質を持つ。

 そのため球体から形を変えるということは、それ相応の魔力操作の技術が必要になるのだ。


 だが、この操作もまた難しく、自身に流れる血流を意図して操作するようなもので、そもそも魔力の流れを感じるという概念的感覚を如何に感じられるかというのが重要になってくる。

 また、その技術は魔力が少なければ少ないほど難しいとされている。


 だからこそ、そんな高度な技術を二つもナナシがいとも容易く行っているのはおかしいぐらい凄いということであり、魔術師ひよっこのユーリとしては驚きを隠せないのだ。


「よっと」


 ナナシが右手に作り出した短剣ほどの光。

 手首を軽くスナップすると、扇形に開くようにしてさらに二つの光の短剣が露わになる。

 瞬間、その短剣を素早く投げた。


 それら三本の光の短剣は向かって来る三体のフォレストボアの額に直撃し、瞬く間に絶命させる。

 そして、最期にもう一度右手に光の剣を作り出すと、ノールックで後ろに投げた。

 直後、背後から突進してくる先ほど避けたフォレストボアの額に直撃した。


「凄い.....」


 寸分も違わずに一撃で急所に当てる技術。

 それは主に盗賊で必要となるスキルだ。

 故に、カエサルはあんぐりした様子で驚いてた。


 全ての敵があっという間に倒されたところで、ウェインはナナシに声をかけようとする。

 しかし、その行動はミュウリンによって止められた。


「まだだよ」


―――ズシン


 僅かに地響きが聞こえた。

 何事かと目線を向ければ、全長五メートルほどのイノシシが現れる。


「あ、あれはジャイアントフォレストボア......」


 フォレストボアが十数年と同族や他の魔物達に勝ち続けて至る強者――それがジャイアントフォレストボアだ。

 その相手は本来冒険者十人分の力を持つベテランである赤ランクの冒険者が、パーティを組んで挑む相手。

 つまり、ベテランですら一人で相手する魔物ではない。


 そして、その魔物の厄介なところは分厚い皮膚。

 数々の魔物との戦いによって鍛えられたその皮膚は生半可な攻撃では傷がつけられない。

 さらには皮膚の下にある分厚い脂肪がダメージを軽減させてしまう。

 あの敵はさすがに一人で戦う相手じゃない! と、ウェインが思うのは当然のことだ。

 しかし、それは結果から言えば杞憂だった。


「光刃」


 ナナシは再び剣を作る。今度はちゃんとした長さの剣だ。


「(形がなんだか一度だけ昔に見た勇者の聖剣の形に似てる)」


 その光の剣を見てウェインはふとそう感じた。

 そんな感覚を覚えながら、ナナシの方では戦闘が始まる。


「斬光八閃」


 ナナシはただ剣を突き出した。見えたのはそれだけ。

 直後、突撃してくるジャイアントフォレストボアの至るところから出血が起こり、その魔物は地面に倒れていく。


 何がどうなっているのかわからなかったが、この光景は微かにウェインには覚えがあった。

 それは昔村に魔物が大群で攻めてきた時、それを鎮めてくれた勇者の姿。

 聖剣を掲げ、魔物を倒していくあの憧れと姿が重なった。


「よし、終わり!」


 ジャイアントフォレストボアが倒れた衝撃で周囲に風が舞う。

 瞬間、ナナシの外套が持ち上がり、彼のプリンとした生尻が――


「「「尻丸出し......」」」


 若い冒険者三人の声は小さく重なった。

 気のせいか? とウェインは目を細めた。

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