自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~

夜月紅輝

第1章 自称道化師とノリのいい相棒

第1話 陽気な道化師と相棒

「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! どうぞご清聴なさってください!」


 賑わう街の通りの片隅で、一人の男が高らかに叫ぶ。

 その男の名前はナナシ。彼の特徴は中々に目立つものだった。


 真っ白い短髪から色が反転したように伸びる黒の三つ編み。

 両目は某最強呪術師のような黒い布で覆い、両頬にはそれぞれハートとダイヤのペイントが施されてる。


 そんな誰も真似しなさそうな格好。如何にも道化な見た目である。

 見た目道化師の男の横には一人の少女がいた。


「これより歌声を披露してくれるは、可憐な煌めく一番星。

 癒しの歌で人々を労い、人癒しを与えるはまさに天使の如く。

 我が自慢の相棒-―ミュウリン!」


 相棒に紹介されたワインレッドの髪色をゆったりと二つに縛った少女は一歩前に足を進める。

 淡いピンク色の瞳を持った目はどこか眠たげで、全身から放たれるポワポワとした雰囲気。


 まるで家でぐうたらのんびりすることが好きそうな少女は、優しい笑みを浮かべながらお辞儀した。


「紹介されたミュウリンだよ~。よろしくね~」


 そんな少女ことミュウリンはしゃべり方もゆったりしてた。

 少女は相棒を見ると、目線で合図を送る。

 すると、すぐ後方で椅子に座っていた相棒は背負っていたギターをセットし始めた。

 そして、諸々の準備が整えば今宵の演奏が始まる。


「それではお聞きください――“果てなき旅路”」


 ミュウリンは息を吸い込み、歌声を披露した。

 その美声に通りを往来する人々は足を止めていく。

 種類は住民、商人、冒険者などなど色々だ。


 彼らが目を止めたのは何も歌声だけではない。

 その美声を放つミュウリンの小柄さ。

 身長百五十センチにも満たないような少女が歌っているのだ。


 加えて、その少女のこめかみ辺りには巻角がある。

 特にこめかみから生える角の特徴は獣人の可能性もあるが、同時に人類の敵とされている“魔族”の角の特徴とも一致する。


「~~~~♪」


 そんなことどうでもいっか、と歌声を聞き居る人々はほっこりとした笑顔を浮かべる。

 小さな少女が一生懸命歌っている。それだけで見ても聞いても癒されるなら最高じゃないか。


*****


「「お疲れー!」」


 その日の夜、ナナシとミュウリンは近くの酒場にいた。

 二人は木製のジョッキを掲げてコツンとぶつけ合う。中に入っているのは当然お酒だ。

 ちなみに、この世界――アルトリスタでお酒を飲める年齢は十五歳(成人年齢)から。


「ぷは~、お酒は美味しいね~」


 つまり、ミュウリンは既に成人済みの女の子である。

 彼女の年齢だけで言えば、十八歳。ナナシとは四歳差である。

 されど、見た目の身長差は親子か年の離れた兄妹のよう。


「お、良い飲みっぷりだね。それじゃ、俺も頂いちゃおっかな......ゴクゴク、ぷはーっ! 美味しいー!」


 ナナシは木製ジョッキの半分ほどまで一気にお酒をゴクリ。

 そんな美味しそうに飲む相棒に「素敵なおヒゲが出来てるよ」とミュウリンが相棒の口元に着いた白いヒゲを指先で指摘する。


「あらっ、やだ。増々カッコよくなっちゃうじゃない!」


「もともとカッコいいから大丈夫だよ~」


 ツッコみ不在の二人の会話。いつものことである。

 そんな会話で食事を始めれば、次はテーブルに並べられた料理に舌鼓を打ち始める。

 モチモチした頬を動かしながら美味しそうに食べる相棒の姿を頬杖を突きながら見つめるナナシ。


「どう? この街パルエスの名物料理、カルパッツァさ。

 この地方で取れるフォレストボアの肉を使い、さらには少~し酸味があるサウザウ草を少々。

 それによって口の中は脂っぽ過ぎず、サウザウ草のおかげでサッパリとした味わいになってる」


 ミュウリンはパスタをフォークでクルクル巻き取り、大きく開けた口でパクリ。美味しいのか頬を緩ませていく。


「ん~、これならいくらでも食べられそうだよ。良く知ってたね」


「そりゃ当然、俺は世界中を旅してきたさすらいの道化師。

 そして、世界の景色をミュウリンに紹介する案内人。

 この紹介をするために夜なべで文章考えたんだから」


「夜更かしはお肌の天敵だよ」


「大丈夫、まだピチピチの二十代だから。肌艶プルルンよ」


「若いっていいね~」


「ミュウリンの方が若いでしょ。ほら、口元汚れてる」


 ナナシはポケットから取り出したハンカチでミュウリンの口を拭く。

 その姿はさながら子供の世話を焼くお母さんのようだった。

 ミュウリンは終始美味しそうに料理を食べながら、今日の昼のことを話題に出した。


「それにしても、今日は大盛況だったね。まさかあんなチップが貰えるなんて」


「それはミュウリンの歌声が素晴らしかったからさ。

 やはり俺はこの声を世界中に届けたい。いや、届ける使命がある!

 目指せ、ナンバーワンアイドルプロデューサー!」


 立ち上がったナナシは椅子に足をかけながら、天辺に向かって指をさす。

 キラーンというシステム音声が聞こえるかのようなポージングだ。


 そんな陽気なテンションをする相棒に対し、ミュウリンは終始ゆったりした様子でムシャムシャ。

 同時に、彼女は「アイドルプロデューサー......?」と首を傾げた。


「でも、正直なところあまり稼ぎは良くないよね~」


「まぁ、それはしょうがないな。明日に生きるお金が稼げてるぐらいで儲けもんさ。

 もちろん、冒険者をやった方が稼ぎはいいけど」


 この世界には冒険者という存在がいる。

 彼らは冒険者ギルドという街ごとにある支部で仕事を受注し、依頼をこなす仕事人。


 やることは魔物の討伐や遺跡、迷宮の調査、賞金首の捕縛または殺害、まだ見ぬお宝を求めるトレジャーハンターと色々だ。


 自由が冒険者の取り柄であり、夢を背負った若者が多く集う職業でもある。

 しかし、そんな職業にわけあってなれないのがこの二人だ。


「やっぱり、この角が原因かな。ごめんね、ボクのせいで」


「いいよ。好きで一緒にいるんだから。

 それに君にこの世界の魅力を教えるには一分一秒も無駄に出来ないさ」


 ミュウリンには角が生えている。しかし、そこは問題ではない。

 なぜなら、この世界には冒険者にも人族に問わず、動物的特徴を残した獣人族、金髪で美男美女が揃うエルフ、小柄ながら人族よりも優れた怪力と加工技術を誇るドワーフなどと多種多様な種族が存在するからだ。


 当然、獣人族の中では角の生えた有角種という種類もいる。

 だが、問題はミュウリンが有角種の獣人族ではないことだ。

 ミュウリンの種族は魔族。つまり、人類の敵だ。


 半年前、この世界には魔王率いる魔族軍が世界侵略を行った。

 それに対し、魔族以外の種族は人類同盟軍となり、魔王の侵略に対抗したのだ。

 魔王の力は強大で、数で誇る人類側が何度も窮地に陥ったことがあった。

 その力はまさに天災と呼べるもので、普通の人類では相手にならなかった。


 そう、普通では。


 人類は神に救いを求めるように祈った。

 やがて神は世界の窮地に一人の青年を呼びだした。

 勇者と呼ばれる青年だ。


 数年の修行と旅の後、勇者は人類を救うために魔王軍と激突。

 死闘の末、勇者は魔王を討伐された。

 それは魔王城の上空にある分厚い雷雲が消えたことから証明されたようだ。

 同時に、勇者も消息を絶ったようであるが。


 とはいえ、人類が魔族の脅威から脱出したのも確か。

 街は少しずつ回復し、どこもそこも活気が戻ってきた。

 しかし、魔族に対する恨みや憎しみは根深い。


 人族に紛れて生きる魔族もいるわけだが、そういった魔族に反抗の意志はなくとも人族にとって警戒しておくに限る。

 そのためか冒険者ギルドでは冒険者登録をする際に、魔族が偽って紛れ込まないように対策されているのだ。


 故に、ミュウリンは冒険者として生計を立てることが出来ず、ナナシは彼女に寄り添うように同じく冒険者にならないのだ。


「大丈夫、大丈夫。このナナシさんがいる限り君の未来はとっても明るい。

 こう見えてもただおどけているだけじゃないのよ?」


 大きく身振り手振りしながらアピールするナナシ。

 言外に安心できるよう伝えているのだ。もしくは、ただ酔っぱらってるだけか。

 そんな相棒の優しさにミュウリンはニッコリ笑う。


「ありがと~。えへへ、やっぱり優しいね」


「そんなストレートに言われると恥ずかしいじゃないか。

 ダメだぞ、褒めたってなにも出ないからな。

 さて、それはそれとしてどんな可愛い服が着たい?」


「何か出ちゃってるよ~」


 アハハハ、と笑う二人。

 特別目立つ二人は周囲からも少し浮いた存在だ。

 そんな彼らは少しばかり面倒な輩に目をつけられやすい。


 近くの席で筋肉質な二人組の男が立ち上がり、ゆっくりとナナシとミュウリンに近づいていく。

 そして、そのうちの一人の男が言った。


「おい、そこのガキ。お前......魔族だろ?」

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