第3話 道化師の言葉は嘘っぱち

 月明かりが道を照らす夜。

 通りも人気は少なくなり、どこからか鈴虫のような輪唱が聞こえてくる。

 そんな道をナナシとミュウリンは歩いていた。


 ミュウリンはとーんとーんと足をゆっくり前後させて歩く。

 少女は目線を遠くに向けたまま、ナナシの話しかけた。


「さっきは助けてくれてありがと~。おかげで穏便に済ませられたよ」


「どういたしまして。けど、あれぐらいはお安い御用さ。

 相棒に楽しい旅を提供するのが俺の仕事だからね」


「そっか。でも、ありがとね~」


「そんなに褒められると照れちゃうぜ」


 ナナシは体をクネクネさせてキモイ動きをしていく。

 そんな様子を微笑みながらミュウリンであるが、その表情はどこか硬い様子。

 やはり気にしているのだろう、と思うナナシの推測通り、ミュウリンは悩みの種を話し始めた。


「ナナシさんはボクの角を隠さなくていいって言ったけど、やっぱり隠した方がいいんじゃないかな。

 だって、そっちの方が余計な問題も起こさなくて済むし、皆笑顔でいられるし」


 ミュウリンの歩幅は小さくなる。

 月明かりで伸びる彼女の陰が怪物のように縦に伸びた。

 まるで人に化けた化け物の正体を暴くかのように。


 その瞬間、ナナシは数歩前を歩き、クルッとターン。

 そして、小さな相棒の前に立てば、目の前で跪く。

 それから、そっと小さな手を取った。


「君が笑顔を望むのはとても良い事だ。

 それが君の幸せに繋がるのなら、俺も止めはしない。

 だけど、君はそれで本当に笑顔でいられるかい?」


 ミュウリンは大きく目を見開き、ナナシを見つめる。

 すると、大きな相棒はニコッと笑って立ち上がった。


「ミュウリンがハッピーなら、俺だってハッピーさ!

 一緒にハッピーになれたら、二倍でハッピーを感じれちゃうかもね!」


 ナナシは大きく体を動かしながら言った。

 その動きは如何にも道化っぽいが、言葉には真心が詰まっている。

 それはしっかりミュウリンに伝わったようで彼女は笑った。


「えへへ、そっか。なら、ボクもハッピーにならないとね。やっぱり優しいね」


「ん~、可愛い! とってもギュッとしたい!」


 ナナシは大きく腕を広げ、恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなくを堂々と言葉にした。

 そんな道化師の行動は今に始まったことではないので、ミュウリンの対応も実に手慣れたものだ。


「なら、ギュッとしちゃう? 今ならサービスしとくぜ」


「あら、お得! けど、今日は粗相してしまったからね。またいつか」


「そっか。ざーねん」


 そして、二人は横並びになって、予約していた宿屋に向かった。


 この世界では人魔戦争が始まる前から異世界出身の誰かさんが色々なことをしていた影響が残っている。

 例えば、宿屋にあるシャワー室。中世ヨーロッパのような雰囲気を残しつつ、違和感満載の近代様式シャワー室は如何にもどこかの世界の影響を受けたようだった。


 今日一日の汗をお湯で流し、奇麗になった二人は一緒に部屋に入る。

 それからすぐに始まるは自称天才ヘアスタイリストナナシによるキューティクルな髪を保つドライヤー術。


 自称天才ヘアスタイリストは椅子に座ったミュウリンの髪をマイ櫛を使いながら、右手から温風を出して乾かしていく。


 為すがままの小さな相棒は気持ちよさそうに目を細める。

 その気持ち良さはガクンッと一瞬寝かけるほどには気持ちいいようだ。

 そんな小さな相棒は寝ない様にスタイリストに話しかけた。


「そういえば、良かったの? あんな嘘ついちゃって」


「嘘?」


「ほら、魔族は被害者で、真の敵は邪神だって」


 それはナナシが別れる最後にハンマー男に対して言った言葉だ。

 実のところ、あの言葉は何の根拠もないナナシのでっち上げの言葉であるのだ。

 しかし、それを言うにも当然理由はある。


「いいのさ。そっちの方が魔族に対するヘイトも少なくなるかもしれないしな」


 ナナシが嘘をついたのは言葉の通りだ。

 魔王による侵略行為があってから、魔族は種族全体で嫌われ者である。

 魔族の中にも人類と共存したいと思っている人がいても、中々イメージアップは難しい。


 そこでナナシのついた嘘である。


 あの侵略行為は魔族の本意ではなく、魔族の最高神である邪神に唆されたものであると。

 つまり、人類を襲ったとはいえ、魔族側にも情状酌量の余地はあると伝えたいのだ。


 もちろん、それがそんな簡単な方法で解決できるとは思っていない。

 しかし、何もしないよりはマシな嘘だ。

 それに魔族だって誰しも皆争いたいわけじゃないことをナナシは知っている。


「それにその言葉を道化師の俺が言う分には何も間違ってないはずだ。

 なんたって、俺の職業の本分だからな。道化師は嘘言ってなんぼよ」


 ナナシの言葉にミュウリンは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ふふっ、相変わらず真面目だね。そんでもって優しいと思う」


「もう、この子ったら一体何回人のことを優しいって言うつもり?

 そんなこと言ったって明日、素敵なお洋服に小物もプレゼントしちゃうとか思ってないんだからね!」


「やったー! プレゼントが増えた~!」


「な、まさかこれが狙いで! なんてあざとい子なの!? でも、可愛い!」


「ふっふっふ、今更気付いても遅いのだよ。なんたって言質は取ったのだからね」


「ムキ―ッ! 次はしてやられてあげないんだから!」


 そんなやり取りをアッハッハ、と笑っていく二人。

 賑やかな夜がしばらく続いた。


****


 翌日、ナナシはミュウリンを連れてこの街の名所を紹介していた。


「さてさて、ご覧ください。こちらはこの街名物の女神リュリシールの噴水像でございます。

 かの女神様が持つ水瓶から零す水は万物を癒す力があるとされています。

 その水が四方に伸びるこの街ではそれを使って植物が育てられ、花壇が多く存在するのです」


 古い像特有の一枚の布を巻いたような恰好をしている女神像。

 天の羽衣を纏わせ、両手に持つ水瓶からチョロチョロと水が流れ出している。


 その噴水場所は多くの人達の待ち合わせスポットとなっていて、また遠くから観光スポットとして訪れる人も少なくない。

 そういうナナシ達も名目は観光だ。日銭を稼ぐために歌を歌っているが、そっちが本分ではない。


「それでは、ここをステージにするなんてどうでしょう?」


「いいね~。やろっか」


 それはそれとして歌は好きなので結局やる。

 ナナシは背負っていたギターを前にセットし、注目を集めるようにジャランと音を出した。

 周囲の人達の注目が引いたのがわかると、大きく体を動かしながら声を張り上げる。


「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! どうぞご清聴なさってください!

 これより可憐な少女の素敵は歌声で皆様を癒して差し上げましょう!」


 ナナシの言葉になんだなんだと人達が群がっていく。

 持っているギターから何らかの演奏が行われると推測したのだろう。


―――キャアアアァァァ!


 その時、一つの悲鳴の声が聞こえた。

 声がする方向に視線を向けてみれば、一頭の暴れ牛がナナシ達に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。


 その牛に対し、周りの人達は慌てて両脇に外れた。

 すると、割れた道に向かってその牛が猛突進。

 その牛の進行方向にはナナシとミュウリンがいる。


「あら、なんて過激なファンでしょう。熱烈アピール大歓迎。

 だけど、マナーは守って欲しいものだね。ミュウリン、魔力乗せてイケるか?」


「大丈夫、任せて」


 ナナシの言葉にミュウリンは頷く。

 それを確認するとナナシはギターを弾いてメロディを作り、それに合わせてミュウリンが魔力を乗せる。


誘う微睡リードスリープ


 ミュウリンが歌声を響かせる。

 周囲に響き渡る歌声だが、正確な魔力制御がされたその歌は暴れ牛にだけ届いた。

 すると、暴れ牛の勢いはだんだんと無くなっていき、やがてはその場で眠り始めてしまった。


 スヤスヤと眠りこける牛に周りの人達はキョトンとした顔をする。

 その瞬間、ナナシはこの結果を利用してステージを宣伝した。


「さて、ご覧ください! 可憐な少女の美しい歌声であんなに暴れていた牛も、これほどまでに安らかな眠りをしています!

 それはこの少女の歌声にただならぬ魅力を持っていたからに他ならない!!

 これより本格ステージを始めますが、気に入ってくれたら素敵な評価をどうぞよろしく!!」


「「「「「オオオオォォォ!!」」」」」


 突然のハプニングをあっという間に収めるミュウリンの勇敢な行動に加え、チラッと聞こえた歌声にその場にいた人達はたちまち熱狂していく。


 そんでもって、ナナシの声もあってか観光名所の噴水は今やミュウリンのステージだ。

 そんな賑わいはしばらく続いた――が同時に冒険者ギルドの目を引くのであった。

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