田舎から出たい。

千羽稲穂

噂は踊る、どこまでも。

 田舎はクソだ。噂はすぐ回るし、あらぬ方向に話が流れる。実際に事件をつきつめると、嘘だった、とかよくある話。勝手に人の家のことを詮索してくるし、このあいだとか、隣家のおばちゃんに、「お父さん、夜遅くに家へ帰ることが多いのね。いったい何をしているのかしらね」と、私に柿のお裾分けをしながら、告げ口をしてきた。

 そんなわけないのに、ね。

 あー、早く田舎から出たいなぁ。

 と、思いながら赤色のスコップを握りしめて、裏山に入っていく。

 昨日埋め忘れたあれに土をかけてやらないと。

 雑草を踏みつけて裏山に入ろうとしていると、背後で足音がして、立ち止まった。ドスドス、という足音は、まさしく隣のおばちゃんのものだった。あたしは振り返って笑顔で挨拶をする。

 するとおばちゃんの顔はまっさおになって突風のように去って行った。

 変なの。



 あらぬ噂が回り始めたのは、それからだった。

「隣のお嬢さん、赤いスコップを持って、裏山に入ろうとしていたのよ」

「あら、どういうこと?」

「そういえば、最近、あの家の旦那さんの姿を見てないわ」

「まさか、そのスコップ、赤かったのよね。もしかして──」

「やだぁ、奥さん、それはさすがに違うでしょう。──でも、念のためにうちの子にも注意しないと」

「嘘、同じクラスの子なんだけど。真面目に授業受けている子だし、そんな風に見えないんだけど」

「人は見た目に寄らないっていうじゃん? ほら、犯罪者って、異常性を隠して生きているって言われているし」

「そういえば、あの子、ぜんぜんあたしらとつるまないじゃん。いつもすかした目つきをしていて、馬鹿にしてんじゃない」

「頭も良いって聞くしねぇ。目がやばいよねぇ。あんた、なんか知ってる?」

「そういやさ、夜にあの家から抜け出して、いつもどこかふらふら歩き回ってるって聞いた。不良少女なんだって」

「むしろ、イケてるじゃん。都会の遊びも知ってるのかな。今度聞いてみたいな」

「──て、私の娘がね、そういうもんだから、心配になっちゃって」

「そういえば、ここに引っ越してきたときは、旦那さんと奥さん、夜中に口論することが多かったわ。最近なくなったけれど」

「あの家のお姉ちゃん? ねぇねぇ、ボク、あの家のお姉ちゃんがぐったりした犬を山に持っていくのを見たよ」

「──これ、警察に行った方がよくありません?」

「もしかして、赤いスコップというのも……旦那さんも……」

「これこれこういうことで、警官さん、何か知っています? あ、これつまらないものですが、うちでとれた柿です」


「最近、様々な動物の死体が人目につく場所で発見されているようです。村の皆様はくれぐれもお気をつけいただくようお願いいたします。私の方でも調査してみます」



 チャイムが鳴った。私は相手を確認せずに玄関を開いた。するとそこには、警察官が立っていた。


「佐山かりんさんですね。署までご同行お願いいたします」


 念願の夢が叶ったみたいだ。

「はい、そうです。お母さん、ちょっといってきます」

 私は喜び勇みながら連行された。

 生まれて始めてのパトカー。窓から見える景色は田舎の風景から遠ざかる。裏山が壮大に見送ってくれた。

 裏山には、車で轢かれた犬が埋まっている。静かに眠ってほしい。目を閉じて彼らを利用してしまったことに懺悔しながら手を合わせた。


 赤いスコップの感触を鮮明に覚えている。犬に土をかけながら、〝お父さんは長期間出張で家にいないこと〟という真実をザッと埋めて〝あたしが父を殺して裏山に埋めたと見せかけること〟にすげ代えた、あの感触を。そのための演出に、轢かれた犬を使った。犬の死体を運ぶところを、わざと目撃されることで、犬を殺したと見せかける。逆に裏山で亡くなっていた動物の死体をわざとみんなが見えるところへ運び、あたしが死んだ犬を持っていたことを深く印象づける。


 上手くいった。

 パトカーは署がある隣町の都会にさしかかる。

 これで田舎から出られる。

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田舎から出たい。 千羽稲穂 @inaho_rice

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