Epilogue #Unison




 初冬の宵闇を走る 原付のライトが 窓から射し込む。

 エンジン音は フラットの前で停止する。

 やがて 階段を上る乾いた足音。

 その音は 普段より少し重い。


 シリンダー錠を回す音が聞こえ 扉が開く。



「お帰り 瞳。遅かったじゃん?」


「ん。ゴメン 亜樹…。ちょっと 寄らなきゃいけないとこがあって……」



 部屋に入ってきた 瞳にいつもの笑顔は無い。

 受け入れる亜樹の顔も 沈んだような無表情。



「遅くなって ゴメン。先に ご飯 済ませた?」


「ううん。あと 温めるだけにしてあるけど まだ。……あの ご飯の前に ちょっと聞いて欲しい話が あるんだ」


「そうなの? あたしも 亜樹に聞いて欲しい話が あるんだ……大事な話」


「ボ ボクのも けっこう深刻かも 知れないし できたら 先に瞳の話 済ませときたいかも……」



 そこで2人は 押し黙る。

 数瞬に渡って流れる重い沈黙。



「ゴメン 瞳。よく考えたら たぶん 大したことじゃ無いから ボクから話す。とりあえず座ろ?」

 


 テーブルのいつもの席に 腰を下ろし 互いに向き合う2人。



「……いやさ。全然 大したことじゃ無いんだけどさ。もしかしたら 瞳が ショック受けるかもって思っちゃって。ホント ツマンないハナシだから 聞き流しといてね?」



 亜樹が ニッコリ微笑みながら 話し始めた。



「実は ボクね ちょっと生理が遅れてんだよね 今月。それで 今日のさ 午前中に産婦人科 行ったんだ。そしたらさ~ 何て言われたと思う? ……なんと お医者さん曰く ボクが妊娠してるんだってさ。んなワケ無いじゃんね~? ボク 瞳としか してないのに。絶対 検査ミスだと思うし 明日 もう一回行って来るよ。ゴメン 変な心配かけちゃって……」



 亜樹は 殊更 明るい口調で早口にまくし立てる。

 だが 最愛の妻の凍りついたような表情を見て 真剣な表情に切り替えて 話し始める。



「あの ホントに大丈夫だから。検査ミスだよ…きっと。ボク 絶対 浮気なんてしないから。ましてや 男とするとか 絶対の絶対にアリエナイし。知ってるでしょ?」



 新妻の沈黙が 一瞬 テーブルの上を支配する。

 そして おもむろに 瞳が 口を開く。


  

「あたしとは したんじゃない?」


「えっ?」


「あたしも さっき 産婦人科 寄ってたの。あたしも 生理 遅れてたから。あたしも 同じこと言われた。妊娠してるって。あの…さ。でも…さ。あたしはさ。覚えがあるんだよ 」


「――っ!?」



 最愛の妻の衝撃の告白に 亜樹が息を飲む。



「あたしは 亜樹に抱いてもらって 亜樹のこと抱いた。その記憶があるの。あんまり自然でアリエナイ感じだったから きっと夢だったんだろうって思ってたけど 夢じゃなかったんだよ……。亜樹は ホントに 記憶ないの?」


「……いや。だって アレは夢で……」


「亜樹 あたしに『瞳の子どもが産みたい』って言わなかった?『ボクの子ども 産んで欲しい』ってゆーのも……」


「そりゃ 夢の中じゃ言ったかも だけど……」


「亜樹の夢の中身 あたしが知ってるとか おかしいじゃん?」


「だって あの夢って ボクが男だったり 瞳が男だったり……」


「だから たぶん あの時は ホントにそうだったんだよ」



 亜樹が 放心したような表情を浮かべ その視線の焦点は定まらない。

 暫くの沈思黙考の後 その瞳に 生気が戻り その視線は ティーセットの仕舞われた食器棚へと向かう。

 その視線に気づいた 瞳が肩を竦めてみせる。



「『本物の魔法の紅茶』だったんだよ……きっとね」


 


  


                ――――deus ex machina――――

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