第26話 Who×Master×Vampire

 数秒、沈黙が降りる。なんだか話しづらかった。


「ま、ハイネがホノカのご主人サマならこの屋敷に入った時に分かっただろうし、ご主人サマだってホノカに会った時に分かったはずだからハイネではないだろうね」


 レオが話を戻してくれた。アタシはほっと胸を撫で下ろした。ハイネグリフのことは気になるけれど、今はとりあえずハイネグリフのことは置いておいてアタシのご主人様探しに集中しなければならない。それに、気になることもある。


「その、屋敷に入った時に分かるって、どうやって分かるの? それからフェリックスさんなら分かるってなんで?」


 それが気になった。分かりやすい何かが起こるとでも言うのだろうか。化学反応みたいに爆発が起きるとか、色が変わるとか。


「えぇえぇ! 気になるでしょうね! 不思議でしょうね! しかしそれが吸血鬼の主従関係なのですよ! マスターは眷族が分かる! 眷族はマスターが分かる! 感覚的なものです! ホノカにはまだ分からないでしょうがそういうものなのですよ!!」


 あまりにも大声だったので耳がビリビリした。レオは両手で両耳を塞いでいる。


「ご主人サマなら分かるってのは、ご主人サマの眷族であるハイネの眷族ってことは、つまり間接的にご主人サマの眷族にもなるってことだから分かるってことね。雑種……王様からみた、眷族の眷族ってこと。雑種も王サマが分かると思う。吸血鬼には血が全てだから。自分の中に流れる血の大元くらい分かるよ」


「ふぅん」


 ちょっと良く分からないので適当に流すことにした。どうやら感覚的なものらしい。感覚的なものは口で説明されても分からない。今は全然分からないけれど、そのときが来ればアタシにも分かるのだろうか。


 なんだか吸血鬼って結構複雑な気がする。人間も結構複雑だったりするけれど、より複雑な気がするのは吸血鬼の話に慣れないことが多いからだろうか。しっくりこないことばかりだ。それはやはり、私が不完全な吸血鬼だからだろうか。


「それらの理由から判断すると、ホノカ君の主人は赤、白、黒のいずれかだ。……万に一つの確率で青の王ということもあるが、彼の性質上ほぼないと言って良いだろう」


 赤は紫頭のお兄さん。黒はアイツだから、白はきっと剣を持った銀の目のお兄さんだ。銀色は白ってことね。


「えぇ、えぇ。そういうことになりますね。赤はハイネグリフのこれまでの報告にも出てきていましたよね。確か、確かデインという眷族でしょう」


「そうです! そういう名前でした!」


 そうだ、デインだ。アイゼンバーグがそう呼んでいた!


 サンダーさんはこくりと頷いた。それから顎に手を当てて考え始めた。


「しかし、しかし白と黒は分かりませんね。三日前に初めて会ったのでしょう」


「黒は王だろう。黒の王、ローザンヌだ。彼は眷族に青の王を追わせるような性格をしていない。追うならば自らが追うだろう。彼はゲームが好きだからな。赤い長髪で残忍という特徴も一致している。そうだろう、ホノカ君」


「はい、そうです。ローザンヌと呼ばれていました」


 そう、ローザンヌ……。アイツの名だ。アイツは王様だったんだ。そういえばアイツの心臓の音もしなかった。アイツに抱えられた記憶と同時にアイツに関する様々な記憶が蘇ってきて、アタシは眉をぎゅっと寄せた。


「白は? 白の王は女だったよね? 眷族か雑種ってことになると思うけど、ご主人サマ、青い髪で剣を持った吸血鬼に心当たりある?」


「単身で日本に来るくらいだから、彼女が騎士と呼んでいる眷族のうちの一人だろう。しかし誰かは分からない。彼女は私と違って眷族が多いのだ。騎士だけでも十を超えるはずだ」


「多いね。少数精鋭も考えものなんじゃないの? ご主人サマ」


 ま、増えられても困るけど、とレオは続けた。


 騎士だけでも、ということは、白の王という吸血鬼の眷族は騎士以外にももっといるということなのだろう。かたやフェリックスさんは三人。どのくらいが普通なのか分からないけれど、フェリックスさんは少ないんだ。


「私には君たちさえいれば満足だ」


 フェリックスさんがレオとサンダーさんを見て言った。するとレオはふふ、とかわいらしく笑い、サンダーさんも微笑んだ。この人たちにしか分からないやりとりである。


 これが主従の関係なのか。家族みたいな感じなのだろう。アタシだけその輪に加われないので少しだけ寂しい気持ちがある。


「白の王には私から連絡してみよう。彼女は応えてくれるはずだ。二、三日かかるかもしれないが良いだろうか」


 フェリックスさんが申し訳なさそうにアタシを見た。


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 アタシは頭を下げた。フェリックスさんはゆっくりと頷いた。


 アタシのタイムリミットは一応一週間くらいということだが、実際はよく分からない。その二、三日が命取りになるかもしれないが、こればっかりは仕方ない。そうして連絡をとってもらえるだけでありがたいのだ。だってアタシ一人だったら二、三日なんて無駄に過ごしているはずだから。ひょっとしたら自分が何者かも分かっていなかったかもしれない。


「赤の眷族と黒の王とそれから一応、青の王は? どうするの?」


「これは、これは推測ですが、白の眷族も含めて鬼ごっこを続けているはずですから、今すぐ捕まえるのは難しいでしょう。まぁまぁ、彼らの行先はマスターに白の王から聞き出してもらうしかないですね」


「じゃ、オレたちはこうして連絡待ちするしかないってこと?」


 レオは不満そうに頬杖を突く手を入れ替えてサンダーさんを見た。彼らが移動を続けているならばそうするしかないのではないかと思う。もしかしたらハイネグリフのようにどこかで瀕死の状態になっているのかもしれないが、アタシたちがそれを知る術はたぶんない。いくら人間より体力のある吸血鬼といえども、日本全国をしらみつぶしに探すことは不可能だろう。


「いえいえ。そうは言っていませんよ」


「他に何か出来ることがあるんですか?」


「そうです、そうです。以前マスターに聞いた話では赤の王は本来の拠点を離れてこの日本に来ているはずです。ですから、ですから、こちらから赤の王に会いに行けば良いのですよ。赤の王ならホノカが自分の雑種であるのかどうか分かるはずです。ホノカも王が分かるでしょう」


「なるほどね。確かにそうだ。ホノカ、良かったね。とりあえずすぐに赤の眷族がホノカのご主人サマかどうかが分かるみたいだよ」


「や、やったー」


 ちょっと話が良く分からなくて思いついた言葉を発した。レオは眉を寄せて「全然嬉しくなさそうだね」と訝し気な顔をした。


 いや、だって話についていけないんだもの。正直に言うとアタシの頭は良くない。どちらかというと悪い方で、学校の勉強だって真面目にやってなんとか人並に追いついていたのである。そのアタシにこの怒涛のような知識の詰め込みは酷だった。とりあえず赤の王という吸血鬼に会いに行けば何かが分かるということだけ理解できているのだからアタシとしては十分だ。


「そうと決まれば行こうよ赤の王のところへ。まごまごしていたらホノカが死ぬよ」


 レオは立ち上がった。アタシも反射的に立ち上がる。


「おやおやレオ! 貴方にしてはずいぶんやる気じゃないですか! 良いですね良いですね! 青春ですね!!」


「そんなんじゃないよ」


 レオはきっぱり否定してから、ちらとアタシに視線を移した。それから口元を袖で隠してぼそりと言った。


「野良犬拾った気分なんだよ。拾ったオレが面倒見てあげないと可哀想でしょ」


 野良犬。レオはアタシを野良犬みたいな存在だと思っていたのか。いや、確かに野良らしいしレオを追いかけて無理やり入れてもらったみたいなもんだけど野良犬って。悲しい響きに少しばかりショックを受けた。


「そうですかそうですか! 主人に忠実な犬は可愛いものですからね!! ではではすぐに発つとしましょうか! マスター、良いですよね?」


 にこりと笑ったサンダーさんがフェリックスさんに同意を求めた。するとフェリックスさんは一秒にも満たない間、サンダーさんをじっと見て何かを考えてから口を開いた。


「良いだろう。ただし、私も行く。王に会おうというのだから、それ相応の理由もいるだろう。赤の王、ブランボリーなら私を見れば入れてくれるはずだ。彼と私は友だからな」


「えぇ、えぇ、そうしましょう」


 サンダーさんは微笑んだ。それからフェリックスさんもサンダーさんも立ち上がり、アタシたちは赤の王と呼ばれる吸血鬼のいるところへ行くことになったのであった。

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B×B×Vampire あまがみ @ug0204

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