Faze 04

『多分呪い返しを受けたんだろう』

『残念だがそれはもう使い物にならない』


 亮平さんから返って来たメッセージを見て私は愕然とした。カースメーカーが壊れた。私はもう二度と人を呪うことができない。まるで自分の手足を切り落とされたみたいな絶望感と虚しさがあった。カースメーカーは微動だにせず、ただ焦げ臭い匂いを部屋に充満させている。半開きになったトレイからは絡まった髪の毛が溢れ出していた。


『でも呪ったのは機械だから香織に害が及ぶことはない』

『とりあえず適当に処分しといてくれ』


 すぐには立ち直れなかったけど、それ以上に私にはやるべきことがあった。こんな匂いが部屋に漂っていればすぐに親に異変に気付かれてしまう。幸い母さんは今外出中だ。今のうちに壊れたカースメーカーをどうにかしてしまわないといけない。私は手近にあった紙袋にほんのり熱を帯びたカースメーカーを入れて、そのままあてもなく家を飛び出した。

 今やただのガラクタと化してしまったこの機械が粗大ごみなのかその他不燃なのかなんて私にはわからない。そもそも亮平さんはああ言っていたけど、一般人が適当に処分していいものなのかどうかも疑わしい。それでも気づいた時には私は近所の公園にたどり着いていた。結局選択肢なんて一つしかないことを私の足はわかっていた。夕暮れの公園は閑散としていてほとんど人はいない。それでも私は細心の注意を払って人目につかないように公園の奥へと歩いて行く。そして鬱蒼と生い茂ったあまり手入れのされていない藪の前で立ち止まる。何度も周囲を見回して誰もこっちを見ていないことを確認してから、私はそっと紙袋を藪の下に置いた。早く立ち去りたかったけど、罪悪感と未練がそうさせてくれなかった。こうして驚くほどあっけなく私の力は失われた。


 カースメーカーが壊れてしまったことを告げると二人は残念がったが、だからといって何ができるわけでもない。私たちの活動も断念せざるを得なかった。

「でもこれはこれで良かったのかもよ? 理屈のわからないものに振り回されるのってなんか気持ち悪いし」

 そう言って私を慰めようとする美緒とは対照的に、どこか深刻そうな表情をした優花がつぶやいた。

「でもさ、少し気になったんだけど……呪い返しって誰にでもできるようなものなの?」

「え、さあ、それはわからないけど……」

「それってさ、を持った誰かが近くにいるってことじゃないの……?」

 その瞬間、教室の温度が一気に数度下がったような気がした。私は優花の推測を否定できなかった。いちいち誰の依頼かなんて確認していなかったから、あの髪の毛が誰のものだったのか今となってはわからない。だけど私たちの手の届く範囲に、確実にその誰かは存在している。私たちはそれ以上何も言葉を交わすことができなかった。


 それから一月経って春休みに入るまで呪いの噂が絶えることはなかった。野間は三度目の入院をしてうつ病になりついに辞職したし、馬鹿の北島や不良の寺田は代わりにやって来た体育の山岡に絞られてすっかり大人しくなってしまった。優花の父親はまた別の浮気が発覚したらしく、怒り狂った綾乃さんに包丁で刺されて重傷を負った。当然綾乃さんは逮捕されて、優花は遠くの親戚のところへ引き取られた。そして今日、美緒からバレー部を辞めたとLINEで聞かされた。詳しくは教えてくれなかったけど、どうやら部活内でいじめを受けていたようだ。

 これが誰かの呪いのせいなのか、それともただの偶然なのか、確かなことはわからない。だけど私はこの世に呪いが実在すること、そしてそれを使える誰かが近くにいる可能性が高いことを知っている。次は私の番かもしれないけど、それを防ぐ手立ては何もない。だって私はどうやったら人を呪えるかなんて、そんなことは少しも知らないからだ。

 ただカースメーカーを貰う前に戻っただけで、本当は何も失ってなんかいないはずなのに、私はこの世界が怖くてたまらなかった。自分の力ではどうしようもない得体の知れないものが世の中を支配しているんだってことに気づいてしまったから。それがあの機械が私にかけた呪いだった。


『そんなに心配しなくてもいい』

『もう少しで全自動呪詛反転機・カースリフレクターの試作品ができる』

『新学期が始まるまでには届けてあげるよ』


 その言葉だけを頼りにして、私は今日もベッドの中で震えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

CURSE MAKER 鍵崎佐吉 @gizagiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ