星を喰らう者
それは、遠い昔。
誰も知らない、覚えていない世界の話。
一人の、”魔女”の物語が始まった。
人は誰しも、人生に目標を持つ。これと決めた何かに、生きがいを覚える。魔女にとっても、それは例外ではなく。
ただその目標は、この世で最大の、”邪悪”であった。
魔女はその肩書通り、魔の道を極めし者であり。その才能はまさに天賦のもの。魔女は瞬く間に才能を開花させ、魂や、次元というものに干渉できるようになった。
そしてその瞬間、魔女の”命題”は決まった。
恐ろしい考えが、生まれてしまった。
この宇宙は、一つではない。次元の壁を超えた先に、無数の並行世界がある。並の魔法使いなら、その存在に気づくことすら不可能だが。魔女はあろうことか、無数の並行世界を自由に行き来する術を生み出した。
そして、数多の世界、数多の生物、数多の可能性、数多の物語を見て。
最終的に、魔女は思った。
――無数の並行世界。これらを、”全部一気にぶち壊したら”、どんな景色が見えるのか。
最終的な結論が、それだった。
好奇心旺盛な子供が、科学の実験に挑むように。
魔女は人知れず、恐るべき計画を始動させた。
どんな世界にも、どんな物語にも、必ず悪は存在する。
その目的は様々だろう。
富や快楽を得たい、誰かを不幸にしたい。そして、世界の支配や、人類の滅亡まで。
しかし、魔女はそのどれよりも”恐ろしい計画”を、誰にも気づかれることなく進めていた。
計画の基点となったのは、”アヴァンテリア”と呼ばれる世界。
他の世界と比べ文明も未熟で、管理する”神”も幼かったために選ばれた。
アヴァンテリアを中心に、魔女は”33の並行世界”を連結させる仕組みを発案した。
それはまるで、電磁石のようなもの。それぞれの世界に楔を打ち込み、それと対となる”装置”をアヴァンテリアの各地に製造した。
アヴァンテリアの住民も、他の並行世界の住民も、誰も魔女の計画には気づかずに。
その恐るべき計画は、実行に移されるかと思われた。
だがしかし、魔女はその後、”二度の妨害”に見舞われることとなる。
一度目の妨害は、およそ1000年前。
アヴァンテリアを管理する”神”が魔女の企みに気づき、計画の要となる装置を停止させた。
魔女は優れた能力を持つが、星の代弁者たる神には敵わない。
神は魔女を追い出すと、魔女が二度とこの世界に来られないよう、強力な結界を張った。
これにより、魔女の計画は阻止され、世界は守られた。
次に、魔女が現れたのは。
計画の失敗から、およそ1000年後。
アヴァンテリアは、魔女の打ち込んだ楔と装置によって、不安定な世界となっており。
神の弱体化も相まって、再び魔女の侵入を許してしまった。
前回の失敗から1000年間。魔女は、ただ指を咥えて待っていたわけではない。
次に計画を実行に移す時には、絶対に失敗しないように。
神すらも凌駕する”武力”を、アヴァンテリアに持ち込んだ。
それこそが、”魔神竜”。
正式名称、ハマシュ・アグリゲーター。
星の灰汁、その集合体という意味を持つ。
もはや、世界そのものを滅びし得る怪物を連れて。魔女はアヴァンテリアに襲来すると、再び計画を始動させた。
1000年前とは違い。こちら側には圧倒的な戦力があり、なおかつアヴァンテリアの神は弱っている。
ゆえに魔女は、計画の成功を確信した。
しかし、そこに立ちはだかったのが、”二人の英雄”。
星のような輝きを持った、まだ幼さの残る少女たち。
二人の少女は、魔女にとって天敵とも呼べる存在であった。
一人は、魔女と同等の才能を持つ少女。
無数の並行世界を自由に観測する能力を持ち、”無限の可能性”を自分に憑依させられる怪物だった。
そして、問題なのはもう一人の少女。
少女は、”魔女と同じ顔”、”同じ名前”を持っていた。
平行世界の同一人物。
こうだったかも知れない、そんな”可能性”の一つが、魔女の前に立ちはだかった。
それが、14年前の決戦。
地上世界では、”大崩壊”と呼ばれる出来事である。
戦いの結末として、魔女は二人の少女に敗れた。
この世界に選ばれた英雄は、魔神竜すらも打ち砕いた。
けれども、世界を守ることは出来なかった。
戦いには敗れながらも、魔女は計画を遂行。
アヴァンテリアを基点として、無数の並行世界を連鎖崩壊に導く、”終わりのプログラム”は起動してしまった。
力の大半を失いながらも、魔女は嗤う。
多元世界の崩壊、その瞬間を目撃できるのだから。
しかし、二人の少女は運命を否定した。
きっとこれまでも、そうして抗ってきたのだろう。
そうして、奇跡を起こしてきたのだろう。
二人は手を取り合い、力と想いを一つにして。
その身を犠牲に、この世の終わりを受け止めた。
それが、14年前の出来事。
終末まであと一歩という所で、魔女の計画は阻止された。
けれども、魔女は死なず。
地面を這いずり回り、14年の歳月を費やして再びプログラムに手を付ける。
蓄えられた膨大なエネルギーは、あくまでも凍結されただけ。
少女たちから切り離すことが出来れば、再び起動できるはず。
無論、そこでも少女たちからの妨害はあった。どういう理屈、どういう意味でそれを行ったのかは知らないが。
切り離す際に、エネルギーに”形と心”を付与されてしまった。
見たところ、若い人間の男性だろうか。世界を破滅から救う、立派な正義感でも持っているのだろう。
ゆえに、魔女も対抗策を打った。
最後の力を振り絞って。その人間が破滅を選ぶように、”演出”を行った。
アナタがそれに触れるだけで、世界を救うことが出来る、と。
だがしかし、それが仇となってしまった。
きっと、少女たちの考えなのだろう。
エネルギーに宿ったのは、正義感に溢れる人格などではなく。
答えを出すのが遅い、”ただの一般人”だった。
そうして、魔女の計画は終わった。
14年間、垂れ流しの”影”を浴びたことで、魔神竜は魔女の手に負えないほど強くなり。
すでに死に体の魔女を、消し炭へと変えた。
――ほんっと、ままならないものね。
数万年をかけた、自らの悲願。
歪んだ命題と共に、魔女は消えていく。
しかし、その刹那。
竜へと立ち向かう、一人の人間を見た。
◆◇ 星を喰らう者 ◇◆
「ふぅ……」
間違いなく、今日は厄日である。
そうしみじみ感じながら、”ユウキ”はため息を吐く。
知らない場所で目が覚めたと思ったら、何一つ理解できないまま話が進んでいき。
気がつけば、こうして巨大な怪物と向き合っている。
”真っ黒なドラゴン”。
ただそれだけで、ここが異世界なのだと分からせれられる。
(思いっきり踏み潰されたけど、そんなに痛くなかった。……多分、見た目ほど強くはないはず)
ゆっくりと、状況を飲み込んでいく。
(あぁ、そうだ。ゲームのチュートリアルだと思えばいい。自分に何が出来るのか、こいつと戦いながら――)
――光が、視界を覆い尽くす。
悠長な時間など、ここには無い。
魔神竜の口から放たれたエネルギーによって、ユウキは吹き飛ばされた。
(あーあ。あっけないわね)
散っていく、一握りの塵。
かつて魔女であったそれは、静かに落胆の色を見せる。
(まぁ、それもそうね。戦闘用に特化されたあれと違って、こっちは単なるエネルギーの入れ物だし)
魔神竜。
正式名称、ハマシュ・アグリゲーター。
14年前の段階でも、その性能は生物としての理論的限界値に達していた。
単体の戦力として、これ以上のものは造れない。魔女が、そう自負するだけの力があり。
事実、計画を邪魔した二人の少女にも、単体としての力では勝っていた。
そして、現在。
溢れんばかりの”影”を浴びたことで、魔神竜はさらなる進化を遂げて復活した。
その戦闘力、もはや生物としての枠組みには収まらない。
腕の一振りは、大陸全土を揺らし。
口から放出されるエネルギーは、成層圏の彼方まで貫く。
ひとたび咆哮を上げれば、星の裏側まで届くだろう。
”星を喰らう者”。
このちっぽけな世界を滅ぼして、その後は
ならばいっそ、できるだけ多くの星を喰らいなさい。
多くの世界を滅ぼしなさい。
母なる塵は、そう願って。
散って、消えた。
◆◇
世界が、揺れていた。
あらゆる大地、あらゆる海、あらゆる空気が揺れていた。
何が起きているのか。それを正確に理解する者は、誰一人として存在しない。
力を持たぬ”弱者”も、力を持つ”強者”も。
神の如き”超越者”であっても、それが何なのかを理解できない。
ゆえに、世界は。
アヴァンテリアは、混乱に陥っていた。
――”委員会”からの報告によると、この揺れは全世界で同時に発生しているとのことです!
人々は調べる、それが何なのかを。
――”ダンジョン”のフレームは、核弾頭でもびくともしないはずだ。それがなぜ揺れている。
調べれば調べるほどに、事の大きさが明らかになっていく。
――これは極秘事項ですが。”グラウンド・ゼロ”の氷が、砕け始めていると。
賢き者は理解する。この揺れが、世界を変えるものだと。
――クソッタレ! おちおち酒も飲めやしねぇ。もう”半日以上”だぞ?
無知なる者は、それを他人事と決めつける。
――深い深い地の底で、”途方もない力”が暴れてる。
ある者は、その力に絶望し。
――これだけの力。いったい、”何に対して”使ってるのかしら。
またある者は、そこに微かな希望を見た。
そして、この世に残された唯一の楽園。
荒野にひっそりと佇む、虹のような花畑。
そこに建つ、小さな家では。
他の者たちと同様に、地震に困惑する”少女が二人”。
剣と舞う少女、フリューゲルと。
体の一部を”影”に侵された、金髪の少女がいた。
「……フリューゲルさん。今日も仕事に行きますの?」
どこか気品を感じさせる。金髪の少女は、不安を口にするものの。
対するフリューゲルは、どこ吹く風と身支度を進める。
「当然だ。たかが地震で、ダンジョンは揺るがない。ということはつまり、わたしの仕事があるということだ」
「それはもちろん、理解はしています。……”生かしてもらっている”分際で、わたくしに意見する資格はないのでしょうが」
「そう言うな。それは所詮、戦う理由の一つに過ぎん」
フリューゲルは白銀の鎧に身を包み。
今日も再び、戦場へ。
「では、行ってくる」
「ええ。どうか、気をつけてくださいな」
生きるため、生かすために。
揺れ動く世界で、少女は一歩を踏み出した。
◆◇◆◇
その腕の一振りは、大地を打ち砕く。
尻尾を叩きつければ、海をも真っ二つ。
地獄のような咆哮は、ありとあらゆる物質を粉々に。
口より放たれたエネルギーは、”星を滅ぼす一撃”である。
この魔神竜による攻撃を、耐えられる生き物は存在しない。
どれほど強固な物質であろうと、宇宙の塵へと変えてしまうだろう。
それが、創造主の結論であり。
魔神竜自身も、そう理解している。
だが、しかし。
それを覆してしまう存在が、竜の目の前に立っていた。
神殿はすでに原型を失い。
かつて少女であった”白い木”が、かろうじて守られているのみ。
地の裂け目から、マグマが溢れ。
砕けた天井からは、”真っ白な氷”が広がっている。
そんな状況で、着ていた服はすでに消失し。
それでも彼は、未だに”無傷”であった。
「……気持ちが悪い」
マグマに浸かりながら、ユウキは悪態をつく。
なぜならずっと、ずっと、竜によってボコボコにされ続けているから。
確かに痛くはない。
吹き飛ばされても、ビームを撃たれても。
服は一瞬で燃え尽き、真っ裸だが。
その肉体には、傷一つ存在しない。
とはいえ、ユウキはボコボコにされていた。
理由は単純、”戦い方”を知らないから。
それもそうである。一般人である彼には、ドラゴンと戦う方法なんて分かるわけがない。
武術を習ったこともなければ、戦いの経験すらない。
ゆえに、為す術もなく。
まるで洗濯機に入った人形のように、ユウキは振り回されていた。
かれこれ、もう半日以上だろうか。
身体は無傷でも、精神的には参ってくる。
そういう意味で、彼は限界だった。
「なぁ、ちょっと! もう勘弁してくれないか?」
絶え間なく、竜からの攻撃が降り注ぐ。
それらは非常に正確で、全てユウキの身体へと命中していた。
ゆえに、”この程度”の被害になっているのだろう。
「分かった。もう分かった! 僕の負けでいい! だからちょっとストップ!」
あらゆる物質を消滅させ、世界をも壊しかねない。
そんなエネルギーの雨に晒されながらも、彼は流暢に”抗議”ができた。
だから、だろうか。
半日以上続いた、無慈悲なる魔神竜の攻撃が。
ピタリと、停止する。
「……ナンダ、コレハ」
ユウキからの、抗議の声。
まるで平気な声色に、流石の竜も戸惑いを隠せない。
微かな自我を、それは確かに刺激した。
ようやく止まった攻撃に、ユウキは安堵の表情を浮かべる。
”言葉が通じる相手”であると。
「お互いに、折衷案を出さないか? もう、どれだけ時間が経ったのか知らないけど、君の攻撃にはこっちも参ってるんだ」
「……」
彼の主張に、竜は耳を傾ける。
言葉の意味を、思考する。
「あの女神だか、ヘビだかの仲間なのかい? 彼女、いつの間にか居なくなってるけど。話し合いが出来るなら、もう戦いを止めにしたい」
ユウキの主張は、ひどく単純なもの。
竜の攻撃で死ぬことはないが、このまま無限に続けられると困ってしまう。
「……ナンダ、オマエハ。ナゼ、ホロビナイ」
「あー。正直、自分でも不思議だよ」
もしも、普通の生き物であったなら。
最初に踏み潰された段階で、地面の染みに変わっていたであろう。
それをかろうじて生き延びたとしても、圧倒的なエネルギーによって存在自体が消えるはずである。
「僕の身体がよっぽど頑丈なのか。――それとも、”君の攻撃が弱い”のか」
その一言は、”竜の怒り”を買うのに十分であった。
なぜなら彼は、魔神竜。
世界を滅ぼすため、あらゆる障害を壊すため。
そのためだけに創造された怪物である。
その攻撃が、弱いなどと。
もはや、存在そのものを否定する言葉であった。
「――ナンダ、と。貴様ッ!!」
怒り。
魔神竜は、その感情によって”覚醒”した。
ただ滅ぼすため、壊すために生み出された。そんな彼の自我が、怒りによって膨れ上がっていく。
もとより、星をも打ち砕く超常生命体だというのに。
激しい感情の揺れにより、魔神竜はさらなる高みへと。
「……?」
まるで自覚は無いが。
ユウキの一言は、この世界に非常に大きな影響を与えていた。
ただ存在しているだけで、世界が悲鳴を上げる。
攻撃行為無しでも、地上は揺れるようになっていた。
こんな存在が、先程までのように攻撃をし始めたら。
もはや、”星という土台”が持たないだろう。
その悲鳴が、彼の耳へと届く。
「……僕がやるしか、ないのか?」
見えない何かに、背中を押されるような。
魔神竜が咆哮を上げる。
ただそれだけで、この空間は限界に達しようとしていた。
揺れに弾かれて。
無骨な大剣が、ユウキの側へと飛んでくる。
どれだけ頑丈な金属で出来ているのか。
その大剣は、マグマの中でも溶ける気配が無い。
(……いや。それで言ったら、”僕も”か)
いつの段階からか。そもそも、最初のビームで吹き飛んでいたのか。
服はとっくの昔に消え去り、彼は全裸でマグマに浸かっていた。
普通の人間なら、マグマに触れて平気なはずがない。
――その体には、世界を救えるだけの力が宿っている。
嘘つきの女神が、そう言った。
ゆえに、何の保証もありはしない。
それでも。
彼は大剣を手に、立ち上がる。
瞳の先には、強大なるドラゴンが。
これは、課せられた使命であると。
そう、信じて。
握り締めた大剣が、黒く染まっていく。
”力”が、そこに集っていく。
「こっちも、反撃させてもらう」
「人間、風情がッ」
怒れる魔神竜。
過去最大級のエネルギーが、その口から放たれる。
それを、真っ正面から受け止めるように。
ユウキは、大剣を振るった。
エンドレス・コード 相舞藻子 @aimai-moko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エンドレス・コードの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます