暴君
資本がある。
支社もある。
力もある。
ならば、叢雲テクノロジーを筆頭とする国内の大企業とJPアプリケーションズとの違いとは何か? 何故JPアプリケーションズが大企業と呼ばれるワンランク上の世界に踏み込めないのか。その理由はシンプルなものに尽きる。
技術力。
JPアプリケーションズは創業する時に進む方向性を間違えた。それだけだ。アプリケーションという形式には限界がある。出力できるエネルギーに上限がある。天使の研究はその上限を超える為のブレイクスルーにはなっただろう、成功していれば。
だが現代においてアプリケーションという形式は逆境にある。技術的なブレイクスルーに到達しない限りはこれ以上の成長が望めない。
これは当然の話だが、強者程より多く金を持っているし、使う。ダンジョンの出現によって貧富の差は更に激しくなった。下級と中級では明確に手に入る金額が変わってくるし、上級ダンジョンに潜れるようになればそれ以下がゴミのように思えてくる。
そしてアプリケーションという形式はサポートには便利だが、上級で活用するには少々心許ないレベルになってくる。その為上級から特級で使われる事は薄く、一番の富裕層から金銭が入りづらくなっている。
だがそれに比べ、叢雲テクノロジーや東光ディメンションを始めとする大企業は特級向けの技術や装備を自社で開発、運用する事が出来る。世界的に活動する特級クラスは数百という規模だが、その気になれば特級クラスの装備持ちは量産できるという意味でもある。
単純にそういう風に量産が行われないのはとある超越者の逆鱗に触れるからという理由でしかない。逆に言えばバレず、極秘に扱える特殊部隊レベルであれば特級装備で固めた準特急クラスの部隊運用が自社内で活用可能という事になる。
つまり技術力と秘匿している装備がそのまま社としての格の差になってくる。大企業ともなれば表に出さない秘匿技術の10や20、当然存在する。そして本気を出せば国を相手に有利に戦う事だって出来る―――何せ、国に対して装備提供を行っているのは大企業達なのだから。
自社の製品を使わせるが故に首輪を握っているに等しい。
故に国内で大企業に抗うのは難しく、そして既に出来上がったパイに割り込むのは更に難しい。
もはや大企業達は巨大な竜となり、その尻尾で国という財宝を抱き込んでいるのに近い。その力は圧倒的で、戦をしかけようとすれば10どころか20を超える特級装備持ちに襲われる事になるだろう。
もしこれだけの戦力が灰谷シュウを襲ったとすれば、10秒持てば実によく頑張った方だと評価できる。つまり本気で潰しに行けばそれだけの戦力を用意し、そして簡単に運用できるという事でもある。
―――そしてそれを踏まえ。
叢雲テクノロジーCEO、叢雲凱は四つん這いになっていた。
叢雲テクノロジー本社、執務などを行う自社の部屋の中で、四つん這いに這いつくばっていた。国内どころか世界にすら認知される程の大企業の社長が当然やる事ではないが、その表情は苦悶を浮かべる事もなく無を体現する様な能面で、前にシュウに見せたような表情がなかった。
その姿を見守る秘書は黙って背筋を伸ばし、そしてその周囲には叢雲テクノロジーで生産された装備に身を包んだ警備員たちもいる。だが誰も動けずにいた。並の探索者を虐殺する事が出来る装備を持った警備員でさえ、小指を動かす事が出来ずにいる。
「ふふ……ありがとう、凱ちゃん。本当に良い調整だったわ。おかげでシュウちゃんもアリスちゃんも良い経験が出来たみたい」
「恐縮です」
その、国内最大企業の、世界での名を知られる企業のCEOの背に、一人の女が座っている。
いや、女と呼ぶには幼い。見た目の年齢は12,13歳ほどの少女にしか見えない。誰かを思い出させるようなコンバットブーツにロングスカート、ブラウスというシンプルな服装に肩まで伸びた艶のある灰色の髪。そんな少女がCEOの背に座って部屋を占領していた。
「やっぱり、成長するには試練と苦境が必要だと思うのよね。楽をして得られるものはなし。そういう意味ではシュウちゃんは自分から苦しい方に突っ込んでいくから才能があると思うのよね。アリスちゃんはそれを見過ごせないし、優しい兄妹に育ってくれて良かったわ」
足をぶらんぶらんと揺らしながらそんな事を宣う。当然、彼女はほとんど育児という概念に関わる事はなかった。そもそも育児の“い”の字さえ良く理解していない。そういう環境の中であの兄妹が他人に、そしてお互いに優しく育ったのは奇跡だとしか言いようがない。
「凱ちゃんはシュウちゃんの事をどう思う?」
「……根が善良なだけに、やりやすい相手かと」
「うんうん、凱ちゃん達はそういうの得意だもんね。良い子を食い物にするの」
楽しそうにそう言うとCEOの背から降りる……が、CEOは微動だにしない。彼女の機嫌を損ねた瞬間、彼どころかこの社が消し飛ぶ。それを良く理解しているが故に求められない限り勝手な事をしない、勝手な事を考えない―――そもそも人間だと思ってもいない。
相手は人類以外の何かで、そんな生物と同じ部屋に居るのだと思って行動している。
脳を心と体から切り離して、レスポンスだけする生き物になっていた。CEOだけではなく、部屋にいる全ての生き物が。
「うんうん、天使ちゃんとのコンビネーションも悪くないわね。ユイちゃんを中々食べないからどうしたかと思ってたけど……趣味が違ったのかしら? うーん、でも仲良さそうにしてるしなあ……良く解らないわね。まあ、今回は大健闘したしご褒美も奮発しなくちゃ」
楽しそうに、言葉の一つ一つで誰かの運命を手折るように。それが当然の権利であるように。その少女の姿をした怪物は―――灰谷アイカは続ける。
「ステージをクリアしたら報酬を出さなきゃ……ね?」
「おっしゃる通りかと」
「うんうん。そろそろスペックの足りなさを自覚する所だろうし、ちょっとしたアーティファクトでも送ろうかしら? それとも参考になりそうな人を敵として送り込もうかしら? あぁ、でもシュウちゃんって私に似て才能のある子が好きだし……そういう子でも送ろうかな? アリスちゃんは新しいパーツで良いかしら? いや、でも、うーん……」
悩む様に首を傾げると、近くの壁が粉砕された。その動きによって壁際に居た警備員が切断された。不可視、知覚不可、認知不可能な斬撃だった。
その向こう側に現れたのは全裸の少女だった。どことない幼さを感じながらも、成熟した女の肢体を姿に持つ、美しい少女の姿。背からは観測されない光の翼を生やし、それが音速を、光速を超えて斬撃を放った。
特級という領域に立つ筈の警備兵を瞬殺し、鏖殺する為に次の斬撃を放つ前に。
怪物が、指先で翼を止めていた。
「貴女の出番はまだ」
「っぁ!」
言葉よりも早く翼が手折られた。叩き伏せられる。踏み潰される。体が再び解体される。千切られ、砕かれ、再生力を破壊され、自由な意思を踏みにじられ、そして適応力を殺した。一方的な虐殺にしか見えない筈の行い。それでも天使の少女は生きていた。ギリギリ死なないレベルで手加減を施されて。
「凱ちゃん、大丈夫?」
「ありがとうございます、お蔭で助かりました」
「ううん、良いのよ。凱ちゃんは昔から便利に使われてくれるから、死んだら困るもの」
首に斬撃が到達するまで数センチ。天使の斬撃が届きそうになっているというのを理解していても、CEO叢雲凱は一切動じる事もなく、微動だにしなかった。する必要がない。それだけこの少女の姿をした怪物の強さは絶対で、そして圧倒的だった。
ばいばーい、とひき肉になった天使に手を振った灰谷アイカは楽しそうに声を零す。
「あぁ……家族に会いたくなってきたわね。偶には家に帰ろうかしら」
超越者、灰谷アイカ。
別名、暴君。
日本生まれ日本育ち80歳、ダンジョン出現黎明期より今なお最前線で戦い続ける探索者。
彼女こそ、人類最強の破壊者である。
天使を拾った探索者 ~天使を拾ったから育てる事にしたら世界が敵だった件について~ @Tenzou_Dogeza
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