反省会
まあ、殺し殺されなんて冒険者だと死ぬほどよくある事なので。戦闘が終わったり仕事が終わったら恨みなしでというのは良くある話だったりする。というのもこの業界、本気で潰し合いに入ると街1つが消し飛ぶというのはざらにある事だ。
今回のケースだって企業で戦うつもりがその周辺のオフィス街まで消し炭になっている。この事から上の連中ほど恨みや勝ち負けを引きずらない精神を身に着けている。何せ、上の世界は割と狭い。昨日殺し合った連中と明日は臨時パーティーとかも普通にあり得る。
という訳で拳鬼と炎魔のアドレスゲット。また今度一緒にダンジョン行こうな、と和やかに別れた所で家に帰る。そこそこ距離はあるものの、タクシーを呼べばそう時間はかからない。最初はタクシーから見る景色にうきうきしていた天使も、家に近づくにつれて段々と静かになる。
そして到着する頃には席に座って眠っていた。
降りるのに合わせて天使を背中に背負い、電子マネーで支払って門を開ける。犬小屋で待っていたアルバート卿が飛び出して足元を跳ねまわる。
「きゃん! きゃんきゃん! きゃん!」
「アルバート卿、留守番お疲れ様。俺がいない間大丈夫だった? その様子を見る限り大丈夫だったみたいだな。いや、本当にお疲れ様……しばらくは何もないと思うから、ゆっくりしててくれよな」
「きゃん!」
天使を背負ってるので撫でる事は出来ないので、言葉だけで労って扉へと向かう。片手ででかい子供を支えながら鍵を開けて中に入る。すると玄関先で待つ、ユイの姿があった。
「そろそろ帰ってくる頃だと思ったよ。お帰り、シュウくん」
「ただいま……しばらくは大丈夫だと思うよ。流石にあれだけ派手にやったら手を出しづらいと思うし」
「ん」
こくり、と頷くユイの姿がリビングへと戻って行く。ブーツを脱ぎ捨てたら天使に与えた部屋へと向かい、彼女を下ろす……ついでに何時の間にかくっついている盗聴器の類を潰しておく。はしゃぎ疲れたのか良く眠っている姿の頭を軽く撫でてから部屋を出る。
「シュウくん、この後どうする?」
「反省会をしてから仮眠を取るよ」
「ん、解った。冷蔵庫に食べられるものを入れておくね」
「助かる」
ほとんど足を引きずる感じだが、意識を落とす前に反省会はしておきたい。階段を上がってアリスの部屋へと向かい、扉を開けて部屋に転がり込む。そのままアリスのベッドにだいぶ―――これが普通の兄妹関係だったら滅茶苦茶嫌がられそうな気もするが、相変わらずクッションだらけの床に我が妹は転がっている。
「兄貴お疲れ様ー。いやあ、派手にやったねぇ。既にSNSじゃ感度3000倍社長シリーズってMADが流されてるよ」
「玩具になるまで速すぎる」
「まあ、素材として優秀だからね。特に最後、無重力状態でビクンビクンしながらスライドして運ばれて行くの。面白すぎるって話題になってる」
「まあ、これだけ話題になれば見せしめとしては十分すぎるだろ」
ふぅ、と息を吐く。家に戻って来た所でだいぶ疲れが体を蝕んでいる。タクシーから降りるまではアドレナリンで誤魔化せていたが、流石に今日は死亡回数と戦闘回数が多すぎた。エリクサーでどれだけ体力と体をもとに戻せても、それで精神的な疲労が消える訳じゃない。ここまで派手に大立ち回りするのも初めてだし、覚悟しなければいけない事も多かった。疲れは誤魔化せない。
軽く深呼吸してからベッドに座り直すと、アリスも此方へと向き直るように座り直す。なるべくリラックスした状態で、向き合いながら反省会を始める。
「それじゃあ反省会を始めるか……とりあえず最初の反省点から出すか」
「兄貴、調子に乗ってイケイケになりすぎ」
「それを言われたら俺はもう首を吊るしかねぇよ」
「具体的なビジョンが薄すぎ。準備が薄すぎ。味方をもっと作るべき。もっと準備に時間をかけるべき。後は他の企業と早めに手を結ぶべきだったかなぁ」
妹にぼこぼこにされている。全部事実なのでぼこぼこにされながらぐぅ、と声を零して横に倒れる。頭脳労働は基本的に妹が担当している。俺は物理担当だ。戦う事が俺の生まれた意味であり、俺の役割なのだから……ちょっと考え足らずなのは許して?
「なんて口の悪い妹だ。兄をフォローする言葉の一つでも出したほうが良いんじゃないか? 俺の尊厳は今風前の灯火だぞ」
「そんなものないでしょ。まあ、フォロー入れるとしたら社長の攻略手段が死ぬほど面白かったって事かな……アレ、どういう発想で用意したの?」
「いや、将来的に何らかのプレイで使えないかなあ、と思って買い取ってたんだけど丁度良いから……」
「丁度良いからって理由で見せしめに使ったんだ……」
怖っ、とか呟く妹の姿を前に首を傾げる。まあ、最終的に勝てたんだしそこら辺は良いんじゃないか? 我ながらこのフィニッシュ手段は中々の妙手だと思っている。殺せないなら無力化する、次があるなら次が来たくなくなるような手段を取る。その結果の感度3000倍フィニッシュだ。冷静に考えるとだいぶ頭のおかしい手段を取ったな、今回。感度3000倍フィニッシュってなんだ?
「兄貴も兄貴でSNSで今は超有名人だよ。片っ端から経歴掘られて今はWIKIにも登録、今日の映像は永久保存かな」
「まあ、有名税だとそこは思っておくよ。単純に探索者として名が売れる事は悪くないしな。手の内をほとんで見せたのは痛いけど、それはそれとして今回の件は自分がどこまでやれるのかというのを確認できるいい機会だったよ」
俺の発言に妹がジト目になる。
「そういう所、凄いママに似てる」
「……まあ、自覚はあるよ」
強さに対して貪欲な所とか、親子でそっくりだと思う。俺は強さに憑りつかれているし、母は強さから寄ってくる感じに近い。俺も結局、あの女によって生み出されたという事実に関しては否定しないし、するつもりもない。俺は割とこのスリリングな人生をそれはそれで楽しんでいる。同じ生き物になりたいとは思わないけど。
矜持だ、矜持。矜持を失っちゃいけない。
だからこそ、考えて行動しなきゃいけないのだが俺はどうもそこら辺、思慮が足りていない。今回ももうちょっと考えて行動すれば良かったなあ……と思う所はある。が、結局のところ俺は衝動的に行動するタイプの人間なのでそこまで思慮を求めるのは無理というもんだ。
「この先もお兄ちゃんの代わりに頭脳労働担当してね……チュっ」
「都合の良い時だけ可愛い顔をしないで」
塩対応。とはいえ、我々の仲は非常に良好なので愛あるツッコミだと思っておく。
さて、ここまで軽く話を流してきたかが、いよいよ本当に大事な話をしなくてはならない。ふぅ、とお互いに溜息を吐いてから話題に入る。
「一体どこからが―――」
「―――ママの手の内だったか」
腕を組みながら座り直し、妹と向き合いながら考える。
「今回の件、最初から流れを見ると都合が良すぎるポイントが多いんだよな」
そうだね、とアリスが言いながらホロウィンドウで動画の切り抜きを次々と表示して行く。
「ダンジョンの変動……最初に起こった現象だけどその後の事のせいで印象薄くなってるけど……何も解決してないよね。何で起きたのか解ってないし、それにその後の襲撃から兄貴の一連の行動もほぼ固定されてたよね」
「正直最初から予定されていた通りに動かされたって言われても俺は不思議には思わないよ」
覚醒して逆転、そのまま1段階上のランクに成長する……というのは母が好むタイプの筋書きだ。ギリギリ覚醒したら勝てるってレベルの相手を母は良く用意してぶつけて来ていた。そうやって死にそうなラインを超えて成長を促す。
自分が常に無理と言えるラインを飛び越えて勝利し続けてきた化け物だから自然と自分の子供にもそれを要求してくる……頭のおかしい女だ。
だけど正しかった。
俺はそれで成長したし、妹もこのように立派なハッキングガールへと成長した。
「正直ダンジョンが変動したってのもだいぶ妖しいよな……後天的にダンジョンに干渉する方法ってあるか?」
「ダンジョンコアを破壊する事でダンジョンを消す事は出来るけど……細かい調整みたいな技術は今の所ない筈。少なくとも私の知る範囲だとそう。でもママがその範囲を超えた何かを見つけるか知ってるっていうのはあり得る」
超級者。人類の限界を超えたもの。
レベル100が人類の限界だとすればレベル150とか200に到達した者共。それが世界に5人しか存在しない超級者。人類では攻略不可能と呼ばれるレベルのダンジョンに単身突入し、蹂躙し、そした見た事のない財宝を持ち帰る事の出来る怪物。
超級者にしか踏み込めない様なダンジョンで何かを持ち出すという事もまあ……あり得るだろ。
「だけどその想定をしてしまうとなんでもありになるんだよな」
「まあ……それはそうなんだけど」
うーん、と兄妹揃って唸る。果たしてどこからが母の思惑通りだったのだ。刺客のレベルが少しずつ上がっていく感じは凄い母好みの調整だったと思うから、あの時点で母の手が入っていたのはまず間違いがない。だとすればそれ以前はどうなのか、という話だ。
天使が出現してからの流れは早すぎるから寧ろ事前にこうなると知っていて準備していた、と言われると納得するのだが。
さて、どうだろうか? 予知か、或いは確信があったのか。
「案外母さんも天使を1人見つけてたりして」
「……あり得る」
とはいえ、結局は予想でしかない。明確に答えを出す為のヒントが存在しない以上、俺達にできるのは親失格の母がどういう行動を取ったのか、というのを予測するだけだ。
最初の難所は超えた。だが実際の所、問題というか謎は何一つ解けていないのが事実だ。
「しばらくは大変そうだなぁ」
呟きながらそろそろ限界を感じてベッドに倒れ込む。
あぁ……本当にロクでもない数日だった。
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