勝利の余韻

「―――それでは契約完了です。此方からはもう手を出しませんので」


「おう、お疲れさん。じゃあこの社長だった物体は引き渡すな」


 社長だった物体が床をスライドしてJP社の秘書へと受け渡される。未だに崩れ落ちたエビ反りポーズなのが地味に面白い。生配信でこんな醜態を晒したのだ、しばらくは社の信用と力を取り戻そうとする事に忙しく、襲撃どころじゃないだろう。


 感度3000倍社長を受け取った秘書は反重力ユニットで社長を浮かせると、それを社員たちに連行させて行った。


「全く……やってくれましたね」


「喧嘩を売って来たのはそっちだろ? 負けるのが嫌なら最初から喧嘩を売るなよ」


 秘書が此方を睨んでくるので、此方は中指を突き出してお返しする。相手が何を言おうとも、ルールを守らずに戦ったのはっちで、それを潰したのがこっちだ。天使との合体技がある今、相手としても簡単に手を出せなくなった。だから睨む事しかできないのだろう。


「……その幼稚な願いをどこまでも貫き通せる事を祈っています」


「まあ、頑張れるだけ頑張るよ。こうやって実際に潰せたんだしな」


 秘書はそこで会話を区切るとそのまま去って行く。そうして残されるのは破壊された社長室、サキと天使と俺の3人だけ。後はもう何もこのビルには残っていない。何時倒壊するかもわからないビルに何時までも残っていられない、が正しいのだろうが。


「これが少しでも抑止になってくれれば良いんだけどな……んっ―――」


 腕を握ってそのまま上に伸ばし、体を軽く捻って解す。ここまで必死になって戦ったのは何時ぶりだろうか? 死んでまで戦おうとしたのは本当に久しぶりだ。ここまでの無茶苦茶はコスパが悪いから早々できるもんじゃないが、流石にこのレベルの死線を超えると成長を感じる。


 軽く拳を握れば、その周りを灰が舞うのが見える。


「新しい技術、とっかかりを作ればそのまま使えそうか……あれほど無法なのは無理そうだけど、もっと簡単なのならイケそうだな」


 それでも二度とあの融合状態を試そうとは思わないが。理性が、そして自分の意識が蕩けて行くような感じ……全身が麻薬に付け込まれてひたすら力を使い、そして一体化するのが心地よいを通り越して気持ち良いと感じるあの状態は危険だ。それに見合うだけの力が使えるとしても、二度と使いたくはない。それだけアレはやばかった。


「お疲れ様……で良いの?」


「お疲れ様です灰色さん!」


 走り寄って来た天使が飛びついてくるのを受け止めて、片手で抱き着いてくる姿を持ち上げるように抱える。しばらく離れるつもりはないのか、両手でぎゅーっと抱きしめたまま動かない。スキンシップが割と……というかかなり好きな天使だ。


 だがこうやって考えてみると本当に謎の多い奴だ。見た目はかなり性癖ストライクなのは良いのだが、それ以外の部分……彼女を構成する力や物事に関しては本当に謎が多い。どうやって天使を守るか、というのを考える事しかできなかったが、もっと別の事を考えるべきなのかもしれない。


 たとえば、どうやって天使の事を調べるか……とか。


 ……やはり、信用の出来る企業か、或いは何らかの契約で縛った所で調べさせるしかないのか。


 今回の件、特に融合モードに関しては危機感を抱いた。アレはたぶん、野放しにしてはいけないタイプの力だ。俺でさえ少し酔うレベルで凄い力だったのだ。何も知らずにいるのはたぶん、危険だろう。結局はどこぞの企業に頼る必要が出てくる……苦労は終わらない。


「ザキさん……今回の件は勉強になった?」


「サキよ。ならなかったわ」


:そらそうよ

:完全に神々の戦いを見てる一般人始点だった

:動体視力強化してなきゃ何も見えないよ

鉄人:投資の大切さが解るケースでしたねえ

最強:強さを理解するには強くならなくちゃならない。そういうことだね


「戦いの内容がまるで解らないって言うならまあ……根本的に基礎スペックが足りないって話だから、体を強化して来いって話になる。だけど、まあ、これで恩を返せたとは思ってないから……お金、集まったら声をかけてよ。贔屓のお店とか職人紹介するから」


:コネ?

:中級詐欺のコネじゃん。いいなあ

:金があってもコネがないってケースもあるしね

:サキちゃんから離れろクソ男

:まだ言ってる奴いる……


 振り返って辺りを見て、ずり落ちそうな天使をちょっと持ち上げてポジション調整。天使も抱えている間は借りてきた猫みたいに静かにしてくれるので助かる。ここでやるべき事はとりあえず全部果たした。


「画面の向こう側の皆ー! JP社の末路は見たかなー? もし、君たちが天使ちゃんを欲しくて欲しくてたまらないっていうなら……お前らも感度3000倍になって貰うからなー!」


:脅迫(感度3000倍)

:一生ネットに刻まれるであろう醜態

:永遠に擦られ続けるでしょ

:もうWIKIのページなってるわ社長

:そらなるでしょ

魔法少女:持ち直せるかどうか、かなぁ……

最強:哀れだとは思うけど今の世の中潰れる企業も珍しくないしね


「もしかして灰谷さん、私をこのために連れてきた……?」


 ダブルピースを浮かべてサキに応えると滅茶苦茶睨まれる。だって俺アカウント持ってないし、配信のやり方なんて解らないから……。まあ、巻き込んでしまった事はごめんね、って事で許してほしい。上の世界が見えたでしょ。物理的には何も見えなかったと思うけど。


「まあ、怒らないでよ。ほんと、今度なんかサービスしとくから。今回は無事に終わったし」


「いえ、見てみたいって言ったのは私だから別に怒ってはいないんだけど。もうちょっと勉強になると思ったのにまるで勉強にならなかったからちょっと残念ね……って思ってるだけよ」


「……」


:さりげなくコイツの考え方ヤバくね? って顔してる

:そら自分から特級の殺し合い観察させてって言ってる女だぞ

戦士:才能あるよ

CEO:素質を感じるな

最強:将来有望な狂気


「あ、べた褒め……これ、褒められてる?」


「割と。常識的なやつとかツッコミしてるタイプって大体伸びないからな。結局、最後まで強くなれる様な奴はどっかで精神的なブレーキがぶっ壊れてる奴だから、キャラが濃かったり狂気に蝕まれたり、普通じゃない奴なんだよね、やっぱ」


 そう言う意味じゃ社会見学に来たいって言ったのも、最後の最後でそういう結論が出る辺りは純粋に強いと思う。強さなんて結局、どれだけ体弄ってるかの差なのだから踏み出す勇気があるならそれだけで中級は硬い。


 そこから先はどれだけ苦行に耐えられるか……という精神性の問題か。


「ま、何にせよお疲れ様。俺は他にも色々とやる事があるけど……ザキさんはそろそろ家に帰ってご両親を安心させるべきだと思うよ。なんだかんだで企業を襲撃するのも普通の事じゃないし」


「……!」


「何その今まで報告忘れてたって顔。え、マジで何も言わずに出てきたの?」


「まあ、もう終わったし無事だから別に良いわよね」


「え、お、おう」


:草

:もっと親の心配してあげて

:大丈夫か本当に?

:親の方もニュースで襲撃の見学に来てる娘が気になるだろ

:襲撃の見学ってなんだよ……


 ふぅ、と息を吐き出すと、背中を天使に叩かれる。


「灰色さん、今日はとても頑張ったので早く帰ってユイのパンケーキが食べたいです」


「そうだな、俺も帰ってひと眠りしたいところだわ」


 今日は本当に色々とあって疲れた。ホロウィンドウからタクシー会社の番号を呼び出し、元JP社本社前までタクシーを呼ぶ。ビルの中を通って降りて行くのもだいぶ危ないので、サキの腰に手を回したらそのまま持ち上げ、ビルの穴から外へと飛び出す。


 ふと横を見ると、悲鳴を上げずに運ばれるサキの姿が見れる。その姿はぼろぼろになったビルの姿を捉え、


「力があれば私も……」


 そう言って口を閉ざした。どうやら、彼女の中には強い力への執着が存在するようだ。それが今回の無謀な見学にも繋がったのだろうが……俺がいなかったらどうするつもりだったんだこの人。そう思いながら大地に着地し、サキと天使を下ろす。


「えい」


「すっ……」


 下ろした天使が素早くこっちに飛び掛かろうとするのを回避し、転びそうな所を首根っこ掴んで止める。 そのまま天使を引きずって歩き出す。


「じゃ、ザキさん。タクシーは呼んどいたからそれに乗れば家に帰れるよ。俺は帰る前に止めておいた2人を解放して来なきゃいけないから。また学校で」


「まだ学校来る気あるんだ……」


 一応は。でも次から学校できゃきゃーぎゃーぎゃー言われそうでちょっと怖いなぁ、なんて事をは思ったりもする。めんどくせぇな。もうそろそろ学校辞めるか? いや、でも最低限卒業はしないと通った意味がなくなってしまう。


「はあ、憂鬱だなあ」


 この先の事を考えると。問題はまだ何も片付いていないのだから。それでも、これだけやればしばらくは休めるだろう。


 はあ、と息を吐きながら帰路を行く。


 しばらくダンジョンはお預けだな。

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