第26話 エピローグ

 あの日から数か月が経過した。

 俺と愛歌は今、病院に向かっている。


 今日、俺達の子供が【揺り籠クレイドル】から出て、この世に誕生するからだ。


 魔道具【揺り籠クレイドル】。


 それは子宮型魔道具で、安定期に入った子供をクレイドルに移し育てるためのモノだ。

 10年前には無かった魔道具で、初めて聞いた時は驚いたが、今では当たり前に使われているそうだ。


 何故なら、クレイドルには様々なメリットがあるからだ。


 まずは胎児の安全性。

 クレイドルは病院内で管理される為、胎児に異変が起きてもすぐに医師が対応可能だ。

 また、育成途中で胎児になんらかの障害が発生しても、クレイドル内でなら治療も可能だ。


 次は母体への負担軽減だ。

 安定期に入るまでは母体で育てるが、それ以降はクレイドルに任せる事で女性の身体的・精神的負担は大幅に軽減された。

 そのお陰で、子供orキャリアの二択を強いられることも減った。


 最後は父性の目覚め。

 女性の体内で育つ従来の方法では自らの体の中で子を育てる女性は母性が目覚め安いが、蚊帳の外にいる男は父性が目覚め辛い傾向が高かった。

 だが、クレイドルで日々すくすくと育つ我が子を目にする事で、不正が目覚める傾向が強いという事が研究結果で明らかになっている。


 時代の流れに驚きはしたが、これだけのメリットを提示されれば利用しない訳にはいかない。

 なので、愛歌も安定期に入るとともに、クレイドルに胎児を移し今日、我が子はクレイドルから出る日となった。


 そして、俺達は今病院に向かっているという訳だ。

 車内では、愛歌も俺も我が子との初対面にそわそわしている。


 まあ、初対面と言ってもクレイドル越しに毎日の様に成長を見守っているのだが、半透明の緑色をした人口羊水に覆われている為、若干見辛いのだ。

 それにこの手で抱きしめてこその初対面と言えよう。

 なので、初対面はこれからでソワソワするのは仕方ない。


 そんな時――


〈ピピピピピ〉


 スマートリングから通知音が鳴った。

 俺は操作をすると、とあるネットニュースが表示された。


 五月迅被告に死刑判決。


 これがそのネットニュースの見出しだ。

 そう、あの五月迅だ。

 五月迅は連続婦女暴行殺人事件の犯人として逮捕され起訴され、そして死刑判決が出たのだ。


 何故、五月迅に死刑判決が出たのか、それはこの数か月間で怒涛の展開があったからだ。


 きっかけは一人の刑事の告発だ。

 俺の冤罪が証明されて以降、警察や検察は世間からもうバッシングを食らっていたのは想像に難くないだろう。


 特に捜査に関わった警官や、指揮官に幹部連中への個人攻撃は熾烈なモノだった。

 そして、一人の警察官が自殺しその遺書に何者かによる捜査への圧力があった事が記されており、遺族の手によって公開された。


 そこからはまるでドミノ崩しのように次から次への新証言が現れ、あっという間に圧力をかけた人物が当時の財務省の官僚で現法務大臣の五月太郎であることが判明した。

 そして、息子の犯行を隠す為に俺に罪を擦り付けた事を自白した為、迅の写真から逮捕に至り自白した。


 それによって遂に事件の真相が明らかになり、同時に迅のとある計画も明るみになった。


 まずは事件の真相を話そう。

 何故、迅があのような凶行に及んだのか、それは女に振られた腹いせだった。


 奴はそんなくだらない理由で自分を振った女を殺し、自身への容疑を逸らす為に無関係な女性を次々と殺して、事件を怨恨によるものではなく、無差別殺人へと変貌させたのだ。

 俺が罪を着せられた理由も単純で、俺が第一発見者になって都合がよかったからだそうだ……。


 全てを知った俺が今一度、復讐心に身を焦がしそうになるのを堪えるのが、どれだけ辛かったかは想像に難くないだろう。


 事件の真相に関してはこれで全てで、次の迅の計画とは何だったのか――。


「天成様、天成様!」

「え!?」


 愛歌から声を掛けられ、俺は意識が現実に戻った。


「病院に着きましたよ。天成様」

「え、あ、そうなのか。すまない考え事をしていた」


 どうやら、いつの間にやら病院に着いたようだ。

 俺達は車を降りて、クレイドルームに向かう。


「それではこれから、お子さんをクレイドルから出します。クレイドルを開いても、人工羊水はその形状を維持しますので、どちらかが手を入れて子供を支えて、その間にへその緒を切ります。へその緒が切れますと、人工羊水はその形状が維持できなくなりますので、お子さんが堕ちない様に気を付けて下さい」

「はい、分かりました」


「では、クレイドルを開きます」


 医師の言葉と共に、クレイドルが開く。

 位ドルが開いても、医師の言う通り人工羊水はその形状を維持したままだ。


「それでは、どちらでも構いませんので、手を入れてお子さんが落下しないように抱き上げて下さい」


「ど、どっちが行く?」

「て、天成様お願いします。万が一でも落としてしまったらと考えると、て、手が震えてきました……」


 愛歌の手が小刻みに震えている。


「分かった。俺が行く。大丈夫だ。この子は絶対に俺が護る」


 俺は覚悟を決めて、人工羊水に手を入れて我が子を抱き上げる。

 人工羊水が口に入らない様に、下に向けて持つ。


「今は浮力で体重をあまり感じていないでしょうが、臍の緒が切れると同時に手に赤ん坊の全体重がかかるのでお気を付けください」

「は、はい!」

「それでは、ヘソの緒を切ります」


 医師は左手にクリップを、右に鋏を手に持って人工羊水に手を入れる。

 どちらも見た事もない形をしており、医療用である事が一目で分かった。


「では、行きますよ」

「はい、いつでもどうぞ!」


 医師の手によって、ヘソの緒が切られ人工羊水がその形を崩した。

 同時に我が子の体重が俺の手に伝わる。


「あ、あああ……」


(重い、温かい……)


 これが命の重みと温もり……。

 俺はそれを感じ取ると、自然を目から涙が零れ落ちる。


 この気持ちを早く愛歌と共有したい。


「愛歌、愛歌。ほら、俺達の子供だ。早く君も抱いて上げて」

「は、はい!」


 俺は赤ん坊を愛歌の手に渡す。


「ああ、温かい……」


 赤ん坊を抱きしめた愛歌の目からも涙が零れ落ちた。

 俺はその姿に感動すると同時に、ある事に気付いた。


 産声が上がっていない。


「せ、先生。この子、まだ産声緒を上げてないんですが、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫ですよ。慌てず、少し様子を見ましょう」


 俺が心配のあまり先生に詰め寄って、先生が宥めている時についにその時は来た。


「おぎゃーー、おぎゃーーーー」


 産声だ。

 赤ん坊が産声を上げた。


「天成様!」

「ああ、元気いっぱいだな」


 もはや、子供の一挙手一投足が涙腺を刺激し止めどなく涙が溢れだす。


「おかあさん。そろそろ、赤ちゃんを綺麗にして服を着せて上げましょうか」

「はい」


 看護師にそう促され、俺達は夫婦で赤ん坊の身体を清め、おくるみを着せる。


「それでは、赤ちゃんに初乳を行いましょうか。授乳室は個室ですのでお父さんも付き添って下さって構いませんよ」


 俺達は授乳室に移動する。

 そこで愛歌は椅子に座り、乳房を出すと子供を近づける。


 そうすると、盛大に泣いていた子供はピタリと泣き止み、乳房に触れると乳首を探して吸い付いた。

 そして、ゴクゴクと必死に母乳を摂取し始める。


 その様子を俺達は愛おしい感情に包まれながら見守る。

 この子の妊娠を知ってから、今に至るまでに味わった感動は、今真野人生で味わった感動のそれを軽く凌駕する。


 もし、あの時、思い止まっていなければ今のこの幸せは無い。

 何故なら、俺が完全犯罪と思っていたあの計画は完全犯罪どころか、とんでもないトラップだったのだから……。


 何故、そうなるのかは先程の迅のとある計画にある。


 迅のとある計画、それは俺をダンジョン内で返り討ちにする、もしくは、それが不可能な場合は迅襲撃のシーンを盗撮しダンジョンから脱出した後、それをネットで公開して社会的に殺害する計画だ。

 魔道具の中には消費系だが、ダンジョンから脱出する道具もある。


 この計画を知った時、俺は全身に悪寒が走った。

 俺の迅殺害計画が、全ては奴による誘導だったのだ。


 それを聞かされて、改めて思い返せば怪しい点がいくつもあった。

 まずは迅のSNSアカウントがあっさりと見つかった事。


 これはSNSアカウントを見つけた探偵社が迅に買収されていたからだ。

 探偵社が俺からの依頼で迅を探っている時に、あっちから接触があったらしい。


 多額の金銭に目が眩み、また内容も虚偽の報告をする訳でもなかったため、買収に応じたとの事だ。

 SNSの蛇のタトゥーがガラスに映った写真も詳しく調べたら合成であることが分かったし、アップした日が俺が釈放されてから一週間も経っていない日付だった。

 そして、その写真は既に迅のSNSから削除されている。


 これも返り討ち失敗時の次善の策である、俺を社会的に抹殺するときの為の小道具だ。

 もし、俺が捕まり、迅だけでも道連れにしようと考えた時、この写真を元に迅を連続婦女暴行殺人事件の真犯人と告発しても、合成写真である事は調べれば分かり、結果、写真は俺による自作自演と言う事になる計画だ。


 俺はこの話を聞いた時、背筋が凍り付いた。

 もし、あの時思い止まっていなければ……。

 愛歌のメールが来ていなかったら……。


 想像するだけで強烈な吐き気に襲われる。


 だが、それは起こらなかった未来だ。

 俺は思い止まったし、愛歌はメールを送った。


 これもある意味、天罰なのかもしれない。

 奴の計略は失敗する運命にあった。

 勇者から犯罪者に転落する運命にあったと……。


 いや、もう考えるのは止めよう。

 もう俺の大事な時間を奴の為に1秒も使うのは……。


 俺の時間は全て愛歌と生まれてくる子供に使うんだ。

 護ってくれた二人に……。


「愛歌、3人で絶対に幸せになろうな……」

「あら、3人でいいのですか?」

「え?」

「わたくしは、まだまだ天成様との子が欲しいと思っていましたのに……」


 俺はその言葉に驚くとともに、とても嬉しく思った。


「ああ、そうだな。3人じゃない。俺たち家族みんなで絶対に幸せになろう」


 もう二度と道を踏み外しそうにすらならない。

 愛する家族の為に……。










 ◆◇◆あとがき◆◇◆


 物語の終結に関する事と、次回作に着いてのお話。


 まずは、この物語を最後まで読んで頂きありがとうございます。

 この物語はこれにて終結となります。


 一応は長編に路線変更出来る様にしておりましたが、元々、まず物語を一つ完結まで描き切る事を目的に描き始めた物語ですので、予定通りここで終結とさせて頂きます。


 改めて自分で読み返してみると、ああすればよかった、こうすればよかったと案が浮かびます。

 特に戦闘シーンはバーストを変な仕様に設定したせいで、迫力に欠けるなって反省してます。


 この反省は現在執筆中の次回作に反映させていきたいと思います。


 さて、その次回作ですが、今度は異世界転生ものを書こうと思います。

 以下が現時点でのあらすじです。


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 王族に生まれ変わったから、悠々自適に生きて行けると思ったのに!

 ああ、分かったよ。

 お前らがそのつもりなら、こっちも受けて立って皇帝になって、お前ら全員粛清してるよ!


 アラサーのおっさんが異世界転生しペングリフォン天帝国の第15皇子に生まれ変わった。

 前世で底辺を這いずっていた男は、人生勝ち組と大喜びするが、自身を狙った暗殺で母親が身代わりとなって命を落とした事で、その認識を改める。

 この世界は、地球の様に王族が悠々自適に生きて行けるような温い所ではなかった。

 天帝になれなかった皇族など無価値、いや存在そのものが新天帝にとって邪魔で粛清の対象となる。

 皇族に生まれ落ちた以上は、天帝になる以外に生き残る術などない。

 母親を失い、辺境に追放された皇子は爪を研ぎ、母親の蘇生と天帝へ成り上がる為に天帝位継承戦に身を投じる。


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 最後に改めて当作品を最後まで読んで頂いてありがとうございます。

 当作品が面白かったと思って頂けた方は、★評価を頂けましたら、次回作へのモチベーションになります。


 それではさようなら~。

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死刑囚から名家へ婿入り、そして勇者へ。俺の人生、波乱万丈にも程がある。 シンリ @sinri

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