●4人目:愛猫ミケを失った、小春の場合
美しい少女ノーラはその身にある呪いを背負っている
それは「自分の姿には戻れない」という呪いだ
そのかわり「自分の姿以外だったら何にでも変身できる」という能力を与えられた
しかし「自分の姿には戻れない」ため、ノーラの母は彼女を娘だと認識できない
ノーラの親友も彼女のことを認識できない
かつてノーラを知っていたすべての人からノーラは失われてしまったのだ
だが呪いを解く方法はある
それは誰かのために、その人が望む姿になって、
その人の願いを叶える、という方法だ
そうして99人の願いを叶えた時、
ノーラにかけられた呪いは解けるといわれている
かくしてノーラは今日もそうした願いを持っている人を探し求め、
その人が願う姿に変わり続けるのだった
◆
そして今日、ノーラは小春と出逢う。
◆
小春は、教室の一番後ろの席でぼんやり外を見ながら、いつもミケと遊んでいた公園を見つめていた。友達が声をかけるものの、彼女の心はまるで別世界にあるかのよう。ミケのことを思うと、小春の胸には締め付けられるような痛みが走った。
放課後、小春は一人で公園をさまよった。いつもいるはずのミケがいない。
公園のベンチに座り込む小春の目から、涙が溢れる。
「あの子が居なくなってしまったのは、私のせいだわ……」
そんな時、不意に小春の前にふわりと現れたのは、天使のような容姿をしたノーラだった。ノーラは小春に気づき、優しく声をかける。
「どうして泣いているの?」
小春はびっくりして顔を上げた。見知らぬ少女の優しさに心が温まる。
「猫のミケがいなくなっちゃって…もう戻ってこないの。私がちゃんとしてなかったから…」
「そうなの……それはとても悲しいことね……でも不思議だわ……小春ちゃんの悲しみはもうすぐ癒されると思うの」
ノーラはそっと小春の涙を拭い、彼女の目を見つめながら約束した。
小春は不思議なほどノーラの言葉に心惹かれた。
そこには、何か特別な力があるようだった。
翌日、小春が学校からの帰り道に再びその公園を通った時、ミケにそっくりな猫が彼女の目の前に現れた。
「ミケ?」
それはもちろんノーラが変身したミケだった。
突然現れた、ミケにそっくりの猫を前に、小春は嬉しさと驚きで目を輝かせた。
彼女はゆっくりとその猫に近づき、膝を曲げて目線を合わせる。
「ミケ……? うそ、どうして?」
ミケに変身しているノーラは、その小さな身体で小春に寄り添い、温かい瞳を向けてソフトに鳴いた。
小春はミケを抱きしめた。その刹那。
(お別れを言いに来たの)
小春の頭の中で声が響いた。
「え……?」
小春は周囲を見渡したが、誰もいなかった。ただ腕の中のミケだけが碧の瞳でじっと小春を見つめている。
(あたしは小春を嫌いになったりなんかしないよ。ずっと大好きだよ)
「ミケ……」
頭に響く声がミケのものだと判った小春は驚いた。
「でも、お別れって……」
ミケは一度悲しそうに顔を伏せたが、もう一度顔を上げた時は毅然と視線を小春に送っていた。
(時間が来たの。ミケはもう天国に戻らなければならないの。今までありがとう、小春。ミケはとても楽しくて幸せだった……)
「ちょっと、待って! ミケ!」
(でも悲しまないで、小春。ミケはまた必ず小春と逢えるよ。それは輪廻の輪の約束でもう決まっていることだから)
「ミケ……」
(だから、しっかり前を向いて生きていってね。大丈夫、小春は強い女の子だもんね!)
「ミケ……!」
小春の両の眼からぼたぼたと涙が零れ落ちた。
(約束だよ、次に会うまで……元気で……)
頭の中で声が響き渡る前にミケの姿は透き通り始めた。
小春の抱きしめる手にまだ温かさが残る中、猫の姿をしたノーラは静かに消え去り、その場は再び静寂に包まれた。
小春は顔を伏せしばらくその場に立ち尽くしていた。
しかし次に顔をあげた時、彼女の顔に浮かんでいたのは笑顔だった。
「わかったよ、ミケ! あたし泣いたりなんかしないよ!」
こみ上げる涙を我慢して、小春は夕陽に向かって歩き出したのでした。
(了)
無貌のノーラ 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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