第2話 再会
乗り移った彼女とともに、星彦のいる場所に行った。女の一人暮らしする部屋だった。
往々にしてよくあることだが、星彦には新しい女がいた。それぐらい、咎めまい。死んだ彼女よりもずっと年上、大人の女性であってもかまうまい。
しかし、前の彼女が亡くなってから丁度一年目の今日、墓参もせず、事故現場にも来ず、ただただ新しい女といちゃついているのは、どうかと思う。
「金糸雀さん」
彼女の声が、内から聞こえる。
「何だ」
「あなた、今、わざと私に教えたんでしょう。私が中にいるからって、口に出さずに」
「ちゃんと届いたようだね」
僕は感心してみせた。一年前の事故当日、星彦は端から待ち合わせ場所に来る気がなかったこと。それを彼女に、そっと教えてあげたのだ。初めてにしては、うまく受けとめてくれたものだ。
「ここいらで新しい情報を与えないと、君が暴走して、即刻、彼氏と新しい女のいる現場に踏み込みそうだったからさ」
「煽ってるつもりな訳、これって」
「背中を押してあげたまで。呪いのお手伝いは、僕の得意分野だ。たいしたことはできないが」
「どういう意味よ」
「やってみせる。君さえよければね」
彼女がこっくりとうなずくのを、僕は感じた。
「承知した」
僕はマントを裏返して、郵便局員のユニフォームに転じさせ、素早く身に着ける。どこからどう見ても、郵便局員に見えるだろう。怪しまれるとしたら、時間帯だけだ。
「電報です」
部屋の玄関前で、故障しているかもしれないブザーを鳴らし、さらに声を張り上げた。薄着の女が現れるまで、一分ほど待たされた。「何」という抑揚を欠いた物言いと共に、こちらを誰何する。星彦の方は当然、出て来ない。
「電報です。こちらの……
「はあ。私宛はまだ分かるけれども、星彦宛まで?」
部屋の奧を振り返り、呼ぼうかどうしようか迷う様子の出た女。僕はかまわず、読み上げた。
「かなしばるね」
僕は
自分の名前に使われる音を操る程度なら、朝飯前のお茶の子さいさいというやつ。別の言葉に置き換えることで、他の人や物に作用させられる。
「え」
女が再び振り返ったときには、僕はもう消えることに成功していた。
「何がどうなったのよ。分かるように云って」
内なる彼女が叫ぶ。僕は胸をとんとんと叩いた。
「君の思い込みの強さ次第だ。どちらか一人くらい、死ぬような目に遭うかもしれない」
後日判明したのは、死にかけたのは星彦の方で、女は傷害罪で捕まったということ。七夕の夜、星彦と女が枕を並べて睡眠中に、女に金縛りの症状が出た。女はよほど恐ろしかったのか、ところかまわず、手近にある物を何でも鷲掴みにして身悶えた。その掴まれた一つが、星彦の首だったという次第。
「金糸雀さぁん」
このときの彼女は、僕の周りをまだうろうろしている。すっかり、懐かれてしまったようだ。
「嘘教えてくれたんじゃないの、私に」
「何のことだか」
喫茶店でモーニングセットを食べているのに、話し掛けられては邪魔でしようがない。他の人には見えないのだから、あからさまに応対することもできやしないのだ。
「あのあと、私ね、死にかけの星彦の枕許まで行って、私はここにいるぞってことを全部ぶちまけてやったのよ。すっきりしてあの世に旅立とうと思ってたのに、変化なし。いつまで待てばいいのよ」
「幽霊の君が囁いたって、相手には聞こえないんだよ。説明しなかったっけ」
小声で答える僕を、彼女は鼻で笑った。
「当たり前でしょう。ちゃーんと、看護婦の一人に乗り移って実行したわ」
何と。早くもそこまでの技量を身に着けていたとは、予想だにせず。
彼女は得意がったあと、再び膨れっ面になった。
「で、どういう訳?」
「それは多分、星彦に未練がなくなってから、真相をぶちまけたからだろう。順序が逆だ」
「そんなものなの」
「多分ね」
アメリカンコーヒーをすする僕の前で、彼女は仁王立ちする。テーブルの上にだ。断っておくと、彼女の身体は物体を無条件に突き抜ける訳ではない。こちらも注意しておかないと、食器を蹴り飛ばされる。
「でもさ、でもさ。未練がないんだったら、それこそさっさとこの世にばいばいできて当然と思うんだけど」
「それは恐らく……」
僕はともかく、彼女をテーブルから降ろした。食べたい物があれば云うようにと促す。あとで乗り移させて僕がその何かを口に運べば、彼女自身が食べたのとほぼ同じであろう。
「じゃ、チョコレートサンデーとチーズケーキセット」
僕は項垂れながら、その二つを注文した。何をどう感じたのか知らないが少し変な目つきになったウェイトレスを無視し、彼女への説明を済ませようと思う。
「君がいわゆる成仏しないのは、恐らく、ここ数日の間に、この世への新しい未練ができたんだよ。それもきっと、彼氏への未練よりもずっと大きいのがね」
「ううーん。それなら、心当たりがなくもないかな」
両肘を突き、手の平に顎を乗せるポーズを取った彼女は、僕の方をじっと見つめてきた。
「金糸雀さんのせいかも」
「……万が一のことを考えて、きっぱり云っておくが」
「うんうん」
「僕は女だからな」
――終
七夕の空の下は、そんなに優しくはないけれど 小石原淳 @koIshiara-Jun
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