第22話 帰ってきた故郷

 ミリアに続き有人たちは社殿に入る。

 薄暗い社殿内の床がぼんやりと光っている。

 巫女服を着たミリアが手のひらを指す。

「あちらが転移の魔法陣ですわ」

 有人はその紫色に光る魔法陣をよく見る。それは五芒星をいくつも重ねたデザインにさらに複雑な紋様が刻まれた、難解な文字も刻まれている。

「これが賢者ミハエルの転移魔法陣だよ。前にサーリア女王陛下が使われたのは往復一回こっきりのものだった。それを賢者ミハエルが固定化に成功させたんだ」

 火星のマーズがそう有人に説明した。

「たしか父さんが最初にアリアガルドに来たときもここからだったよな」

 魔法陣を見つめながら、有人は言った。

「あの時は偶然できた時空の歪みにハヤトは巻き込まれたんだよ。ここが別世界とつながりやすいエネルギーが貯まるところだという証拠だね。だからここに転移魔法陣が固定化できたんだよ」

 マーズがそう説明した。

 マーズは十四才のときに異世界アリアガルドにたどり着いた勇人の初めての仲間だ。

 突然異世界に放り込まれた勇人は心優しいマーズのおかげでどうにか生き残ることができたと、有人は以前父親からそう聞いたことがある。

「それでは皆様、わたくしの祖国があるアリアガルドに向かいましょう。行き方は簡単です。この魔法陣に足を踏み入れるだけです」 

 そういい、ミリアは先頭をきり紫色に輝く魔法陣にためらうことなく足を踏み入れる。

「それじゃあ」

 次にマーズが転移魔法陣に足を踏み入れる。

 二人は瞬時に消える。

「それでは僕たちも行こうか」 

 左だり側に立つくららに語りかける。

 くららの手はわずかに震えている。

 有人はその小さく白い手を握る。

「有人君、お先に」

 竜王寺静香は飛び込むようにその魔法陣に駆け出す。静香の長身スレンダーな身体がシュッという短い音をたて、掻き消える。

 有人は確認のためくららの顔を見る。

 くららはわずかにこくりと頷く。

 有人はくららの手を引き、ゆっくりと魔法陣に足を踏み入れた。

 視界が目を開けられないほどの光に包まれる。

 ゆっくりと視力が回復する。

 有人の視界に入るのは石造りの壁であった。下を見ると同じような石畳であった。

 広さは学校の教室を一回り小さくしたほどだろうか。埃っぽく湿った空気を肌に感じる。

 目の前にはミリアたちが立っている。

「さあお兄様、外にでましょう」

 ミリアは言い、歩きだす。

 その後をマーズと静香が続く。

 そして最後にあるくのは有人とその左腕にしがみつくくららであった。

 くららは大きくため息をついた。

「もしかして息を止めていたの?」

 有人がくららに訊く。

 うんっとくららは頷く。

「転移は一瞬だから、そこまでしなくて大丈夫だよ」

 ふふっと有人は微笑する。

 二十段ほどの石造りの階段を登ると外に出ることができた。

 乾いた、冷たい風が有人の頬をなてなていく。

 吐く息が白い。

「マーズさん、今はこちらは何月ですか?」

 有人はマーズに尋ねる。

「今は白虎の月だね。もう春だけどこのあたりはミーズ岬だから海風でけっこう寒いはずだ」 

 マーズがそう説明した。

「そうだな、たしかに潮の臭いがする」

 静香は鼻を引きつかせ、周りの空気のニオイを嗅ぐ。

「ミーズ岬か。フェアリア妖精国の西端だな」

 顎先に手のひらをあて、有人は記憶をたどる。

 アリアガルド大陸には七つの王国が存在する。そのうちの一つがフェアリア妖精国であり、その領土は大陸の西端にある。ちなみに鉄王国の異名を持つファーリア王国は大陸の東端にある。

 有人の記憶が正しければ徒歩なら半年はかかる距離である。

「お兄様、それなら心配ご無用ですわ」

 ミリアが自信満々に言う。

 どこまでも続く草原と地平線に感動を覚えていたくららが西に沈みかける太陽が浮かぶそらに飛行物体を発見した。

「有人君、あれは?」

 飛来する飛行物体をくららは指差す。

 その飛行物体は五つのプロペラをつけた飛行艇であった。

「飛行艇ルカか……」

 懐かしげに有人はその飛行艇を見る。

 かつて魔王討伐の旅に前勇者の勇人から借り受けた飛行艇である。

 大きなプロペラ音をたてながら、その飛行艇ルカは有人たちの前方二十メートルほどのところで着陸する。


 その飛空艇から二人の人物がドアを開け、出てくる。その二人はこちらに歩いてくる。

「リンダにシュウか」

 有人はかつての仲間の名前を呼んだ。

 和装で背中に大剣を背負っているのがシュウだと有人はくららと静香に説明した。

日に焼けた褐色の肌をした精悍な顔立ちの青年は有人の姿を見つけると笑顔を浮かべる。

 その横にいかにも魔女な衣装を纏った女性が歩いている。とんがり帽子を深くかぶり、大きく胸元のひらいた黒いドレスを着ている。ミリアほどではないがけっなボリュームの胸だ。それになによりドレスのスリットから見える生足のなんたる艶めかしいことだろうか。

 その魔女を見て何故かくららはちっと舌打ちした。

「アルト王子、ミリア姫」

 とんがり帽子の魔女が杖を持つ手を大きくふる。

「アルト、ひさしいな」

 和装の青年が駆け出し、有人に抱きつく。

 有人もその青年を抱きしめる。

「シュウか、よく生きていたな」

「ああっ魔剣使いのシュウは殺されたって死なないさ」

「そうだな、シュウはそういう男だ」

 有人はわずかに目を赤くする。

「アルト王子お久しゅうございます。このリンダ何よりもこの時を待ち望んでいました」

 人好きのする笑みを浮かべてリンダは言った。

 星の魔女リンダは三年前はミリアと同じ少女であったが、三年の間にすっかり大人の魅力を備えた美女に成長していた。とんがり帽子を脱ぎ、その形の良い胸にあて、リンダはお辞儀する。


「ちっいいカップリングだったのに、邪魔な魔女め」

 ぎりぎりとくららは歯ぎしりする。

「くらら君、生物はいけないよ。それは内心だけに留めておきたまえ」

 いたって冷静に静香は言い、ぽんとくららの右肩に手をおいた。

「私は竜王子静香だ。一応あちらの世界では有人君の上司に当たるかな。異世界の勇者で王子が部下とはかなりこそばゆいがね」

 微苦笑し、静香はシュウに右手を差し出す。

「俺はアルトの友で魔剣使いのシュウだ。よろしくな異世界の人」

 気の良い笑みを浮かべて、シュウは静香の手を握る。


「さあお兄様、この飛空艇ルカでフェアリア妖精国の首都グリムに向かいましょう。そこでスノウホワイト女王に謁見したあと、一晩泊まり翌日ファーリアに向かいましょう」

 ミリアは旅の予定を有人に説明した。

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お使いもできないダメ夫は異世界を救った勇者でした。エルフのお姫様が迎えに来て、いらないならちょうだいと言われました。帰ってきてと言ってももう遅い。 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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