第21話 卒業式
三月の始め、有人たちは高校を無事に卒業した。
根岸くららも志望校に合格し、来月からは花の女子大生生活が始まる。
ライトノベル作家を目指す彼女は決意を新たにした。
ミリア・アンネ・ファーリアはイフルエンサーとして本格的に活動を始めるという。すでにいくつかの企業から案件の依頼があるという。
くららはそれを嬉しそうに言うクラスメイトに冷ややかな視線をむける。勝手にすればと思うが、あえてそれを口に出すことはしない。
ミリアには異世界に連れて行ってもらわないといけないからだ。
異世界を知る。
こんな刺激的なことが生きている間に経験できるとはくららは思いもしなかった。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
そんなことをぼんやりと考えながら、くららは生徒会長の最後の言葉を聞き流した。
有人は真っ直ぐ帰宅した。
母の美也子に卒業証書を見せるためだ。
この日有人は母親と遅めの昼食をとった。メニューはちらし寿司にお吸い物、筍とわかめの煮物という和風なものであった。有人は母親と共に料理を作り、二人で食べた。
卒業証書を見た美也子はその目に涙をためる。
「母さん、最近涙腺ゆるいね」
微苦笑し、有人は手際よく料理を盛り付ける。
「だってうれしいんだもの」
笑いながら泣くという器用な顔で美也子は言う。
食事を取りながら、有人は最後の春休みを利用し、一度ファーリア王国に行こうと思っていることを告げた。
母親の美也子にとっては少なからずショックを与えるということはわかっていたが、黙っていくわけにはいかない。
美也子は料理につけようとした箸をとめた。その顔はあきらかに狼狽し、凍りついていた。わなわなとわずかに箸が震えている。
有人は箸をテーブルに置き、その美也子の箸を持つ手を両手で握る。
「大丈夫、安心して母さん。僕はちゃんと戻ってくるよ。一度向こうの両親に顔を見せに帰るだけだよ。それにあちら側にはくららも竜王子社長
行くんだ。約束するよ、僕は帰ってくる。そこは父さんとは違う」
最後の単語に有人はわざと力強く言った。
それでも美也子の手は震えている。ほんの少しだけど顔色を悪くなっている気がする。
やっぱりファーリア王国行きは無しにしようか、そう有人が逡巡していると美也子は小さくうなづいた。
「そうね。男の子はいつか家を出ていくものよね」
ふーと大きく息を吐き、美也子は言った。
「だから母さん、春休みをつかって少しだけ帰るだけだよ。ちょっと卒業旅行いくようなものだから」
また微苦笑し、有人は言った。
三月の下旬、有人は根岸くららと竜王子静香と共にとある廃村に改造スバル360で向かっていた。
ハンドルを握りのは竜王子静香であった。助手席は前回と同じ有人が座り、後部座席にくららが座る。改造スバル360の車内、とくに後部座席は狭かったが小柄なくららには特に問題はなかった。
くららは有人から就職先の社長も同行するとは聞いていたが、こんな美人社長がついてくるとは思わなかった。特に右目の眼帯が中ニ心をくすぐる。
最近の有人君の周りには美人が集まりがちだ。これは彼女としてはおちおちしてはいられないとくららは思った。
山道を一時間ほど改造スバル360は駆け抜け、目的地にたどり着いた。
その場所のかつての名前は
時藤村は廃村のため、当然ながら人の気配はない。打ち捨てられた廃墟だらけだ。遠くで鳥の鳴き声だけがする。
すでに人が住まなくなり四十年以上がたつと竜王子静香が有人とくららに説明した。
そう広くもない元時藤村のほぼ中央にミリアたちとの待ち合わせ場所である月読神社がある。
時を司る月読と異世界を繋ぐゲートに何かしらの因果関係を有人は感じとった。
汚れた赤い鳥居をくぐると割れた石畳の残る境内にミリアとマーズがいた。
ミリアは何故か巫女の姿であった。
そのことに有人たち三人は誰も何も言わなかった。
言っては駄目だとくららは思った。巫女なのにあのホルスタイン並みの巨乳の谷間がよくわかるように襟元が大きく開かれていた。
「こんにちは。今回はよろしく頼むよ。私は竜王子静香だ」
静香はジャケットの胸ポケットからしんせいを取り出し、火を点ける。美味そうに紫煙をくゆらせる。
「あなたがお兄様の上司ですか……」
値踏みするようにミリアは竜王子静香のスレンダーなスタイルを見る。何故か勝ち誇った顔になる。
竜王子静香はそんな視線を我かんせずと受け流す。
それを見てくららは流石だと思った。あのホルスタイン女に対抗できるのはこのイケメン社長だけかもしれないとくららは思った。
「わたくしはファーリア王国第一王女にして聖女ミリア・アンネ・ファーリアと申します」
ミリアは丁寧に挨拶する。
「それはどうも……」
竜王子静香は軽く会釈する。
二人の挨拶が終わるとデニムパンツにエムエーワンジャンパーというスタイルのマーズが進み出る。
「アルト王子久しいな」
そう言い、マーズはアルトに抱きつく。
マーズはドワーフということもあって背が低い。顔を有人の腹部に埋めるかたちとなる。普通なら女性に抱きつかれる有人を見ると嫉妬にかられるくららであったが、不思議と今回はそうはならなかった。
「マーズさん、お久しぶりです。長い間居場所を言わずにいてすいません……」
有人はマーズを軽くハグしたあと、身体を離す。
「いや、まあ仕方がないだろう。それよりも私はアルト王子とこうして再会できたことを喜ぶよ」
マーズは童顔に笑顔を浮かべて、そう言った。
「それでは皆様よろしいでしょうか。この神社の社殿にファーリア王国が存在するアリアガルド大陸へのゲートがあります。そちらにご案内いたします」
ミリアは言った。
有人たちはミリアの後に続き、神社の社殿に向った。
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