第20話 バレンタインデート

 二月十四日のバレンタインデーに有人はくららと共に神宮町郊外にあるショッピングモールを訪れた。

 志望校の入学試験を終えた根岸くららはつかの間、この休日を楽しでいた。有人は四月から本格的に竜王子警備保障で働く。根岸くららは合格していればこの春から大学生となる。

「試験どうだった?」

 ショッピングモールにあるムーンフロントコーヒーに二人はいた。

 有人はホットココアをくららはカフェオレを頼み、ソファーに向かいあって座っていた。

「まあ大丈夫だと思うわ。ダメだったら有人君に養ってもらおうかな」

 ふふっと微笑み、冗談めかしてくららは言う。

「うん、いいよ」

 有人はごく普通に言った。

 その言葉を聞き、言い出したくららのほうが咳き込んでしまう。

「ゲホッゲホッ……。有人君、それ本気」

 咳き込んだため、くららは若干涙目だ。

「少し前にけっこう大きな家を手に入れたんだよね。だから住むところはあるよ」

 ごく平然と有人は言う。

「ふぇっ有人君、お家買ったの?」

 まさかの話の展開にくららは若干ついていけない気持ちでいた。有人は自分と同じ高校三年生だ。もうすぐ卒業で社会人になる有人が家を手に入れるなんてあまりにも早すぎるとくららは思った。

「うーん、父さんの知り合いの屋敷の管理をまかされたって感じかな」

 有人は顎先に手をあて、くららに言う。

「それも有人君の仕事なの」

 くららは尋ねる。

「まあ、そんなところだね」

 と有人は言った。

「ねえ、有人君のお父さんって今は何をしているの?」

 ちょうど有人の口から彼の父親のことが語られたので、くららは前々から気になっていたことを訊く。たしか前に外国で働いているというのは聞いたことがある。


 有人はココアを一口、二口と飲む。その顔は何かを考えているようにくららには見えた。

「父さんは異世界を救った元勇者で今は王国騎士団長をしている」

 その声はいたって真剣なものだった。とても嘘をついているようにはくららには見えなかった。

「ふぇっ」

 それでもくららは素っ頓狂な声を出してしまった。

「異世界……」

 その言葉をくららは噛みしめる。

 普通なら冗談だろうと思うが、くららは元魔法少女だ。この世には不思議なことで溢れている。彼氏の父親が異世界にいるなんて、あり得ないということではない。

「そ、その異世界って行くことはできるの?」

 やや興奮気味にくららは有人に尋ねる。

 実はくららは異世界ファンタジーものが大好物であったのだ。彼女が大学の文学部を受けたのは、密かにライトノベル作家を目指しているからだ。

 根岸くららはWebサイトのカクヨムにもアカウントを持っている。ペンネームは雨野月子あめのつきこである


「そうだね、行けると思うよ。帰りかたはミリアが知っていると思う」

 少し考えて、有人は答えた。

 異世界に行けるのなら行ってみたいとくららは正直に思った。

 ファンタジー世界というものをこの目で見てみたい。

 有人の言う異世界はきっと剣と魔法の異世界に違いない。だって妹のミリアはどこからどう見てもその外見はエルフなのだから。


「くらら、もしかしてファーリア王国にいってみたいの?」

 有人の口調は旅行に行きたいの? みたいな軽い口調であった。

「い、行きたい……」

 異世界に行くにはあの小憎らしい牛乳女のミリアに頼むというのが、癪だけど行ってみたい。

「そうか、うんそうだね。サーリア母さんにも父さんにも会わないとな。よし、くらら卒業したら一度行ってみよう」

 にこりと有人は微笑んだ。

 異世界に行きたいという希望のため、くららは忘れていたことを彼氏の言葉で思い出した。

 それは彼氏のもう一つの親に会うということだ。

 くららは美也子には会ったことがある。優しそうな普通のおばさんといった印象であった。

 多分だけど有人のもう一人の母親はあのミリアに似ているだろう。

 もしかしてそのミリア似のエルフがあの優しいおばさんから旦那を寝取ったということなのだろうか。ふと口には決して出さないが、くららはそのような考えが頭をよぎった。

 ならなおさら、その有人のもう一人の母親に会わないといけない。おばさんの代わりに一言文句でも言ってやろう。

 有人君は渡さないわと。

 その後、くららは有人に百貨店で購入したバレンタインチョコレートをてわたした。

「ありがとう、とってもうれしいよ」

 心からの笑みを浮かべて有人はそれを受け取る。

「じゃあ僕からも。トリュフチョコレート作ったんだ」

 そう言い、有人は鞄から小さな包を取り出した。それをくららに手渡す。

 逆チョコ、しかも手作りなんて素敵過ぎるとくららは思った。惚れ直してしまった。やはり有人君は私の王子様だ。ぜったいにあの無駄な脂肪を胸にぶら下げた笹耳女には渡さないわ。

 くららはあらためてそう誓った。



 その日の夜、有人はLimeのアプリを開きミリアにメッセージを送る。

 

 ミリア頼みがあるんだけど?


 すぐに既読がつく。

 あらお兄様、何かしら?夜伽のお相手ならいつでもよろしくてよ。


 冗談とも本気ともつかない返信が返ってくる。

 そのメッセージを見て、有人は頭が痛くなる。

 三年前、魔王軍と戦った聖女とは思えない文言だ。有人はスルーすることに決めた。


 最後の春休みを利用して一度ファーリア王国に戻ろうと思うんだ。


 あらっお兄様。お父様もお母様もきっと喜びますわ。ぜひご案内させていただきますわ。


 くららも一緒に来ていいかな。

 そのメッセージには既読がついたが、返信までに数分の時間を要した。


 (・ัω・ั)まあ、良いですわ。側室の一人を同行するのを許しますわ。


 くららは側室じゃないよ。僕の彼女だよ。


 あら、お兄様。くらら様は可愛らしいですが、お胸はまな板ですわよ。お兄様もお父様の血を引いているなら豊かなお胸の方がお好みでしょう。

 わたくしなら、なんでも仕放題ですわよ。


 有人はそのメッセージもスルーする。

 はっきり言って巨乳はサーリアのを物心ついたときから見ているので、あまり特別感はないのだ。

 くららの可愛らしさのほうが有人には特別なものだった。


 じゃあ、よろしく頼むよ。そうそう、マーズさんにもよろしくね。

 最後にそうメッセージを送り、有人は眠りについた。


 異世界行きを竜王子静香社長に告げると彼女も同行を求めた。

「お兄ちゃんに会いたい」

 少女のような顔で静香は言った。




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