第19話 六道寺綾音との会談

 魔術師ゼペットの人形屋敷は有人が管理することになった。人形たちの長であるアルタイルは有人個人に忠誠を誓うのであった。


「法的な手続きは私のほうでやっておくよ」

 愛煙家である静香はしんせいの煙をくゆらせながら、そういった。

 静香と有人は高乃浜にある竜王子警備保障の事務所に戻る。

 そこで有人は静香と別れて帰宅した。


 父さんはゼペットとともに魔国ギスカルダルがある星を滅ぼした姉妹に対抗しようとしていた。ということはこの地球にもいずれ破壊の姉妹が訪れるということだろうか?

 静香に訪ねても「さてな」と答えるだけだった。有人が見る限り、静香が何かを隠しているという雰囲気ではなかった。

 静香はアルタイルの語りを驚愕の表情できいていたからだ。


 実家に戻った有人は母親の美也子と共に晩御飯を食べる。この日は美也子が食事の用意をした。

 この日の献立は、鶏肉の竜田揚げにほうれん草のおひたし、わかめスープであった。

「面接はどうだった?」

 美也子がわかめスープをすする。

「うん、うまくいったよ。四月から竜王子さんのところで厄介になるよ」

 有人は答えた。

「そうだ、初任給がでたら母さんに食事でもごちそうするよ」

 有人が言うと美也子は嬉しそうに微笑んだ。

「あら、ありがとう。楽しみにしてるわ」

 美也子は言った。



 有人の面接から一週間が過ぎた。

 竜王子静香は京都にある六道グループの本社ビルを訪れた。

 時刻は午前十一時を少しまわっている。

 受け付の女性に来訪を告げると「少しお待ち下さい」と言われ、言われるまま五分ほど待った。

 ヘビースモーカーの静香は早くも煙草を吸いたい気分になったが、我慢する。

「おまたせしました。社長室にご案内いたします」

 竜王子静香は受け付の女性に案内され、本社ビル十五階にある社長室に入る。

 受け付の女性はそこで退出した。


 窓から外の景色を見ていた六道寺綾音は振り返る。細い目をさらに細めて、六道寺綾音は微笑む。

「よく来てくれたわね、静香。そうそう、あなたが来た時のために用意したセイロンの良い茶葉があるのよ。あとスコーンもあるのよ。お昼はまだよね」

 嬉しそうに言う綾音に静香は短くああっと返事をする。

 隣室に消えた綾音はティーセットを持ってあらわれる。綾音は紅茶を淹れる。

 その様子を眺めながら、静香はソファーにドサリと腰掛ける。

「静香さん、義手と義眼の様子はどうかしら?」

 自分にも紅茶を淹れた綾音は静香の向かいに腰掛ける。

 静香はティーカップを持ち、その香気を楽しむ。一口飲む。甘く、そして爽やかな苦味が口の中に広がる。たしかに良い茶葉だと静香は思った。

「ああっ、順調だよ。左目なんか見えすぎて逆に眼帯をしているくらいだよ」

 静香は言う。 

 魔界のテロリストに奪われた静香の左腕と左目は、六道グループのバイオ技術の粋を集め作られた人工の義手と義眼によって補われている。

 特に左目の義眼はそれから得られる情報量があまりにも多いので、脳の負担が多すぎるので普段は眼帯で防いでいる。


「静香さん、あなたはスコーンにはまずジャムをつけるのかしら、それともクリームからかしら?」

 綾音は尋ねる。彼女は二つにわったスコーンにたっぷりとクリームを塗り、その上に苺ジャムを塗る。

「私はジャムからだな」

 そう答え、まだ果肉が残る苺ジャムをたっぷりと塗る。その上に少しだけクリームを乗せ、一口かじる。

「コーンウォール式なのね」

 ふふっと綾音は微笑む。


「それで本題なのだが、綾音」

 右目でじっと静香は綾音を見つめる。何故か綾音は頰をあからめた。

「なんでしょうか、静香さん……」

 細目を見開き、綾音は答える。

「魔界の人間がこの地球に向かっているというのは知っているのか」

 静香は訊く。

「ええっ存じております。たしかあと二年ほどでこの星にたどり着くでしょう」

 淡々と綾音は答える。

「どうして私に教えてくれなかった」

 けっこうなつきあいなはずなのにと静香はこころの中で思った。同い年の静香と綾音は友人であった。

「それは……あなたがそれを知る序列になかったからです。ですが知ってしまったとして、誰もあなたを責めさせません」

 再び細目に戻り、綾音は言う。

「それで綾音、魔界の人間を受け入れるのか?」

 次に静香はそう尋ねる。

「どうやら上は決めかねているようですね。いわゆる小田原評定というのですね」

 ふふっと手の甲を口にあて、綾音は微笑む。

「あと二年後だぞ」

「そうですね、あと二年ですね。もう二年しかないのか、まだ二年あるのか……」 

 生クリームをたっぷりとつけたスコーンを綾音は食べきる。静香もスコーンをぱくりと食べる。まだまだ胃を満たせていない静香は綾音にまだなにかないかと促す。

「そうですわ、昨日作ったアップルパイがありますのよ」

 綾音は立ち上がる。隣室に行き、皿に切り分けたアップルパイを乗せ戻って来る。

「アップルパイか、私の好物だ」

 静香は右目で皿の上のアップルパイを見つめる。

「うまくできたのよ、どうぞ召し上がれ」

「ああっ遠慮なくいただくよ」

 静香は大きくフォークでアップルパイを切り、口に入れる。しっかりとしたりんごの甘さが口に広がる。サクサクのパイ生地がいいアクセントだ。

「綾音は料理がうまいな」

「ありがとうございます。いつでもあなたと結婚して差し上げますわ」

「ふっまた冗談を……」

 アップルパイを一切れ食べた静香の目の前の皿に綾音はもう一つアップルパイを置く。

「魔界のことで手一杯なのにもう一つ異世界があらわられるなんてな」

 美味しそうにアップルパイを食べ、静香は言う。

「そうですね。もう一つの異世界は割と好意的ですが、それに割く私どものリソースが圧倒的に不足しています。ギスカルダル政府との交渉だけで精一杯というのが現状ですね」

「もう一つの異世界との交渉役には適材がいるのだが……」

 静香は眼帯をとる。左目の義眼が赤く輝く。

「あらっ奇遇ですわね。私もある人物とのコンタクトに成功していますのよ」

 細い目で綾音は静香の義眼を見た。



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