第18話 魔国ギスカンダル

 有人と静香はその大広間にあるいくつかある丸テーブルに案内された。その丸テーブルは窓際に置かれていた。有人はその窓から外の景色を見る。窓から見える庭園は思ったより手入れされていいて、それは見事なものだった。母の美也子に見せてあげたいと有人は思った。そうえば美也子はガーデニングをしてみたいと言っていたな。


「どうぞ、こちらをお飲みください」

 美しき人形アルタイルは二人の前に紅茶をおいた。

「ほうっこれはビクトリア王朝時代のものだな」

 カップをながめながら、静香は言った。紅茶を一口すする。

「ふむ、いい茶葉だ」

 紅茶の香りを楽しみながら、静香は言った。

 有人も一口その紅茶をすする。ほのかな甘味と温かさが口内に広がる。


「この結界を突破できたのがあの勇人様の御子息とはやはり縁というものでしょうか」

 人形アルタイルはその人工の美しい顔に笑みを浮かべる。


「お兄ちゃん、いや勇人さんとこの屋敷の主とどのような関係にあったのですか?」

 静香はじっとアルタイルの顔を見て、言った。

 それは有斗の聞きたいことでもあった。


「我が主ゼペットと勇人様は友人でした。そしてある一つの目的を共有していました。それは祖国であるギスカンダルを滅ぼしたものに対抗する手段を共に考えておられました」

 一定のリズムでアルタイルは言う。まるでテレビのナレーターを聞いている気分に有人はなった。アルタイルは美声なので耳に心地よい。それはボーカロイドの歌を聞いているときと同じ気分だった。


「魔国ギスカンダル。我々が魔界と呼ぶ世界にある国だ」

 静香がちらりと右目で有斗を見て、言った。

「そうです。その理解でまちがいありません」

 アルタイルが肯定する。

「その魔界は滅亡に瀕しているのか。それは初耳だな」

 と静香は訝しげな顔でアルタイルに言う。

「そうです。我が主である魔術師ゼペットがいた世界はアナイアレイターとルインフォースという姉妹シスターズによって滅ぼされました。彼らの別名は文明を食む災厄の悪魔。百億はいたゼペット様の世界の人間のうち九十九億九千九百万人が殺されました。あの星の文明は滅亡寸前なのです」

 アルタイルは言った。

「なるほどね、それであちらがわの世界からこちらがわに移住者の希望があとをたたないというわけか。有人君、我々の仕事はギスカンダルの重要人物の警護もその一つなのだよ」

 静香は有人にそう説明する。


 ということはサーリア母さんの異世界とギスカンダルという別世界もあるということだ。そして静香はその別世界ギスカンダルとの交渉役の一人ということか。有斗は頭の中を整理し、そう理解することにした。そして父もそのこちらの世界にいるときにその仕事をしていたということだ。

 母親の美也子は勇人を買い物もできないダメな夫と思っていたようだが、それは父親の一面しかみていなかったということだろう。人は一部分だけを見て判断しがちだ。だからといって母の美也子を簡単に捨てた勇人のことを良くは思っていない有人であった。


「その文明を食む災厄の悪魔はゼペット様の星の知的生命体のほとんどを殺害した後、彼女らはいずこかへと消えました。文明を破壊されたゼペット様のお仲間はこの星への移住するために恒星間移動宇宙船団を結成し、こちらに向かっています」

 アルタイルは言い、空になった有人と静香のカップに紅茶を入れる。


「魔界とこちらの世界にはゲートがあるはずだが……」

 静香が疑問を挟む。

 

「そのゲートを通ることができるののはごくわずかな限られた人数だけです。生き残りの百万人を通るのは物理的に不可能です」

 アルタイルは静香の疑問に答える。

「それで僕の父さんはあなたの主ゼペットさんと何の研究をしていたんだい?」

 有斗は自分が疑問に思ったことを訊く。

「ゼペット様と勇人様はその文明を食む災厄の悪魔に対抗するためです。かの姉妹は高度な文明を築いた知的生命体だけを殺害します」

 その言葉を聞き、なるほどねと有人は呟く。

「生命体でなければその姉妹に対抗できると」

 有人は言った。

「その通りでございます。その証拠に私の前の試作機ベガはその姉妹と互角の戦いをしたといいます。最終的には破壊されましたが……」

 そのアルタイルの言葉だけはどこか寂しげ気に有人は思った。


「もう一ついいかな?」

 今度は静香が疑問を挟む。

「魔国ギスカルダルの移民船団はあとどれくらいで私たちの星にたどり着くのだ?」

 と静香が尋ねた。


「そうですね。勇人様がこちらにいらしたときに後二十年後とゼペット様はおっしゃっていました」

 アルタイルはそう言った。


 有人はざっくりと計算する。

「それは僕が生まれる前の話だよね」

 念ために有人はアルタイルに確認する。

「はい、勇人様がいなくなる直前です」

 アルタイルは答える。

「あと二年後か……」

 静香は再び空になったカップの底を見ながら、そう言った。

 

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