第17話 人形アルタイル

 廊下の幅はおおよそではあるが、有人が両腕を目一杯広げたよりはわずかに広いぐらいだろうか。

 その廊下の左右には見るからに不気味な人形たちで埋め尽くされている。

 その人形全てに僅かではあるが魔力の反応を有人は感じとった。

 人形の種類は様々だ。日本人形にフランス人形、オーバーオールを着た人形にズタ袋を頭にかぶった人形もある。

 ネイティブアメリカンの人形が手斧を持ち、とことことこちらに近づく。

 わかりやすいほどの殺意を有人たちに向けていた。

「どうやら僕たちは歓迎されてないようですね」

 有人と静香は背中合わせに立つ。

 竜王子静香は左脇にかくしたホルスターから警棒を抜き、下段にかまえる。

「そのようだ」

 静香は右目だけでちらりと有人を見る。

「さてと……」

 有人はなにもない空間に右手を伸ばす。

 有人は収納箱アイテムボックス特技スキルを発動させた。瞬時に右手は亜空間に接続される。そこから取り出したのはジュピターの短剣である。

 魔王城でもちいた大剣その名を風の精霊王の剣はあちらの世界に置いてきてしまった。

 まあこの狭い空間ではあの大剣は使いづらいだろう。有人はそう考える。

 狭い室内では刃渡りの短い武器の方が扱いやすい。 

 このジュピターの短剣は七人のドワーフセブンズドワーフが一人である木星のジュピターが鍛えたものである。火星のマーズも七人のドワーフの一人である。


 有人は静香と背中合わせのまま、ジュピターの短剣を中段にかまえる。有人はつま先立ちでかまえている。どのような攻撃にも瞬時に対応できるようにだ。

 まず初めに襲いかかってきたのは、ネイティブアメリカンの人形だ。手斧を振りかぶり、攻撃してくる。ギャハハッと耳を覆いたくなる奇妙な雄叫びと共にその人形は有人に迫りくる。

 それに対して有人は冷静に対処する。

 異世界の勇者であった有人にとってこの程度の敵は正直たいした相手ではない。

 ジュピターの短剣でネイティブアメリカン人形の手斧を弾き、すかさず二撃目で人形の頭部を破壊する。ほぼ同時に静香は警棒でナイフを持ったオーバーオールの人形を貫いていた。

「静香さん、やりますね」

「有人君こそ、さすがね」

 有人はこの戦いの感覚に懐かしさを覚えていた。この体温が上昇する感覚は他では味わえないものだ。

 それからも次から次へと人形たちは攻撃を繰り出してくる。有人の目には人形の数はざっと三百体はいるように思えた。

 そのすべてを迎撃することは可能だが、はっきりいって面倒だと有人は考えた。しかしながら、どうやら話し合いなど通じる相手ではなさそうだ。

「有人君、一体一体は大した事ないが、これは骨が折れるな」

 市松人形を破壊しながら、静香は言った。

「まったくです」

 有人は狐のお面をつけた人形を袈裟斬りにする。

 二十体ほど破壊したころだろうか、突然人形たちの動きがピタリと止んで。


「妹たち、その方々への攻撃はおやめなさい」

 その声は文字通り鈴がなるような美声であった。

 誰かが廊下の奥から歩み寄る。

 有人は警戒を解かずにその声の主に注目する。背中の静香は肩で息をしていた。

「何者でしょうか……」

 有人は背後の静香に語りかける。

「さてな……」

 端正な顔を静香は小さく左右にふる。


 薄暗い廊下の奥からあらわれたのは妙齢の女性であった。銀色の髪を持ち、赤い瞳でこちらを見ている。顔立ちは整いすぎているほど整っている。美しいが、どこか人間離れしている。その美貌はどこか人工物めいていた。スタイルはミリアやサーリアに負けぬほどの豊かさをほこっている。

 薄い布地の白いドレスを来ていた。

 体の豊かな曲線がはっきりとわかるが、それも人間離れしている。美しいのに女性としての魅力をまるで感じないなと有人は思った。


「私は人形アルタイルと申します。魔道士ゼペットよりこの屋敷を預かるものです」

 銀髪の美女は有人たちに深く頭を下げる。

「なるほど人形か。自動人形オートマタといったところか。生気を感じないはずだ」

 静香が言う。

 それは有人も同意見であった。


「あなた様からご主人様の友人たる勇人様の気配を感じます。あなた様は勇人様ゆかりの方ですか」

 宝石のように美しいが、これまた生気のない赤い瞳で人形アルタイルは有人を見つめる。

「そうだよ、勇人は僕の父親だ」

 有人は答えた。

 この人形はどうやら話が通じるようだ。

「左様ですか。それであなた様から懐かしい気配がするのですね。他の人形たちの警戒を解きましょう。我々はあなた様方を歓迎いたします」

 そう言い、人形アルタイルは深々と頭を下げた。

 他の人形たちは音もたてずに廊下の左右に戻り、再び動かない人形に戻る。

 この場で動く人形はこのアルタイルだけとなった。


「どうぞこちらにお越し下さい」

 そう言い、人形アルタイルは廊下を静かに歩く。

 有人たちはその後に続く。

「今なら奴を破壊できるが……」

 静香は有人に尋ねる。

「それは無意味ですよ」

 有人はそう答えた。

 この人形をここで破壊したら、この屋敷と人形の存在意義を知ることはできない。この屋敷の主と父親である勇人がどのような関係にあったのか、有人はそれが知りたかった。

「それもそうだ」

 手慣れた手つきで静香は警棒を左脇のホルスターに戻す。

 有人もジュピターの短剣を亜空間の収納箱アイテムボックスに戻した。


 有人たちが案内されたのは豪華な大広間であった。その大広間にも所狭しと人形が飾られていた。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る