第16話 幽霊屋敷
竜王子静香社長の提案で有人はアルバイトをすることになった。静香はアルバイト代ははずむとも言った。
その仕事内容は現地で説明すると静香は言い、有人を愛車のスバル360に乗せた。このスバル360はかなり改造されていて、外観はかつての名車そのままだが、中身はまるで違った。
「こいつはね、父さんと勇人さんが改造したものなんだ」
ハンドルを握る静香は自慢気に言う。
どうやらこの車は電動に改造されているようだが、それ以上は有人にはわからなかった。車内は狭いが乗り心地は結構良かった。
途中、静香と有人は昼食をとるため国道沿いのファミリーレストランに立ち寄る。
有人はカツカレーを頼み、静香はハンバーグ定食を頼んだ。
カツカレーを食べる有人を見て、何故か静香は上機嫌であった。
どうしてかと尋ねると勇人も良くカレーを食べていたからだと説明した。
そういえば父さんってたしか火星のマーズに頼んでカレーに似た料理を作らせていたな。有人はファーリア王国での出来事を思い出した。
ファーリア王国ではドワーフの火鍋と呼ばれて、けっこうな人気料理だった。勇者ハヤトが広めた料理という逸話もあり、あの国では誰しもが知る料理であった。
有人も子供の時から食べていて、大好きな料理だ。こちらに来て、カレーが元になっているということを知って、驚いたものだ。
昼食のあと、改造スバル360は一時間ほど走り、山道に入る。さらに曲がりくねった山道を三十分ほどかの車は走り抜ける。
そうしてようやく目的地に到着した。
そこは古びた洋館であった。
まるで今にでも幽霊が出そうなほどの不気味な洋館だ。幽霊が出ないのであればゾンビでも出そうな雰囲気だと有人は思った。
車を降り、有人は背筋を伸ばす。
座り心地はいいとは言え、狭い車内に合計二時間近くいたので体がバキバキだ。
静香はスバル360のドアの鍵を閉め、有人の横に立つ。
「竜王子社長、ここは?」
有人は訊く。
「他の者がいない時は静香と呼んでくれないか」
静香は有人が望む答えとは違うことを言う。
「そ、それでは静香さん。ここは一体?」
有人は再び質問する。
「ここは幽霊屋敷だ。前の持ち主が魔界の協力者だったのだが、どうやら亡くなられたようなのだ。彼の遺産を我々は受け継いだのだが、それを調査する人員が不足していてね。どうやらこの屋敷普通の人間は近づくことも困難のようなのだ。試しに調査に行かせた我が社の社員が何もせずに帰ってきた」
そう静香は説明した。
来訪者を拒絶する屋敷か。
ある種の結界でも張られているのだろうか。
有人はそう思い、その屋敷に近づく。
そこで彼は気づいた。
何かのエネルギーを感じる。
それは薄い膜のようなものだ。その目には見えない膜がこの洋館全体をつつんでいる。
これが拒絶の原因ではなかろうか。
これは初歩の魔術だ。
魔力のないものはこれに気づかないで触れてしまい、体調を崩してしまう。
そのような「呪い」がかけられている。
ということはこの屋敷に入ることが出来るのは魔力がある人間だけだ。
静香は魔力があるのだろうか?
魔力が何たるかは有人も説明するのが難しい。何せ物心ついたときから当たり前のようにつかえていたものだから。
そう言えば魔女リンダは言っていたな。
魔力とは突き詰めれば心の力だと。
想像し、創造する事が魔術の基本であり、奥義だともリンダは言っていた。
「静香さんは魔力がありますか?」
有人は静香の右目を見る。
静香は右目だけで有人の視線に答える。
「魔力というのがどういうものか分からないが、昔勇人さんに強く思う事が大切だと教わった記憶がある」
静香は答えた。
「わかりました。僕のあとに付いてきてください。もし気分が悪くなったり体調がすぐれないときは僕から離れて車に戻ってください」
有人はそう静香に忠告する。
静香は頷いてこたえる。
有人が前に立ち、一歩その見えないエネルギーの膜に足を踏み入れる。足に電気に似た衝撃が走る。立っていられないほどの痛みではない。
それよりも今まで感じたことのないネガティブな感情が生まれる。
どんよりとした嫌な感情がどこかから湧いてくる。有人は深呼吸する。
これは試されているのだと有人は思う。
これぐらいのことをクリアできなければ、この屋敷にあるものは譲ってもらえないのだ。
有人は膜に手を当て、こじ開けることを創造する。ゆっくりと手を左右に広げる。
どうにかして人一人が通れるぐらいの隙間を開けることができた。
そのエネルギーの膜はすぐに戻ろうとする。その反発力はかなりのものだ。
「静香さん、僕の体の下をくぐってください」
ちらりと背後の静香を見る。
「わかった」
そう言い、するりと静香は有人の脇の下に長身をくぐらせる。どうやら膜の内側に入ることに成功したようだ。
それを見届けたあと、有人も膜の内側に入る。
そして膜から手を離す。すぐに修復される感触が手のひらに伝わる。
これほどの結界を作ることが出来るのは、有人が知る限りでは賢者ミハエルか魔女リンダぐらいのものだ。
つまりこの屋敷の元主はそれほどの魔力を持っていたと理解していいだろう。いや、死してなおこれほどの結界を残すことが出来るのだから、それ以上と見たほうがいいのかも知れない。
しかしこれでようやくスタートラインに立てただけかと思うもこのアルバイトはかなり骨が折れそうだと有人は考える。
「静香さん、アルバイト代弾んでもらいますよ」
有人は軽口を叩く。
「ああ、たっぷりと色をつけてあげるよ」
静香は残る右目をウインクする。
「さてと中に入るか」
静香は歩きだす。
有人はその左側に立つ。
静香は左目と左手が不自由だ。それを保佐する立ち位置を有人はとる。
背の高い玄関扉には獅子のドアノブがつけられている。右に回すとどうやら施錠はされていないようだ。
あのエネルギーの膜の結界で侵入者を排除出来るのだから、鍵は必要ないということか。
玄関ドアは外開きだ。
ゆったりと有人はその玄関扉を開ける。
中はかなり薄暗い。
「光の精霊よ、辺りを照らせ」
有人は初歩の精霊魔術を使う。
ウィルオーウィスプを呼びだし、有人たちの周囲を照らす。
有人が見たのは壁一面にかざられた無数の人形たちであった。
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