第15話 有人の面接
それから一週間が過ぎた一月の半ば、有人は就職先への面接のため学校を欠席していた。
根岸くららはその誰も座っていない有人の席をただぼんやりと見ていた。
一限目前のグラスの中心にいるのはミリアであった。転校してきてから僅か数日でミリアはクラスのほとんどの学生の人心を掌握していた。
くららはミリアと会話できたことを喜ぶクラスメイトを冷ややかに見ていた。
「ねえミリアさんは卒業したらどうされるの?」
クラスメイトの一人がうっとりした顔でミリアを見ている。
彼女はすでに何人かいるミリア信者の一人だ。
毎日ミリアのChicktakを見ているというのが自慢のようだ。
「わたくし、しばらくは日本にいるつもりですの。将来的にはお母様の跡をつごうと考えていますわ」
優雅な微笑みでミリアは答える。
「えーミリアさん帰っちゃうの」
心から残念そうにその女子生徒は言った。
「そうですわね、わたくし祖国がありますからいずれは帰りますわ。それまでお友達でいてくださりますか?」
ミリアは言った。
ミリアの周囲にいた数十人がそれぞれもちろんと答えていた。
その様子をくららはとっとと帰れと思いながら、ぼんやりと眺めていた。
午前十時ごろ、有人は高乃浜にあるオフィスビルを訪れていた。
高乃浜は繁華街である神宮町から地下鉄で二駅さきにあるオフィス街である。市役所や裁判所もある有人の住む地方都市の行政の中心地である。
鏡のようなガラスを張り巡らせたビルに有人は入る。
受付の女性に面接に来た旨を告げると仮入館証を貸し出してくれた。
そのオフィスビルの十階に入っている企業が有人の面接先である。
その企業の名は「竜王子警備保障」という。
十階のフロア全てがその竜王子警備保障のスペースである。さらに有人はこの会社の受付に来訪を告げると面接用の部屋に案内された。
その部屋にはシンプルな造りの机と革張りの椅子が置かれていた。
その椅子に一人の女性が腰をかけていた。
黒いスーツを着た細身の女性である。
いわゆる姫カットという髪型で、艶のある美しい黒髪だ。左目は時代劇の柳生十兵衛のような眼帯がつけられている。右目は切れ長で、眼帯でわからない部分以外はかなり整っている。年の頃は二十代後半といったところか。すらりと背の高い、モデルスタイルの女性であった。
「社長、新島さんをお連れしました」
受付の女性がその人物にそう言った。
「ご苦労」
とだけその人物は言い、受付の女性を下がらせた。
ドアが閉まるのを確認すると社長と呼ばれた女性はつかつかと有人のもとに歩みより、なんと抱きついた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。どこ行ってたのよ。静香たいへんだったんだから。どうして五年前来てくれなかったのよ」
眼帯の女性は有人の胸に顔をあて、ぼろぼろと涙を流す。
「お兄ちゃん、突然いなくなっちゃうもん。あのときお兄ちゃんがいたらお父さんも皆も死なずにすんだのに」
誰はばかることなく、眼帯の女性は大粒の涙を流し、嗚咽まじりそう言った。
「すいません、社長。その…… 僕は父ではないので……」
戸惑いながら有人は言い、制服のブレザーのポケットからハンカチを取り出し、眼帯の女性に手渡す。
ハンカチを受け取った眼帯の女性は赤く腫れた目をふき、盛大に鼻をかんだ。
べちょべちょになったハンカチを自分のジャケットの内ポケットに入れる。
実はこのようなことは初めてではない。
社長こと竜王子静香とこちらの世界で出会ってから、何度かある。
どうやら自分は若い時の父親に似ているのだという。そして竜王子静香は子供の時に父勇人と出会っているのだという。
父勇人がこちらの世界にいるときに働いていたのが、この竜王子警備保障なのだ。
「あの…… 社長今日は面接に来たのですが……」
突然年上の美人に抱きつかれて、明らかに有人は戸惑いを隠せない。
「すまない、今だに君を見ると感情のコントロールがままならない。君がお兄ちゃん、いや勇人さんではないと頭ではわかっているんだがな」
冷静さを取り戻し、静香は言う。
目の前の椅子に座るように有人に促す。
静香自身はテーブルの上に腰掛け、長い足を組む。行儀は悪いがスタイルの良い静香はやたらと絵になる。
その姿を見て有人は魔術師の異名を持つ第十三宇宙艦隊提督を連想した。
「君を歓迎するよ。尊敬する勇人さんの息子と働けるのを私は光栄に思う」
勇人の名を口にするとき静香の切れ長の瞳は潤いを増すように有人には見えた。
「君も知っていると思うが我が竜王子警備保障は表向きは警備会社であるが、もう一つの顔がある。それは魔界との交渉に関わる重要人物の警護だ。君にはこの部署に入ってもらう。異世界の元勇者の君に私は期待している」
静香は言った。
その仕事は勇人がこちらの世界にいるときに就いていたものだ。
「実はな、恥ずかしい話だが五年前に魔界側のテロリストに対魔課の人間はほとんど殺されてしまった。私もこのざまだ」
そう言い、静香は眼帯を指さした。そして左手だけにはめた黒革の手袋を見せた。
前に有人は静香から訊いたのだが、そのテロリストとの戦いで彼女自身は左目と左手を失い、多くの仲間も失った。
あのとき勇人さんがいればとも静香は言っていた。
「まあ、すんだことを言っても仕方あるまい。勇人さんの選択を止める権利は我々にはないからな。ただ父は会いたがっていたよ」
とどこか寂しげに静香は言った。
「ということで新島有人君、君は学校を卒業したらこの会社で働いてもらうのだが、研修もかねて一つアルバイトをしてみないかね」
静香は言い、ジャケットのポケットから煙草を取り出す。
「失礼、吸わせてもらっていいかな?」
静香は言う。
「ええ、もちろんです」
有人は答えた。
「最近は吸えるところも少なくてな。煙草呑みには肩身が狭い」
静香は「しんせい」の箱から一本取り出し、愛用のジッポライターで火を点ける。
そして美味そうに紫煙をくゆらせる。
「午後からだが、少し私につきあってくれないか」
静香は有人に言う。
「わかりました」
有人は答えた。
こうして有人の面接は終わった。
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