第14話 六道寺綾音の勧誘

 六道寺綾音、その名には聞き覚えがあるとミリアは思った。

 たしかこちら側の世界に来るときに何かと世話をしてくれた人物だ。

 ミリアは初対面であった。

 ミリアより先にこちら側の世界に来ていたマーズが何かとやり取りをしていたはずだ。

 ミリアがこちら側の高校に通えるよう手配してくれたのも目の前にいるこの目の細い女性だ。


 しかし、この女まったく気配がしなかった。

 ミリアはそう思った。

 索敵能力には自信があるつもりであったが、まったく気がつかなかった。

「それはどうも」

 ミリアはぞんざいな挨拶をする。

 こんなところで突然現れたのだから、警戒を解くわけにはいかない。


 とその時、戦闘が終わったことを察したマーズが部屋に入ってきた。

 ビキニアーマー姿のミリアにトレンチコートを手渡す。

「ありがとうございますわ」

 そう言い、ミリアはトレンチコートの袖に腕を通す。ベルトもせずに前をはだけたままなので、巨乳の深い谷間がちらちらと垣間見える。

 このビキニアーマーは正式には戦女神の鎧という。

 敵前で素肌をさらすという勇気を示すことで戦女神アテンに認められ、加護をうけられるのだ。

 その戦女神アテンの加護とは身体強化、素早さ向上、自然治癒能力向上、状態異常半減とさまざまだ。

 有人らと魔王討伐の旅をしていた三年前はちょうどいいサイズだったのに今ではかなり小さい。それでも受けられる加護が多大なので、ミリアは今でもこのビキニアーマーを愛用している。


「六道寺さん、着ていたのか」

 ぺこりと会釈し、マーズは挨拶する。

 

「ご丁寧にどうも」

 六道寺絢音は下腹部に両手をあて、深くお辞儀をする。

 この馬鹿丁寧さもどこか人をいらいらさせるとミリアは思った。しかし、それを表にだすミリアではなかった。


「この人たちには悪いことをいたしましたわ」

 ミリアは正直な感想を言う。

 自分が時空を超えてこちら側にやって来たから、時空の隙間に入りこの魔物たちがやって来たのだ。

 自分たちに責任の一端はあるとミリアは考える。


「それはそうかも知れませんが、あまりご自分を責める必要はないと思います。冷たい言い方をすれば事故や事件、自然災害で一年に何百何千と人は死にます。これもそのうちの一つだということだけです」

 六道寺綾音はそう言った。


 たしかにそれは冷たい言い方だ。

 この女にそう言われても気持ちは決して晴れないミリアだ。だがまあ、この目の細い女の言葉にも一理はあるようにも思えた。 


「話を本題にうつらせてもらいます。よろしいですか?」

 六道寺綾音は言う。


「しかし、こんなところでは……」

 マーズが死体だらけの部屋を見渡す。

 

「たしかにこんなところでは落ち着いてお話もできませんわね」

 豊かな胸の前でミリアは腕を組む。

 すでにこの部屋は死臭で満ちかけていた。


「それもそうですね。この近くに美味しい喫茶店があります。そちらにいきませんか?」

 六道寺綾音の提案にミリアは乗ることにした。

 その前に六道寺綾音は着物の胸元からスマートフォンを取り出し、なにやら指示をしていた。


 ミリア、マーズ、六道寺綾音の三人はこの雑居ビルから歩いて五分ほどの所にある純喫茶店に入った。

 わずかな時間だったとはいえ戦闘をこなしたミリアはお腹が空いていたので色々と注文した。

 六道寺綾音が奢ってくれると言うのでミリアは遠慮しない。

 ミリアはナポリタンと玉子サンド、ココアを頼む。

 マーズはカレーライスとコーラを頼んだ。

 六道寺綾音はホットコーヒーを頼む。

 ほどなくして料理が運ばれてくる。

 ミリアは遠慮なく料理を食べる。

「ミリア殿下は食べた分お胸にいくようですね」

 パクパクと食べるミリアをマーズはからかう。

「そうですわよ。お母様もそうでしたでしょう」

 ナポリタンのパスタをくるくるとフォークに巻きつけ、咀嚼する。

「そうだなサーリアもそうだったな」

 はははっとマーズは笑う。


 その様子を見て、六道寺綾音は細い目をさらに細くして微笑む。

「仲がよろしいのですね」  

 と彼女は言った。


「そうですわね。マーズとは物心ついたときからの付き合いですからね」

 ミリアが言う。

「ああ、そうだな。私はハヤトの最初の仲間でもあるからな。ミリア姫が赤ん坊からの付き合いだな。まあこんなに大きくなるとはねえ」

 カレーライスを食べながら、マーズはちらりとミリアの胸を見る。

 それを知ってかミリアは胸をはる。


「それでは本題に入りたいと思います」

 六道寺綾音はコーヒーを一口すする。

 すっと細い目でミリアとマーズを交互に見る。

「先ほども申しましたが、私は異世界からの来訪者との交渉をこの国の政府から委託されている者の内の一人です。本来はあなたがとは別の世界と交渉をしておりました。しかし、それをよく思わぬあちら側のテロリストに私の配下のほとんどを殺されてしまったのです」

 その言葉のあと、六道寺綾音は視線を下に下ろす。

 どこか悲しげな雰囲気であった。

 あまり表情の変化は感じられないが、六道寺綾音の声音が震えているようにミリアには思えた。


「それはあんたらが弱かったからだろう」

 ミリアは言う。

「姫様……」

 隣に座るマーズがミリアの太ももを抑えてたしなめる。

「そうですわね、言い過ぎましたわ」

 言葉では謝るがミリアの口調はどこも悪びれるものではなかった。


「そうですね。ミリア姫様の言う通りかも知れません。単刀直入に申します。ミリア姫様がたに私どもを助けていただきたいのです」

 六道寺綾音はおかっぱ頭を下げる。


 マーズは隣に座り、あらかた料理を平らげたミリアを見る。ミリアは店員を呼び、モンブランとミルクティーを追加で頼んでいた。

 運ばれてきた料理を遠慮なくミリアは食べている。

「よろしくてよ。わたくし、しばらくこちらにいる予定ですの。あなたにはすでにお世話になっているようですし、力を貸しますわ。その別の世界というのも気になりますわね。わたくしこちらの世界ではインフルエンサーなるものに興味がありますの。だからその合間で良ければですけどね」

 ミリアはモンブランをペロリと平らげ、そう言った。


「ええ、それではよろしくお願いします」

 どこか安堵した様子の六道寺綾音であった。

 

 

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