その時が終わるまで僕らはこのSNSに集うだろう
安佐ゆう
第1話
仕事帰りの電車の中で、いつものSNSにログインする。
もう十年続けた習慣で、今日も
アキラが入り浸っているSNSはかつて、他の追随を許さない膨大な利用者を抱える巨大SNSだった。その影響力は大きく、バズった投稿がこれまで何度となく世論を動かした。
だがそれは意外なほどにあっけなく衰退し、今まさに終焉を迎えつつある。
きっかけはたった一人の男。
男は持てる力を思う存分使い、ただ素直に自分の理想を貫こうとした。しかしその理想と現実は程遠く、多くのユーザーはSNSを見限った。
たび重なる不具合。回を重ねるごとに使いにくくなる仕様。
多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーたちはやがてその戦場を別の場に移していった。その流れは止まることなく、その他の多くのユーザーたちもまた新しいSNSを探し旅立っていく。
アキラだって何度も移動を考えた。
けれど実際のところ、この十年というもの、アキラがバズったことなど一度もない。たまにボソボソと呟く内容にイイネと反応をくれるのは、日頃から交流のある数人の友人たちだけだ。
そして利用者が激減してしまった今でも、その友人たちは変わらずアキラの呟きにイイネと反応してくれる。
だったらここで良いじゃないか。
いっそ、その最後の時まで僕らはこの場で、このSNSの終焉を見守ろう。
友人たちと作ったDMの中で、そんな話題がもう何度となく繰り返された。
今日もアキラはログインしてすぐに、DMを開く。
荒れ果てたTLと違い、DMは今日も暖かい。
そこでは、大抵いつもいるモブリンさんと、仕事が早く終わったらしいeco熊さんの会話が続いていた。
「いったいこれ以上何をやりたいのか」
「分からないけど、今日は寝るわけにはいきませんねぇ」
「あ、アキラさん、おつかれー」
「お疲れさまです、アキラさん」
アキラのログインを察して二人が声をかけてくれた。
肩の凝らない気楽な会話が嬉しい。
「ありあり。何かあったん?」
「今日、ここで何か重大発表があるんだって」
「ついにサ終かもしれません」
「ええ!?」
「お昼頃に、ここの公式が『東京時間22時に重要な報告があります』って思わせぶりな投稿をしたんです」
最近ではもう全然TLを追いかけてもいなかったアキラには、寝耳に水の事態だ。いや、比較的情報通のモブリンさんも、詳しいことは何も知らないらしい。ということは、また何かトップの思い付きでいきなりシステムが改悪されるのか。
まさかeco熊さんが言うようにサ終という事はないはずだ。
いくら衰退したとはいえ、まだこのSNSにはアキラと同じように細々と活動しているアクティブユーザーが数百万人もいる。
最盛期には十億を数えたユーザー数だったことを思えば寂しい限りだが、それにしてもまだまだ十分大きなSNSだと言える。今は遠ざかっているユーザーだって、何かのきっかけでまたここに戻ってくるかもしれない。
「あ、電車着いた。家に帰ったらまた!」
「おつー」
「気を付けて帰ってくださいね」
アキラは歩きながらざっとTLを見返した。
今日の公式の発表は かなりのニュースになったらしい。TLはここ最近になく賑わってる。
予想の第一候補はトップがここを他企業へ売却するというものだった。
続いて、サ終。さらに大型メンテナンスの可能性などが挙げられている。
どれであっても、今より状況が良くなる予感もない。
「やっぱり、もう最後なのかな……」
アキラは重たい気持ちを抱えながら家へと帰った。
途中で買ったコンビニ弁当で簡単に晩御飯を済ますと、パソコンの電源を入れる。
モニターに散らばっているアイコンの中から、いつものようにSNSを選んで開く。
「おかえりー」
「ただいまー」
「早いですね」
「発表が気になって急いで歩いた」
「だよね。気になる~」
マグカップに入れたコーヒーをちびちび飲みながら、他愛もない話で時間をつぶす。
気心の知れた友人と過ごすDMは心地よい。
どうかこの時間がもっと続きますように。
祈るような気持で、アキラは別ウインドウに出したTLを眺めていた。
時計がちょうど22:00を示した時、流れていくTLの中に目立つ投稿が現れた。
公式だ。
TLも、そしてアキラが見ていたDMも一瞬動きが止まる。
皆が手を止めて、公式の投稿を読み取ろうとしていた。
アキラもまた、じっくりと発表を読んだ。
『今までこのSNSをずっと愛して、今日もまたここに集まってくれた諸君、どうもありがとう。この瞬間に世界は新しい時代を迎えるだろう。諸君こそがその先駆者となる。ここで今、私から一つの提案がある。一年間かけて私が取り組んでいたのは、このSNSを全く未知の別の世界、異世界に繋ぐという事だ』
「異世界!?」
部屋で思わず声をあげてしまうアキラ。
自分は何かとんでもない場面に遭遇しているのではないだろうか。
好きで読んでいた漫画の冒頭の、あのシーン。ごく普通のありふれた青年を、神が異世界へといざなう、すでにテンプレと化した有名な設定。
期待とほんの少しの不安で、アキラの鼓動はテンポを速めた。
『その為に、多くのシステムの変更が必要だった。使いにくくなった機能もあるだろう。にもかかわらず今もここに集まってくれる諸君。諸君こそが新しい世界への先駆者にふさわしい。私からの提案は、異世界へと赴いてそこで諸君らのスキルを存分に発揮してもらう事だ。ここにリンクを貼っておく。異世界への扉を開けようとする者達よ、検討を祈る』
信じられない提案だった。アキラは公式の投稿を三回読んだ。
いや。冷静に考えれば、ただの新しいサービスへの誘導にすぎないんだろう。それは間違いない。
けれど魅力的で心躍るサービスになりそうだった。
「どうする?」
モブリンさんがDMで話しかけてきた。
それをきっかけに、DMが一気に流れる。
今日は珍しく五人も集まっているようだ。みんなが公式の発表のためにログインしたんだろう。
「新しいSNSに移れってことですよね?」
「そう思う」
「今さらここを離れるのもなあ」
「でもこの調子なら、ここにいる全員がそのまま移動するんじゃない?」
TLも同じように流れ始めている。リンクを踏むかどうか迷っている声もあるが、もうリンクを開いた人のほうが多そうだ。飛ぶように流れていく『#俺は異世界に行く』というタグ。
「まあさ、新サイトに登録したとしてもここをやめるわけじゃないしな」
「そうですね。嫌なら戻ってくればいいだけですし」
「いこっか」
「だねー」
全員、とりあえず登録してみるという事になった。
もちろんアキラもだ。
ドキドキしながらリンクを踏むと新しいウインドウが開き、ごく普通の登録画面が現れた。ほんの少しだけがっかりする気持ちを抑えて、いつものように規約を読み飛ばし、同意のボタンを押す。
同意ボタンから染み出すように黒い闇が画面に広がった。凝った演出だが、それを見ている者はいない。アキラはすでに気を失ってその場に倒れていた。
◇◆◇
広い執務室の中で、男はパソコンを閉じた。
新しいサイトへの登録者はとっくに百万人を超えている。上がる一方の数字は、もう推移を見守る必要もないだろう。
「素晴らしい手腕ですね」
男の背後から声が聞こえた。
さっきまで誰もいなかったはずだが、今はもう驚くこともない。
「最初に言っただろう。百万人の契約者など簡単なことだ」
「まあ、契約書を細部まで読む人は今も昔も少ないですがね。それにしても概要はきちんと伝えて了解を取るという手順があるのです。一気に百万人の魂の契約が取れるなど、この五千年の歴史のなかでさえ、そう何度もありませんでしたよ」
振り返った男の前には、闇を固めたような人型があった。その声は男か女かもわからず、輪郭もはっきりとはしない。
それが何者か、というのは男には興味のないことだ。男はただ、自分のできることを試したかった。
「異世界に百万人の魂を送るという契約は果たしたぞ」
「ええ、確かに。厳しい環境で摩耗して魂が減り続けている異世界に、新しい魂を送り込むという契約。たった今、二百万人を越えましたよ。概要を伝えて契約書にサインさせるという面倒な手段は、我々にとって困難な課題でした。まさかこんな方法で簡単に異世界へ行く魂が集められるとは」
「悪魔の苦労など知ったことではないが、請け負った以上成し遂げるのが私の信条だ」
「さすが、私の見込んだ人間です。では約束の品をここに」
人型の闇は消え、床にこぶし大の紅い珠が二つ置かれていた。
「二百万人超えたから二つか。さすが契約に縛られる悪魔、律義なことだな」
異世界で魔石と呼ばれるその珠は、この世界でとてつもないエネルギーを生み出すことができる。男は無造作にそれを掴んで、デスクの上に置いた。
男が次に自分に課すのは、この珠を使って何ができるかを考える事だ。
すでにいくつかのアイディアがある。
だがそれを表情に出すことはない。
表情とは、誰かと想いを共有するためにある。男にそんな相手はいない。ただ思いついたアイディアを、自分一人で、一番確実な方法で実行する。
次もまた、確実に。
【了】
その時が終わるまで僕らはこのSNSに集うだろう 安佐ゆう @you345
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます