あーちゃんのおつかい
香久山 ゆみ
あーちゃんのおつかい
「にんじん四本買ってきてくれるかな」
「うん!」
ママに頼まれて、あーちゃんは買い物袋をさげてはじめてのおつかいに出発しました。いつもママといっしょに行く八百屋さんまで。家からすぐ近くなので、あーちゃんは自信満々でマンションの階段を下ります。
「にんじん四本、にんじんにんじんにんじんさん、にんじんさんぼんにんじんさん」
鼻歌を歌いながら八百屋さんに到着しました。
「こんにちは!」
元気いっぱい挨拶すると、八百屋のおばさんも「あーちゃん、こんにちは」と挨拶してくれます。
「にんじんさんください!」
「あら、一人でおつかいかしら。えらいわね」
おばさんに褒められて、あーちゃんはえへへと笑います。
「にんじん何本いりますか?」
「えーと、にんじんさん、ぼん、に? さん? えーと」
歌っているうちに、何本買ってくるように頼まれたのか、忘れちゃいました。
「あら、忘れちゃったの。あーちゃんのおうちはいつも三本だから、きっと三本じゃないかしら」
おばさんが助け舟を出してくれます。
「うーん?」
「きっとお母さん三本って言っていたでしょう」
「うん……」
そうして、あーちゃんはにんじんを三本買って帰りました。
「ただいま」
「おかえり。……あら、にんじん四本頼んだけれど、三本しかないね。あーちゃん、忘れちゃった?」
そう言われて、あーちゃんはもじもじとうつむいてしまいました。
はじめてのおつかいで、せっかくママに褒めてもらえると思ったのに、失敗してしまったのです。とてもかなしくなりました。あーちゃんはもうおねえちゃんだから、ママにいいところを見せたかったのです。
妹のちいちゃんが生まれてから、ママもパパもちいちゃんのお世話にかかりきり。最近なんて、ちいちゃんにだけ特別のスープを作ってあげているんです。あーちゃんはほんの少しだけさびしいけれど、おねえちゃんだから我慢しなきゃなりません。
ちいちゃんはまだ赤ちゃんだから、哺乳瓶を投げたり、ミルクを飲んだあとげえ吐いたり、夜中に泣き出したりします。だから最近のママはお疲れさまです。あーちゃんまで赤ちゃんみたいにわがまま言うわけにはいきません。
そこで、あーちゃんはお手伝いをして、「さすがおねえちゃん」ってママに褒められたかったのです。けど、失敗しちゃった。
「今日はにんじん三本でも大丈夫だよ。あと一本は別の日にするから」
ママはそう言ったけれど、あーちゃんは悔しくて泣きそうでした。けれど、あーちゃんより先にリビングからちいちゃんの泣き声が聞こえて、ママはちいちゃんの方へ行ってしまいました。
別の日に、またおつかいを頼まれました。あーちゃんは張り切って注文しました。けれど、「たまねぎ」を頼まれたのに、間違えて「ながねぎ」を買って帰ってしまいました。
また別の日にはトマトを買ってくるように頼まれて、今度こそ間違いなく買えました。けれど、帰り道にスキップしていたら転んで、べちゃんとトマトは潰れてしまいました。
おつかいはなかなか上手くいきません。次こそは。あーちゃん気合いが入っています。
頼まれたのは、また「にんじん四本」。
「にんじん四本、にんじんさん四本、にんじんさんよんほん」
あーちゃんは慎重に八百屋さんまで行きました。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。」
元気よく挨拶します。
「にんじんください!」
「はいよ。にんじんさん何本?」
「にんじんさん、さん……?」
急にあーちゃんは不安になりました。にんじん三本だったかな。いや四本だったはず。もしかしたら二本かもしれない。
どうしよう。頭を抱えて空をあおぎました。するとちょうどあーちゃんのマンションのベランダが見えました。ママがこちらに手を振っています。指を四本立てて。あーちゃんもママに向かって指を四本立てました。ママは「うん」と頷きました。
「にんじん四本ください!」
あーちゃんはにんじん四本買って家に帰りました。
一本はちいちゃんの離乳食のスープになって、二本は夕ごはんのシチューの具になります。
残りの一本を使って、ママはにんじんケーキを作りました。
「はい、どうぞ」
あーちゃんの前に、ケーキのお皿が差し出されます。
「ちいちゃんにも分けてあげる?」
「ううん。これはあーちゃんのための特別なケーキだよ」
ママは言いました。それで、ちいちゃんが寝ている間にこっそり二人でにんじんケーキを食べました。すこし大人の味がしました。
「あーちゃん、最近がまんしてないかな」
ケーキを食べ終えたママが言います。
「だいじょぶ」
あーちゃんは、唇を結んで首を横に振りました。
「そっかあ。ママはがまんしてるよ」
「え?」
あーちゃんが顔を上げると、ママはにこっと笑いました。
「あーちゃん最近甘えてくれないね。ママはあーちゃんのことぎゅうってしたいのに」
「ほんと? でも、ママ疲れているでしょ」
「本当だよ。疲れているからこそ、ぎゅうっとしたらあーちゃんから元気をもらえるんだよ。あーちゃんはママとぎゅうっとしても元気が出ないかなあ」
「出る!」
ママの胸に飛び込むと、ぎゅうっと抱きしめてくれました。ミルクと甘いケーキのにおいがします。
「ねえ、ママ」
「なあに」
「にんじんケーキの作り方、教えて。ちいちゃんが大きくなったら、作ってあげるの」
ケーキの作り方も教えてあげるし、いっしょに買い物についていってあげよう。あーちゃんはそう思ったのでした。
あーちゃんのおつかい 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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