17歳の俺へ

神楽耶 夏輝

第1話

 17歳の俺へ


 教室の一番後ろ。

 窓際の席に座る俺!


 居眠りばっかりしてないで、ちゃんと授業を受けろ。

 お前が居眠りばっかりしていたせいで、三十年後の俺に多大な迷惑が掛かっている。

 国語も数学も物理も社会も英語も、記憶が義務教育で終わってるぞ。

 けどまぁ、あまり心配するな。

 大して勉強はできなくても、社長になれた。


 子供の頃から友達を作るのが得意だったな。

 その調子で友達を大事にしろ。

 お前の財産は、友達だ。


 そして――


 窓から隣のクラスの体育の授業を盗み見ばかりしてた俺。

 もっとよく見とけ!

 唯一の取り柄である両目2.0という驚異の視力を生かしてその眼に焼き付けろ。

 学校で一番輝いてたすみれちゃんの姿を。

 決して忘れないように。


 白い体操服からうっすら浮かび上がる下着の線。

 半袖からすらりと伸びる真っ白い腕。

 揺れるポニーテール。

 太陽にもまけない眩しい笑顔。

 口の端からのぞく小さな八重歯。

 控えめな笑窪……


 全てがお前の宝物になる。


 高二の冬休みに入る前、お前は菫ちゃんに告白するんだ。

「クリスマスを一緒に過ごさないか」

 という、なんともイタいセリフと共に。

「お前が好きやねん! 一生一緒にいてくれや。一生お前だけを愛してる」

 と、関西人でもないのに、流行りの歌を真似てな。


 そして見事にふられる。


 でも、心配するな。


 その十年後。


 お前は菫ちゃんと結婚する。


 二十歳の成人式。

 同窓会で再会した菫ちゃんは、どえらい美人になっていて、お前は二度目の告白に成功するんだ。


 それから七年という長い春を経て、盛大な結婚式を挙げる。

 ウェディングドレスを着た菫ちゃんは世界中のどんなお姫様よりも、セレブ女優よりもきれいだぞ。


 心配するな。


 お前の、あのクソダサい告白以来、菫ちゃんはお前の事がずっと気になってたらしいぞ。

 やったな! 俺!!


 振られても腐らずに菫ちゃんだけを想い続けた甲斐があったってもんだ。

 菫ちゃんは絵に描いたようないい嫁さんで、常にお前を支えてくれる。

 気難しい親父やおふくろとも上手くやってくれる。


 30歳で会社を立ち上げる事ができたのも菫ちゃんのお陰だ。


 料理は少々苦手な菫ちゃんだが、決して文句は言うな。

 出された物は感謝して残さず食え。


 威張るな。

 驕るな。

 浮気は絶対にするな。

 菫ちゃんを泣かせるような事はするな。

 できれば子供を作れ。

 菫ちゃんにそっくりな女の子がいい。


 なぜなら、結婚して五年目に、菫ちゃんは病気になってしまい、32歳の若さで死んでしまうんだ。


 喧嘩した事。

 泣かせた事。

 傷つけた事。


 お前は、そんな事ばかりを思い出しては胸を掻きむしる。


 けど、心配するな。


 ずっとお前の心の中には、菫ちゃんだけだ。

 人生でただ一人。

 一生愛すると誓った言葉を、お前はちゃんと守り続けている。


 これからもずっと。


 菫ちゃんはお前の心の中で生き続ける。


 もっとたくさん抱きしめればよかった。

 もっとたくさん愛の言葉を伝えればよかった。


 そんな後悔を、決してしないように、二人の時間を大切にするんだぞ。


 47歳の俺から、17歳の俺へ。



 了

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17歳の俺へ 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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