【ホラーショートストーリー】彼女の影、あるいは世界の裂け目から戻った少女

藍埜佑(あいのたすく)

【ホラーショートストーリー】彼女の影、あるいは世界の裂け目から戻った少女

 もし地獄があるなら、その入り口はこの町にある高校のロッカーの一つだとわたしは思う。その高校で起きたことは、いわば「腐敗した奇跡」だった。この世界の裂け目から、死んだはずの麗奈が戻ってきたんだ。

 麗奈はある冬の凍てつく朝に自らの命を絶った。みんながベッドで温かい夢を見ている間に、彼女は学校の体育倉庫で青白い息を最後に吐き出した。それから四ヶ月が経過し、悲しみは静かな追憶へと変わりつつあった。

 それが、今年の春、彼女が普通に校門をくぐってきたんだ。新しいジーンズをはき、彼女の大好きだったピンクのバックパックを担いでね。

 彼女の口許は以前と変わらず、控えめながらも誰にでも明るい笑顔を向けた。

「おはよう」

 いつもと同じ声で彼女は言った。

 あたしは言葉を失くし、ただその場で彼女を見つめた。麗奈は優しく微笑んだ。

 講堂で朝のミーティングが行われる音が、遠く霞むようだった。

 何かが違っていた。みんな麗奈が死んだことを忘れているようだった、彼女の存在に気づきながらも。先生も、生徒も、彼女の親や親友さえ、彼女を見て笑顔を返すだけ。

 あたしの思考は混乱した。

 突然、疑念が湧き上がった。

 この麗奈はいったい誰なのか?

 それともわたしの方が気が狂っているの?

 決意を固め、掴んでいた教科書を机に叩きつけ、あたしは彼女に向かって叫んだ。

「麗奈、あなたは死んだんじゃないの!?」

 周りが静まり返った。彼女の笑顔のままだった。

 それに反して辺りの空気は冷え切っていった。

 麗奈の目があたしを見据えたとき、あたしは知った。

 彼女の瞳には、この世のものとは思えない深遠な暗闇があった。

「あなたたちは忘れようとした。でもわたしは忘れない。わたしは、あなたたちがどれだけわたしを愛し、そして憎んでいたかを感じていたいだけ」

 彼女は静かに言った。

 その声は掠れていて、同時に多くの声が混ざっているかのように聞こえた。

 その場にいたみんなの記憶が吹き飛ぶような感覚に襲われ、突如、麗奈が死んだことを思い出した。教室中がパニックになった。

 わたしたちは悟った。この麗奈は、わたしたちが抑え込んでいた罪悪感と悲しみから生まれた、影なのだと。

 彼女の笑顔、彼女の動作、彼女の声は、わたしたちが忘れたくない過去の名残り。

 真実を受け入れたとき、麗奈―いや、彼女を模倣した存在は、微笑みながら消えていった。


 だがあたしは今も、彼女がどこからか私たちを見ている気がするのだ。


(了)

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【ホラーショートストーリー】彼女の影、あるいは世界の裂け目から戻った少女 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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