10 光源氏のここまでの人生をまとめてみたらクズ男すぎる

 光源氏は12歳で葵の上と結婚する。

 17歳、雨夜の品定め。葵の上の兄である頭中将たちと「中の品(=中ぐらいの身分)の女がいい」などと語らう。

 この年は、葵の上のほか、空蝉、軒端荻のきばのおぎ、夕顔、六条御息所。さらに藤壺への片想いを同時並行した。

 雨夜の品定めの後、有言実行で空蝉の君をくどき落とそうとするが失敗。代わりに空蝉の義理の娘にあたる軒端荻の君と枕を交わしてしまう。この頃、既に六条御息所には通っていたのだが、夕顔の君のもとにも通うようになった。夕顔を連れて廃院に出掛けて逢瀬を楽しんだ際、物の怪に襲われた夕顔は亡くなってしまう。

 光源氏、18歳で通った相手は、葵の上、六条御息所、末摘花すえつむはな源典侍げんのないしのすけ

 末摘花は醜女。源典侍は50代後半の老女だった。それでも、光源氏は彼女たちを見捨てることなく、その後も交流を続けていく。この辺りが、他の好き者とは違ういい男としてもてはやされる長所のひとつらしいのだが、私にはよく理解できない。

 空蝉や軒端荻とも引き続き文は交わし続けていたようだ。

 文での交流が続いていたといえば、朝顔の姫君もその一人に数えられるだろう。

 この年の大きな出来事と言えば、北山での若紫との出逢いだ。後の紫の上、つまりはヒロインと出逢いという重大事件が起きるのが光源氏18歳のときのことだった。

 さらにもうひとつの重要な事件が、藤壺女御との密通。18歳にして義母であり天皇の后との不義密通を成し遂げているのである。

 そして、藤壺が光源氏との子である後の冷泉帝れいぜいていを産んだのは、源氏が19歳のときだ。藤壺は、この皇子を桐壺帝の子として育てることにした。光源氏と藤壺は、自らが犯した罪の大きさに怖れおののき続けることとなる。

 しかし、このようなことがあったからといって、光源氏の色好みが自粛されるわけではない。いや、むしろまったくこりない。

 光源氏、20歳。政敵である右大臣の娘である朧月夜おぼろづきよの君と出逢う。

 もちろん、葵の上はじめ六条御息所との関係も続いているし、若紫は二条院に住まわせているし、藤壺への横恋慕も続いている。

 そもそも、朧月夜と出逢ったのも、藤壺の殿舎に忍び込もうとしたがこちらはきっちりと戸締まりされていて入れなかったのがきっかけである。


 頭の中でざっくり整理してみたが、どう考えても乙女ゲームの正ヒーローではない。むしろ女の敵。

 藤壺のことが好きすぎて、同じような手の届かない高貴な女性に惹かれてしまうのだ――なんて説明をされることもあるけれど、攻略し難い女性を自分のものにして悦に入っているろくでもない男にしか見えない。

 そして、今現在。六条御息所が生霊として葵の上に取り憑いているのだとしたら、光源氏は22歳で六条御息所は29歳。懐妊中の葵の上は26歳。

 目の前に座る六条御息所は、光源氏の7歳年上の29歳だから、今はちょうど私と同い年ということになる。

 この奥ゆかしさと落ち着き――どう見ても私より年上にしか見えないけれど、同い年なのだ。


 同い年の女性だと思えば、親近感も湧く。

 私なんて、子どももいないし未婚だ。今は、彼氏すらいない。六条御息所も、まだまだ幸せを掴んでもいい年齢だと思う。

 こんなところでろくでもない男につかまって、人生を無駄にしている場合ではないのではないか。

 ――いや、これはあくまでも私の意見だから、やはり六条御息所本人の意見を聞いた方がいいだろう。

 そして、六条御息所の望むシナリオに書き替えるのだ――私の能力で、もしそんなことができるのなら。


「あの……不躾で大変失礼ですが。六条御息所様は、やはり光源氏の君のことを慕っていらっしゃるのですか? 光源氏の君の北の方になることが幸せだと思っていらっしゃるのでしょうか?」

「……っ……」


 尋ねた瞬間、六条御息所の扇からはみ出た額の部分が朱に染まる。


「いえ、あのっ……そんなことは無理だとわかっているのです。あちらには、ご懐妊中で大事にされている方もいらっしゃいますし」


 葵の上のことだろう。


「ええ、存じ上げています」

「ですから、我が姫宮が斎宮に卜定されたこの機会に、共に伊勢に下ろうかとずっと悩んでいるのですから……」

「ええ、そうですよね」

「やはり、あなたは神様……すべてわたくしの考えなどお見通しでいらしたのですね」

「ええ、まあ……知ってはいるのですが」


 「葵巻」の冒頭、葵祭が始まる前から既に六条御息所は伊勢に下向しようかどうしようかと悩んでいることが描かれていたから知っているだけに過ぎないのだけれど。

 だが、しかし――物語ではこの後、生霊となった六条御息所が葵の上を取り殺してしまう。

 だから、実は正室の地位はこの後、少し空くのだ。

 実際には、手元で育てていた若紫と新枕を交わし、北の方同然の扱いをするようになるのだが。

 六条御息所を正室にするというシナリオに書き替えられないことはない。


 とはいえ、誰かを正室にすれば他の誰かが泣くことになる。

 一夫多妻制というのは、そういうシステムだ。

 六条御息所がヒロインになれば、紫の上が脇役になる。――実際、紫の上は晩年、女三の宮の登場によって、確たる正室としての地位を奪われることとなる。後見となる実家もなく子どももいない女性の地位など、しょせんその程度のものなのだ。そして、正室に据えられた女三の宮も決して幸せになったとは言えない。むしろ、さらなる地獄へと突き落とされるのだが……。


(――これ、幸せな女性なんて存在しない物語なんじゃないのかな)


 私がどうしたものかと一人悩んでいると、目の前に座る六条御息所も、「う~ん」と悩んでいる。


「……娘と共に伊勢に下った方がよいことはわかっています。しかし……あの日のことを思い出すと何とも悔しくて……」


 六条御息所は、再び葵祭で受けた狼藉のことを思い出しているらしい。

 その途端、六条御息所の姿が半透明になり揺らいだ。

 これは、もしかして魂があくがれ出るという瞬間――!?


「っ……、ま……お待ちくたさい、六条御息所様!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六条御息所、『源氏物語』よりあくがれ出でて悪役令嬢に転生する 中臣悠月 @yukkie86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ