9 シナリオライター、六条御息所との脳内会議室を作り会話を始める

 ここは、『源氏物語』の世界ではなく、私が書いていた『源氏物語』ベースのゲームの世界なのか?

 『源氏物語』の作者の意図からはずれたところで、私はシナリオライターとして機能できるのだろうか?

 半信半疑ながら、私はキーボードを叩く。


 話しているうちにその気になってきて、自分にも運命を書き替えることぐらいならできるような気がしてきたのだ。

 テンプレ通りには進んでいないものの、異世界憑依もののストーリーなら、さすがにそれぐらいのチート能力は付与されているだろう。


   ◆


//背景:脳内会議室

※登場人物と私が話し合える架空の場所。

六条御息所の部屋の差分・色違い※


【地の文】

「──それは、とある昼下がりのこと。

御簾に囲まれた薄暗い部屋の中で、六条御息所と私は向かい合って話していた。」


【地の文】

「目下の議題は、今後、六条御息所がどうやったら幸せになることができるか、だ。」


【私】

※立ち絵IN・衣装は六条御息所と色違い※

(六条御息所は、やはり光源氏を自分につなぎとめておきたいのかしら? それが彼女にとってはハッピーエンドなの?)


【私】

(伊勢へ下向する運命は回避して、光源氏と幸せになりたいと思っているのかしら? でも、それで本当に幸せをつかめるの……?)


【私】

(私は、彼女には幸せになってほしいのに──)


   ◆


 最初の地の文を入力し終わるのとほぼ同時に、これまでいた部屋とよく似た異空間――脳内会議室が誕生する。

 六条御息所にとっては、突然、目の前に私が現れたように見えたことだろう。六条御息所の体に宿っていた私にとっても、同様である。

 私たちは別々の存在となり、部屋の中で向き合うようにして座っていた。


「あっ」

「っ……」


 私の目の前には、六条御息所とおぼしき、美しい女性。

 切れ長の瞳は涼やかで、知性が溢れている。


「あなたが、しなりお……らいたあ様でいらっしゃるのですか?」


 六条御息所の瞳が一瞬大きく見開かれた。

 次の瞬間、彼女は私の目の前で深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかります」

「や、やめてください、そのようなことは……どうか顔をお上げください」

「しかし……」


 六条御息所にしてみれば、先ほどから頭の中でしゃべっていた人物が、突然、目の前に実体化したのだ。

 しかも、先ほどからの会話の流れもある。

 このような奇跡を目の当たりにしたら、私のことを神だと信じ恐縮してしまっても仕方ない。


(――ああ、神だなんて言うんじゃなかった……)


 後悔しながら、急いで訂正を付け加える。


「ええと……お願いですから、そんなにかしこまらないでください。私のことは神の使いのようなものだと思っていただけるとありがたいのですが。そうですね、お稲荷様の狐や春日大社の鹿のようなものだと考えていただければ」

「そうなのですか? しかしそう言われてみますと、確かに神様がそうたやすく人間の前に姿を現すなどしませんわよね」

「そう、そうなのです。だから、どうかお顔を上げてください。私なんかに、そんなもったいない……」

「はい、わかりました。あなた様がそうおっしゃるのであれば……」


 六条御息所は、顔を上げると同時に優雅な動作で素早く扇を開き顔を隠した。


(なんだか思っていたよりも素直な方――。身分もプライドも高いと描かれていたから、もっとツンケンしたところがある人なのかと思っていたけれど。これが育ちの良さなのかしら)


 六条御息所は、生霊としてほかの登場人物を殺してしまうので、どうしても怖いイメージがある。それこそ、悪役令嬢的がバージョンアップしたような怖さだ。


(でも、六条御息所の場合は意識していじめたわけじゃなく、全部、無意識のうちに魂が抜け出ただけなのだものね。うん、やはり悪いのは光源氏。ちゃんと愛してくれるヒーローがいれば、こんなことにはならなかったはずよ。光源氏がちゃんと愛してくれていれば……、あるいは最初の夫で大切にしてくれたという前東宮が早く亡くなるようなことがなければ生霊になどならなかったはずだもの。彼女には、やはり幸せになって欲しいと応援したくなるわ)


 六条御息所――彼女と光源氏との出逢いの場面は『源氏物語』にはっきりと描かれてはいない。

 六条御息所とおぼしき人物が初めて登場するのは、「夕顔巻」。

 その冒頭に「六条わたりの御忍び歩きのころ」と書かれていて、光源氏は夕顔君と出逢う前から既に六条御息所のところへ忍んで通っていたことがわかる。

 このとき、光源氏は17歳。現代なら高校生である。

 六条御息所の年齢は諸説あるが、「賢木巻」の記述が正しいなら源氏より7歳年長となるので24歳。


 異なる年齢が書かれた箇所もあるため、六条御息所の年齢について論文でまで議論がなされているけれど、これは単なる間違いだと私は思う。

 現代は表計算ソフトもワープロソフトも普及しているから、プロットとキャラの年齢をきちんと整理しておくことができる。しかし、『源氏物語』が書かれたのは紙と筆しかなかった時代である。

 しかも、主人公の光源氏が亡くなってからも続編が続く。人の一生よりも長い大長編物語だ。それぐらい間違えても仕方ないし、私ならもっといろいろ間違えている自信がある。

 ――いや、胸を張って言うことではないが。


 さて、光源氏と六条御息所のことに話を戻そう。

 二人が出逢ったのは、17歳と24歳。

 24歳――現代ならば、大学を卒業し会社に入ってそろそろ仕事にも慣れてきたという人が多い年頃だろうか。

 六条御息所は、16歳で前東宮さきのとうぐうの妃となった。17歳で、姫宮を産む。後の秋好中宮あきこのむのちゅうぐうである。そして、20歳で東宮と死別する。

 20歳で未亡人。しかもシングルマザー。

 そして、24歳のときには17歳の光源氏との交際が始まっていたということだ。

 六条御息所という人物は有名だから以前からなんとなく知っていたけれど、年齢までははっきりと知らなかった。勝手に自分よりずっと年上の妙齢の未亡人をイメージしていたのだが、今回、シナリオを書くにあたって調べてみて驚いた。

 思っていたより、全然若いのである。

 いや、光源氏が17歳で飛ばしすぎといったところだろうか。


 私は頭の中で光源氏のここまでの女性遍歴を振り返った──。


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