8 シナリオライター、六条御息所から神様扱いされて……え、本当に何か能力が覚醒したの?

 現代なら、何者と問われたらここで名を名乗るのが筋だと思う。しかし、おそらくこの時代の文化を考えれば、名前を求めているわけではないだろう。

 そもそも実名を呼び合う文化はなかったはずだ。

 お互いの役職で呼び合うのだ、と。資料にはそう書いてあった。

 だから、私も自分の職業を答える。

 そして、この世界の外からやって来たのだということを告げた。あえて「物語」だとは口にしない。


 あなたは『源氏物語』という物語の中の登場人物、架空の人物だと伝えるのは、なんだか酷なことのような気がしたのだ。本人は、この世に生きて存在していると信じているのだから。


「しなり……お……らいたあ様でいらっしゃいますか? よく存じ上げないのですが……、そもそも世界の外というのは、いったいどういう意味ですの? この国の外、たとえば白楽天に詠われる楊貴妃がいらしたからの国ですか? それとも、お釈迦様がいらっしゃった天竺てんじくの国ですか? あるいは、極楽や地獄のような場所という意味なのでしょうか?」

「そうですね……私は、外からずっと六条御息所様や源氏の君のことを見ていたと言いますか。そういう意味で世界の外と言ったのですが」

「ということは……もしや、天界から見下ろしていらしたということなのですか? あなた様は、神様か天女様……?」


 随分と大それた存在だと思われてしまっているようだけれど、物語の外からすべてを見下ろせるというのはやはり神の視点ということなのだろうか。実際、一人称ではない第三者の視点で書き進める場合は、“神の視点”と言うこともあるわけだし……。あながち間違っているとも言えない。


「確かに、神……が近いのかもしれませんね。シナリオライターとは、あなた方の運命を書き替えることのできる存在とでも申しましょうか……」


 完全に口から出まかせである。

 そんなことが私にできるかどうかはわからない。


「運命を書き替える……? それは確かに神の所業に相違ありません。そのようなことができるのなら、“近い”どころか、まぎれもなく神様ではありませんか? しなりおらいたあ様という神様のお名前を存じ上げず申し訳ございません……。きっと八百万やおよろずの神様の中の一柱ひとはしらでいらっしゃるのですね」

「う~ん、……というほど大それた存在ではないのですが。六条御息所様が苦しんでいらっしゃるのを見て、つい感情移入してしまったようで。なんとかできないかと思っていたら、体に入り込んでしまったようなのです」

「まあ、神様からそのようなご加護をいただけるとは、なんとありがたき幸せなのでしょうか。これは、やしろを建ててお祀りせねばなりません。姫宮が新斎宮に卜定されたので母であるわたくしにまで、神様のご加護が……?」

「いえいえ……ちょっとお待ちください。あの、そこまでは……」


 説明として合っているかどうかはわからない。半分は思いつきで述べただけである。

 それなのに、このままでは神として祀り上げられてしまいそうだ。

 焦って、六条御息所の言葉を否定しつつ話を変える。


「それにしても頭の中で会話するというのも、なんだか変な感じですよね」


 普通の異世界憑依もののストーリーであれば、取り憑かれた方の人格とうまくミックスするか、取り憑いた方の人格が出張って完全に主導権を握る展開になるはずだが……六条御息所の魂はあまりにもしっかりと存在していて、私と混在していく様子はない。

 先ほど、六条御息所の魂が不在のときには一瞬、彼女の記憶が流れ込んで来て、このまま二人の人格がミックスされるのかとも思ったけれど、どうやら今もまだ独立して存在しているようである。

 

 通常のテンプレ展開なら、そろそろ私が「破滅する未来を変えるためすべてのフラグをへし折るわ! 光源氏から溺愛される未来へと変えてみせる!」などと決意する場面なのだが……。今も頭の中に、二人の人間が存在しているようで、自分ではない声が聞こえてくる感じだ。

 神のお告げを聞く人は、こんな感じで自分ではない別の声を聞くのだろうか。

 ここまではっきりと六条御息所が存在しているなら、彼女の意向を無視するわけにいかないだろう。

 六条御息所に聞かねばなるまい。この先、どんな人生を歩みたいのか、と。

 彼女が望むなら、このまま『源氏物語』の原作通り、光源氏と別れ伊勢に下向するというバッドエンドを選ぶのもいたしかたないだろう。


 きちんと話し合うためにもシナリオライターとして、二人が会話をする場所を設定できないだろうか。

 そう思った瞬間だった。

 空中にパソコンのウインドウとキーボードの映像が浮かんでいた――。

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