第8話

 家に直帰した加藤はリビングのソファーに座った。早速西園から借りた本を読むために。

 その本にはこの世界の全てが記されていた。


 一つ、この世界は神によって創造される

 一つ、人間は神の保護下にある

 一つ、幸せになるために能力はある

 一つ、幸せを叶えるために神はある


 世界の始まりは一人の神と少年の出会った頃まで遡る。少年は唯一、神の存在を信じていた。それは少年が神を見ることも、神と話すこともできる存在であったから。

 そして、少年には妹がいた。その妹は蔑まれる兄の傍から離れようとはしなかった。自分がぞんざいに扱われてもずっと少年の隣に居た。


 人間は神に罵詈雑言を投げつけ、彼等は神を偽善と呼んだ。少年はたとえ知人と敵対しようとも神を見捨てることはなかった。

 しかし、少年はそんな人間に殺された。大勢に、それも無限に人間と名乗れぬような状態にされて。

 視力を失い、聴覚、味覚、嗅覚、両腕、両脚、臓器……神が次に少年を見たときには、もう人間では亡くなっていた。判別もつかないほどに少年は無限に地獄をさ迷っていた。

 ただ、神に対する祈りは忘れていなかった。その日、少年は初めて心から自分達の幸せを願った。


 『私を殺して下さい。妹と一緒に殺して下さい』


 心に直接響いた懇願。


 神は何でもできるわけではない。

 全てを叶えられるわけではない。

 

 『我は無限を創造することしかできない。殺すことなど……』

 『貴方は優しい。私の幸せをずっと願って下さった。只、私の居場所は此処にはないのです』


 神に願う哀れな少年。誰であろうと、その姿に背を向けることはできなかった。見捨てることなんて出来やしなかった。

 神は考えた。少しでもこの心優しい少年が幸せな世界で生きていくにはどうすれば良いか。


 そして神は新しい世界を創造した。少年が幸せに暮らせる世界を。しかし、少年のあの忌々しい記憶が残っていては恐怖や不安は拭えない。


 神は記憶を削除した。他の人間よりも強く在れるよう力も付与した。無限に記憶を思い出さない、無限に誰にも負けないように力一杯少年に込めて。


 少年の名は───


 「名前だけ、見えない……」


 この創造された世界、創界へ転生した少年は付与された能力を活用し、生きていた。最初と同じ、優しい笑顔で幸せに生きていた。

 しかし、少年のそんな笑顔の奥には、心配と後悔が垣間見える。取り残された妹の安否、それが原因だった。


 少年は前の世界を引きずっていた。妹のことは一日たりとも忘れたことは無かった。記憶は徐々に鮮明になっていく。少年は、今の変わった自分ならば妹を助けられるかもしれない。みんなと仲良く出来るかもしれない。そう考えた。

 そう考えた少年はすぐに行動に移した。授かった、無限の力で。


 『私は無限に妹の隣に居たいのです。そして、この世界は皆が暮らせるよう、無限に在り続けてほしい。私の犠牲の上に成り立とうとも』


 神は必死に止めた。戻ったところでまた迫害されるだけだと。もう、少年の苦しむ姿は見たくない。


 『我はもう、二度と──を失いたくはない。幸せに生きてほしいだけだ』


 少年は神に微笑んだ。それはずっと見てきた笑顔のまま。

 少年は自分の力で元の世界へ戻った。

 それから数日間、少年は地獄のような日々を味わい、妹と共に自殺した。


 『神様、お兄ちゃんに一時の幸せをくれてありがとうございます。わたしもお兄ちゃんも神様が大好きでした』


 妹は少年とこの世を去る決意を固めていた、最期の挨拶。


 『神様、お兄ちゃんだけは神様の居た世界で次も暮らしてほしいんです。わたしのことは放っておいて大丈夫です』

 『──、何歳になった?』

 『誕生日、覚えててくれたのですね。本日で12歳になりました』

 『──を我の世界に連れてくることが出来ない。生命の誕生からまだ間もないからだ、許してくれ』

 『いえ、大丈夫です。わたしは神様と兄の幸せを願っています』


 神は13歳になった少年を再び創界へ、妹は輪廻転生し再び元の世界へと生まれ変わらせた。

 元の世界で死んでしまった少年の二度目の人生は幸せに暮らせるように。再びあの腐った世界へ戻らないように。神は少年へ、元の世界では死んだ。もう戻ることは出来ないと言いきった。

 記憶の想起前は守護神として、神を崇めてくれた少年へと与えた。

 死亡原因── 能力付与──


 「今度は塗り潰されたように黒くなっている……」


 これが神と人間による、この世界の始まりである

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