第7話
「一ノ瀬兄妹と中村は休みか……まぁ、いい。それで他三人は守護神から自分の能力については聞いてるか?」
「アタシはオネイロスから聞きましたよ~。夢って言ってたかな~?」
「俺はさっき春日さんに教えてもらいましたけど……」
「そうじゃな、ワタシは大地の女神。お主の能力は大地変形じゃ」
「ヒュプノス、私は?」
「お前ぇは睡眠だな。俺は眠りの神だってこと知ってたか?」
「知らない。ヒュプノスに興味ないもん」
「ぶっ飛ばすぞ、お前ぇ!」
「おぉ……」
「いや、止めろや」
目の前で喧嘩する佐藤とオネイロスをただ見つめる加藤に代わり、秋山が二人の仲裁に入った。
教師である岬は三人の情報を記入していく。そして、次回から本格的に基礎について実践形式で対応していくと伝える。何も分からない状態で不安そうな加藤に後ろに座っていた結城がこっそり声をかけた。
「かとーくん、心配しなくてもだいじょーぶ。わたしと一緒にがんばろー、えいえいおー」
「はっ……かわいい……」
かなり近い距離に来た結城がふにゃと微笑んだ。加藤はつい口からそんな言葉が出てしまうくらいに、結城に惹かれた。
「加藤、何やってんの」
「いや、うん。何でもない」
「そっか……」
二人のやり取りが気になってつい声をかけてしまった佐藤は、加藤の様子を見て少し悲しそうに目を逸らした。
謎に恋模様が渦巻いている気がしないこともないが、とりあえず初回の授業はたった今鳴ったチャイムにより終了した。その後は通常通りに座学の授業が進んでいく。六限、佐々木による国語の授業で一日の学校生活は終了した。
異世界に転生したからといって特に生活に変化が出るわけでもなかった。それよりも全く同じと言っていいほどの普通の生活。ただ、能力や神が存在している時点で元の世界とは異なることは知っていた。
全て覚悟してここに居るわけではない。いつか、元の世界へ帰れるよう努力をしながら生きていくつもりだった。だが、今日岬から言われた言葉。自分が死んでいるということが、記憶が欠け落ちているということが、未だに信じられないでいた。否、信じたくなかった。もう、自分は向こうに存在しないのだと。帰る場所なんて、初めから存在してなかったのだと。
「はぁ……」
彼は席から立たずに黄昏ていた。加藤のついたため息は教室に入ってきた西園によって拾われた。
「何だ、まだ居たのか端くれ」
「はぁ? って、お前かよ……」
座っていた加藤は呼ばれ方に苛つきながら顔を上げた。前の扉から入ってきた西園は加藤の顔を見て少し考え込んでから、前の席である竹内の席へ座った。
椅子の背もたれを前に座る西園の姿は貴族のような高級感はなく、ただ同い年の学生にしか見えない。
「で、貴様は何に悩んでいる」
「なにお前、悩みを聞いてくれるほど優しい奴だったっけ」
「黙れ、端くれ。ただ俺様もいつの日か、こうやって話を聞いてくれたお人好しに救われたことがあったからな」
珍しく優しい目をしながら思い返す西園に対し、加藤の警戒心はいつしか薄まっていた。
「…………俺、死んでるって未だに信じられなくて」
それは、此処に来た者みんなが必ずしも通る道。信じたくない事実。
「貴様は死んでいる。この世界に来た時点でな。貴様にもこの世界の仕組みを教えてやる」
「仕組み?」
西園は黒板の前に立ち、チョークを持った。背を向け、図を書きながらも口は止めない。
「まずお前がいた元の世界、あっちで死んだ奴が転生してこちらに来るということは知ってるだろ。その条件だ」
「条件なんてあるのか?」
「死んだ奴みんなが転生できたらそれこそ神は素晴らしい存在だな! だが、神にも限度ってものがある。神の守護は個人差はあるが必ず限度がある。それがこの世界に来る住人の数と比例するんだよ」
「お前も、クラスの奴もみんな死んでるってことだよな……何でそんな普通に生活できるんだ。簡単には受け入れられないだろ」
「まぁ、此処に来てから長いからな。特に俺様と東郷は13歳からこっちに居る。最初はそれこそ貴様のような状態だったが、慣れとは怖いな」
加藤や佐藤は16歳で亡くなっている為この上谷高校からこの世界で生活しているが、他のクラスメイトは中学生で亡くなっている。綺下中学校から通っている生徒達。
「転生できる年齢にも指定があってな。13歳以上でないとこの世界に転生はできない」
「13歳以下はどうなるんだ」
「また元の世界で別人として、記憶を持たぬまま生まれ変わる。だから、一番古い奴で13歳からしか転生できない」
そう、だから東郷と西園はこの学年でこの世界で始めに来た二人。
「貴様、今の西暦知ってるか?」
「2024じゃないのか」
「馬鹿め。310年だ。この世界が創造されてからな」
「……バカは余計だろ。で、この世界は一体何が目的で作られてんだ。転生とかいらないだろ」
「都市伝説としてはある。ただ、すげぇ長いから説明は面倒くさい。貴様に説明する時間こそ無駄だ」
「あぁ、そうかよ。一瞬でも良い奴と思った俺がバカだった」
「馬鹿は合っているだろ、端くれ」
「喧嘩か?」
「つまらん。俺様は用事がある。これをやるから読んでみろ」
「何だよ、これ」
「これがさっき話したこの世界が創造されるまでの物語だ」
西園から手渡された本はかなり分厚かった。本よりも辞書といった方が良いくらいの重さと文字があった。
「西園! 君まだ残っていたんだね! 僕も今委員会が終わったから一緒に帰ってあげてもいいよ! あ、加藤くん! 君もこの美しい僕と一緒に帰るかい?」
「いや、遠慮する」
「そうかい! じゃあまた明日、僕と会えることを楽しみに!」
颯爽と登場し印象だけ残して帰っていった東郷。その彼に連れられ帰る西園は加藤に軽く手を挙げていた。夕暮れが深くなり、加藤も帰宅準備を始める。
いつしか戻ってきたレアーが加藤に寄り添うように声をかけた。
「お主、強がっておるのう」
「仕方ないだろ。強がんなきゃ、俺は……」
レアーは優しく加藤を包み込んだ。息子をあやす、母親のような目を向けて。一定のリズムで叩かれる背中は、安心を彷彿とさせる。
「寂しい気持ちは恥ではない。余程、愛情深い人間だっただけじゃ。泣いて完結出来ないくらいが、人間味を感じるものじゃ」
「会いたい、みんなに……」
加藤は周りの目など気にせず、弱音を溢した。廊下で一人佇む人影に気づけないくらいに。
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