エピローグ
黒木カズラは新幹線の車内で、そのニュースを知った。
歌舞伎町を彷徨っていた不審な女が、駆けつけた警官に鉄パイプで襲いかかり、一人が死亡。一人が重体。そして、その女は射殺されたというニュースだった。射殺された女として公開された顔写真を見て、少しの驚きと、仕方ないな、という納得が、同時に頭に湧き上がった。
片須恋は、きっと目的を果たしたのだろう。不思議と、そんな確信があった。悲しくはなかった。なんにせよ、もう彼女に会えないだろうことは決まっていたからだ。
黒木は高円寺での活動に見切りをつけ、故郷に戻ることに決めた。政府の補助を受けながらの活動は確かに安心ではあったが、それ以上に制約が多いことに耐えられなくなったのだ。丁度作画の仕事も終わり、これ以上今の編集者の元にいてもなにも生まれないと思ったこともあり、故郷で活動することにした。
どこにいても絵は描けるし、正攻法以外でも漫画やイラストを発表する方法はいくらでもある。だから、自分のこだわりを貫き続けて、必ず成り上がってやると決意した。彼女が好きだと言った、自分なりの作風で。
セレファイスで、密やかにその「葬儀」は行われた。
「
カウンターに立つ巽の瞼は、酷く腫れていた。
「きっと、恋さんは止めたところで同じ事をしていたわ」
「でも、俺が彼女を止めることができた、最後の一人だったかもしれない」
「ううん。誰が言っても、恋さんは止まらなかったと思う。だってこういうの、本人が納得しないとどうにもできないもの。それがわかっていたからこそ、あの人に武器を渡したんでしょ?」
巽は目頭を押さえた。
「好きだった奴のことを忘れるなんて、そう簡単にはできない。ましてやそいつが悪事を働いてるなら、自分で蹴りをつけたい。その気持ちが、理解できてしまったんだ。止めるべきだって頭ではわかっていたのに……」
「それは、巽さんが男女両方の気持ちをわかってしまったから。仕方ないわ、どうにもできなかった」
巽の嗚咽を聞きながら、紫は傍らのグラスに、自分のグラスを傾けた。
「乾杯」
それでも、蘇芳の気は少しも晴れやしなかった。もう過去の失言をネタに脅迫されることもなくなった。バレたら懲戒では済まないようなことも、裏で色々と面倒な調整をしてやることも、必要がなくなった。これで、やっと自由になれたはずなのに。
だから俺は、手を引けって言っただろうが。お前が悪いんだぞ。
この言葉を言うべき相手は、もうこの世のどこにもいない。蘇芳は、一人で泣いた。
意識を取り戻した
自分は結局、なにもできなかった。怪物を八つ裂きにするどころか自分が八つ裂きにされかけた上に、意識を失っている間に、全てが終わっていた。もしかしたら、自分がこうなったことで、彼女の背中を押してしまったかもしれない。
呆然としていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。開いたドアの向こうには、知らない男が立っていた。
「小田牧謳くんだね、迎えに来たよ」
「迎え……?」
「片須恋に、君のことを紹介されたんだ」
そういう男の目は、潤んでいるように見えた。
「彼女からメッセージを貰ったんだ。語学に堪能で、芸術にも造詣が深くて、面白い小説を書く若者がいるって」
そう言われてようやく、小田牧は思い出した。
「あ……約束……守ってくれたんだ……」
最後まで、彼女は自分に誠実であってくれたのだ。
小田牧は声を上げて泣いた。男は寄り添って、共に悲しんでくれた。
「君は酷い女だよ、片須」
不幸は人間に花咲く憂鬱 東城夜月 @east-moon
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