ドリームシェイカー

宇多川 流

ドリームシェイカー

 ギャラクシーポリス専用回線からの呼び出しを受けた刑事二人が駆けつけると、休眠管理センターのスタッフ二名が男をなだめていた。顔を真っ赤にした男は、周囲に並ぶ物と同型の人間大のカプセルに腰掛けている。

 周囲に並ぶ半透明なカプセルの多くには、老若男女さまざまな者が横たわり眠っていた。寿命というものが意味を持たなくなり、自分の人生の時間を自由に使う権利という概念が生まれてからは、この〈休眠〉の光景というものも珍しくない。Dポッドと呼ばれるカプセル内に横たわれば、自分で決めた時間だけ安らかな眠りを得ることも、思いどおりの夢を見ることも容易いことだ。

 静かに休眠と夢を満喫している人々の中、騒がしくわめく一人の男と、困ったような顔を向ける若い女だけが身を起こしていた。

「落ち着いて。何があったんだ?」

 刑事がIDカードを見せ付けるように近づくと少しは怒りが冷めたようだが、いかにも高価そうなスーツを着た男は唾を飛ばしながら、勢い良く突くように女を指さす。

「その女がDポッドを入れ替えたんだ! わたしは二三番のポッドに寝ていたはずだ。おかげで、予定と違う妙な夢を見たんだ」

 刑事がポッドの側面を確かめると、男のポッドには四八、女のポッドには二三と刻まれていた。

「ポッドを変更するっていうのは可能か?」

 刑事が訊くと、スタッフの一人である青年が表情を曇らせる。

「こちらは気軽に利用できる短期休眠用ですから……それに、見られながら眠るのは気分が悪いというお客さまのご要望に応えて、監視カメラも出入口付近にしかありません」

 とはいえ、物音がすれば近くのカウンターのスタッフにも聞こえるし、持ち物はすべてロッカーに預けられる。凶器など危険物や休眠に必要ない道具を持ち込むことはできないようになっていた。

「でも、女一人で大の男を自分のポッドまで運んだってのは現実的じゃないねえ」

 もう一人の小柄な刑事のことばに、男は指に繋ぎ環をはめて四八番のロッカーの鍵を揺らしながら、手を上げて言う。

「しかし、確かにわたしは二三番のポッドに寝たのを覚えている! そこで本当は、南国の島で優雅な時間を過ごす予定だったんだ。一番高級クラスの夢だ」

 夢にも値段があり、良い夢ほど高価なものだった。夢で快適な感覚などを再現するにも技術や演出のアイデアが必要であり、考案者が特許を持っているものも少なくない。男の購入した夢はおそらく、最近発売された高価な夢だろうと、刑事たちも覚えがあった。

 ところが男が実際に見た夢は、〈いつまで経っても眠れない〉夢。ポッドの外に出ると並んだ空のポッドの間をさまよい、やっと元のポッドを探し当てたところで目が覚める。

「わたし、そんな夢は購入していません!」

 女が泣き出しそうな声で叫ぶ。

「わたしが買ったのは、可愛い子犬たちと遊ぶ夢です。ポッドも移動してません」

「確かにお客さまはその夢をご購入です」

 刑事の無言の視線を受け、女性スタッフが女のことばを証明した。試しに刑事がいくつか女に質問してみると、女は一緒に遊んだ子犬の模様から、遊んだ合間に子犬たちに与えた餌のブランドから味の種類まで、かなり詳細に覚えていた。

 何より、子犬たちと戯れている光景を思い出しながら話している間のその表情は、実に楽しげで演技とは見えなかったのである。

「どう思います、警部?」

 ひと通り女の話を聞き終わると、小柄な方の刑事が同僚のコートの袖を引き壁際へと誘導する。

「どちらも嘘を吐いてるように見えないな。何しろどちらも動機がない。あの男が女を恨んでたならともかく、女も男とは初対面のようだし」

「となれば、機械的な問題ってやつですかね。Dポッドにダウンロードされた夢に異状が発生してたとか、あるいは回線にでも問題が発生してたとか」

「夢自体に問題が発生したんでなけりゃ、誰かがDポッドを捜し回る夢を所望したことになる。ウイルスかもな。しかし、現実と区別のつかない夢が見られるというのも厄介だ」

 対Dポッド用のウイルスも、滅多に問題にはならないがあることはある。問題になる場合、大抵は新作の夢が感染していた場合だ。

 刑事は背後を気にしながら、声の調子を変える。

「こうして俺たちが話しているのも夢かもしれないぞ。夢の中の時間の流れは拡大されて感じるらしいし」

「あたしは警部の夢の中の登場人物なんてごめんだ。それにそんな夢は見ないでしょ」

「確かに俺ならお前の出番は作らないな。しかしこりゃ、使いようによっては凄い兵器になるぞ。夢を操れば精神攻撃にもなるし、行動を操ることもできるし……」

 一瞬動きを止め、ふと、警部と呼ばれている刑事は振り返る。

「その二人にロッカーの鍵を渡したのは?」

 問いかけた瞬間、青年スタッフがわずかに動揺しながら名のり出た。

 警部は二三番と四八番のロッカーの中をあらためさせた。二三番からは女のバッグが、四八番からは女も知らないという小さなバッグだけが出てくる。

「わたしのバッグがない! 確かに二三番のロッカーに入れたはずだ!」

「どこにあるのかは明白ですぜ」

 小柄な刑事の目は、夢から覚めたような顔の青年スタッフにぴたりと向けられている。

「考えてみれば、それ以外あり得ねえ」

 見させる夢を都合の良いものに変えてポッドを移動したと思い込ませ、寝ている間にロッカーの中身を奪う。番号は最初はシールなどで誤魔化しておけばいい。多くの人間はそれほど番号の体裁になど注目しない――どれも管理側でなければできないことだ。

「どういうことだ?」

 わけがわからない様子でバッグを盗まれた男が目を見開く。こちらも、ようやく長い夢から覚めたような表情をしていた。

 一方の青年スタッフは、覚めただけではなく、現実の恐ろしさに気がついたかのように身を震わせている。

「こ、こんなはずでは……」

 しかし、今さら何を言ったとしても逃れる術はない。立ち尽くす青年の手首に警部が手錠を掛ける。

「もしかしたら裏があるかもしれやせんぜ」

 一応事件は解決したのだと、ほっと息を吐いた警部に小柄な刑事が注意をうながす。

 その指差す方向、カウンター越しのモニターの接続中表示に、あきらかに業務で使用しない接続先のアドレスが瞬く。

 夢へのクラックで犯罪へと誘導する〈ドリームシェイカー〉という名の組織の犯行が白日の下に晒されることになったのは、その数日後のことだった。そのための捜査に二人の刑事が貢献したことは、表向きには知られていない。



    〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドリームシェイカー 宇多川 流 @Lui_Utakawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ