冬の墓にて、ビール
古野ジョン
冬の墓にて、ビール
身を切り裂くような冬の風が、墓石の間を吹き抜けている。俺は親戚の墓参りをするため、とある霊園を訪れていた。かじかむ手で桶に水を汲み、目的の墓へと向かった。
菓子をお供えして、手を合わせた。帰ろうとすると、隣の墓に西洋人風の男がやってきた。その男は、こんな寒い日にクーラーボックスを持っている。
何をするのかと見ていると、男はそれを開けた。その中を見ると、たくさんの保冷剤の中にビールらしき缶が数本入っている。いかにもキンキンに冷えていそうだ。
男はそのうち一本を取り出し、カシュッと音を立てて蓋を開けた。そして、そのまま缶をひっくり返して墓石のてっぺんに置いた。ビールが少しずつ溢れ、墓石の表面を覆っていく。
冬なのに、冷たいビールなんか供えなくてもいいんじゃないかなあ。仏さんが可哀そうだよ。そう思っていると、男はもう一本ビールを開けた。
「Cheers!(乾杯!)」
そう言うと、男は手に持った缶を墓石上の缶にカチンと合わせ、一気にビールを飲み干した。そのままプハーッと息を吐き、缶を置いた。
呆気に取られていると、男はこちらを見た。俺の様子が不思議だったようで、話しかけてきた。
「あの、どうかしましたか?」
「いえ、こんな日に冷たいのを飲んでおられたから不思議だなと」
「アハハ、そうでしたか」
男は笑ってそう返事した。しかし、なんだってビールを供えているんだろう。
「失礼ですが、理由をお伺いしても?」
「よく一緒にビールを飲んだ友人の命日なんです。彼、私に日本語を教えてくれました」
「ご学友……ですか?」
「ええ、そうです。彼は留学中に、私の国で死にました」
わざわざ外国から墓参りにやってきたのだろうか。よほど仲が良かったんだな。
「あの日も、こうやってビールを二人で飲みました。彼は帰り道で車に轢かれて、亡くなってしまったのです」
「それでわざわざ冷えたビールを?」
「ええ、その通りです。本当は寒いんですけど、一緒に飲めるなら気になりませんよ」
寒い思いをしてまで、友のために頑張っていたのか。今どき、死んだ人間のためにここまでするのも珍しい。
しかし、よく考えると違和感がある。今日が命日ってことは、亡くなった日も冬じゃないか。それなのに冷たいビールを一緒に飲んでいた――なんて、外国の文化は分からんなあ。そんなことを思っていると、男が口を開いた。
「あなたも飲みませんか?」
「良いのですか? 水入らずのところに」
「人が多い方が、彼も喜びますから」
こんな寒い日にビールっていうのも、また一興か。
「では、ぜひ」
俺がそう言うと、男はクーラーボックスから缶ビールを取り出して俺に手渡した。受け取った缶をよく見ると、あまり見慣れぬ銘柄だ。日本のでもないし、欧州のでもない。どこのだろう。そんなことを考えながら、缶の蓋を開けた。
「あなたがたの友情に、乾杯」
そう言うと、男がしたのと同じように一気にビールを飲み干した。男はそれを見て、感謝するように微笑んだ。
「ありがとうございます。あなたのおかげで、素晴らしい命日になりました」
「それは何よりです」
「では、私はこれで。さようなら」
「ええ、気をつけて」
そして男は去っていった。俺は家に帰ったあと、あのビールがどこの国のものか調べることにした。銘柄の名前を、検索欄に打ち込む。表示された国名を見て、俺は得心した。
その国は、赤道の向こう側に存在していた。亡くなった「彼」にとって、今日は夏の日差しが照り付けるビール日和だったのだ――
冬の墓にて、ビール 古野ジョン @johnfuruno
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