燃えるつき
家猫のノラ
第1話
この身焦がして待っています。
目の前で擦られたマッチが、積まれた薪に落ちていきます。
『14人姉妹の末っ子でした。
母上や姉上全員は他の人たちと同じように赤茶色の髪に青色の目でした。なのに私は金の髪に灰の目でした。
そのせいでしょうか。私は冷たく当たられました。
お腹が満たされない。
5歳で売られました。
珍しい容姿が運良くミツルノ様の側近、イシャク様に気に入られました。
ずいぶん高く買われたようでした。母上は娘を全て売り払えた解放感そのままに、そのお金で引っ越していきました。あれから一度も顔を見ていません。
懐が満たされない。
王宮では初めは侍女として働いておりました。
お洗濯係でした。
洗う必要などないような白い服を洗い続ける毎日でした。
ある日、王立図書館という場所があることを知りました。
お洗濯係に学は必要ないからと、文字も読めない私でしたが、何故かその場所に惹かれました。
仕事が終わると、王宮に来た時に支給されたバッジを握りしめ、なるべく綺麗な格好に着替えて通い詰める毎日でした。
欠けたものを埋めるように、私は文字を覚えていきました。
脳が満たされない。
二年ほど経ち、大方の本を読むには困らない程度に文字と言葉を覚え、数学や科学を学んでいた時のことでした。
一番上の段から本を取ろうと、無理に背伸びをしていた時、背後から男の人の手が伸びてきました。
「宇宙に関する本とは、なかなかセンスがいい」
たぶんこの人は服を洗われる側の人間なんだろうなと、直感で分かりました。
教え込まれたお辞儀をすると、笑って、顔を上げよとおっしゃいました。その慣れた様子から、かなり位の高い方なのだろうと改めて思いました。
「ミツルノ様、またここにおられましたか!!剣のお稽古に早くお戻りください!!」
「今行く」
息の上がっている二人の側近にそう言ってから、私に向き直り、私の耳元まで顔を近づけました。
「明日の夜またここで。この本に関する議論をしよう」
それがミツルノ様との出会いでした。
文字や数学、科学を全て独学で学んできたことに、ミツルノ様は驚いたようでした。
「君には才能がある。私の弟子になれ。備品、お金、知識、全てをやろう」
ミツルノ様は学問に熱心な方で、弟子を探していたそうです。
「私に才能があるかは分かりませんが、もっと学びたいです。よろしくお願いいたします」
私がそう答えると、ミツルノ様は笑いました。
「知に貪欲なところが、君の才能だ」
弟子といってもミツルノ様の研究を手伝うことはほぼありませんでした。しかし何かの研究をしていたのは分かりました。
一年ほどは様々な分野を学びました。やがて私は薬学を極めていくことにしました。
不老不死の薬。
私はその研究を始めたのです。
研究はおおむね順調に進みました。
しかし、材料の採集のため、研究室を出て、フチ山脈に向かおうとした時のことです。
お洗濯係で一緒だった侍女数名に囲まれました。
殴られ、蹴られ、研究資料を破られました。
この人たちは、ひどく頭が悪いんだ、と思いました。
ある日、研究に没頭していると、ミツルノ様に声をかけられました。
「その髪はどうした?」
私はその発言に、初めて自分の髪を改めて見てみました。
一つにまとめ、ボロ布を巻いているだけでした。
「こうしていないと実験中に危ないのです」
私はそう答えました。
するとミツルノ様は、その布を取り、髪をほどき、長い指で、何やら編み始めました。
金の三つ編みができました。
ミツルノ様は、政治的役割を果たしながら、寝る間も惜しんで研究していました。
私はその行く末を、見守ろうと思っていました。
ある日、ミツルノ様は私を呼びつけました。そして不老不死の研究成果を問いました。その頃研究は最終段階といったところでした。私は正直にそう伝えました。
ミツルノ様は明日までにできるか、と付け足しました。私は無理だと思ったので無理だと言いました。
私は無理、という言葉を使えば、みなから叱られてきました。だから目を瞑って頬を叩かれるのを待ちました。
しかしいつまで経ってもミツルノ様は叩きませんでした。目を開けてみると手で自身の頬を覆って、俯いていました。
叩かれなくてよかったと思いながら、酷く揺れる気持ちがあったのを覚えています。
私は部屋から出て行こうと思い、ミツルノ様に背を向けて歩きました。
一歩踏み出した時、頭皮に刺激がありました。
振り返るとミツルノ様が私の三つ編みを巻き取って、私を引き寄せていました。まるで鎖のようでした。
私はミツルノ様の目の前に来ました。
ミツルノ様は顔を上げて、三つ編みの先を唇に当てました。
ミツルノ様は三つ編みをもう一度、さらに強く引き、私は体勢を崩しました。抱き止められました。口づけをしました。
酷く揺れる気持ちがいきなり縛りつけられたようでした。
愛はなかったと思います。
丁度あの場にいたから、私が珍しい容姿だったから、精神状態が悪かったから、だと思います。
でもミツルノ様の愛する人になることより、さきほど言ったような条件が全て重なることの方が私は奇跡的だと思うのです。
私の方が先に目が覚めました。
寝巻きを着て、起きあがろうとするとまた頭皮に刺激がありました。
解け、乱れた髪を撫でられました。
名前をやろう、そう言われました。
天窓からベッドに光が入ってきました。
月の光でした。
「キレイ・ツキ」
これが私の名前です。
夜が明け、月が消えるとともにミツルノ様は消えました。
月が消える、この表現はある意味で正しく、ある意味で間違っています。
月は在ります。ただ一時的に見えなくなっただけ。
ミツルノ様も同じです。
それから数年後、不老不死の研究は完成しました。
私は新たな研究課題を与えられておりました、ひどく時間を有するものです。
なので私は最初で最後の人間への実証実験を自分自身に行いました。
結果はご覧の通りです。
ミツルノ様が研究していたのは、ツキという天体に関することでした。
ミツルノ様はこの国を守るために生贄となったのです。
では私は逆をしましょう。
ミツルノ様を取り返すためにこの国を生贄としましょう。
ミツルノ様を取り返すためには、頭の悪い国民たちが何匹いても足りないような気がしましたが、結界があるので、外に出ることはできません。
250年の月日が流れました。
ミツルノ様の子孫、金の髪と灰色の目、三つ編みの子どもたちは増えました。
私は王国の各所に、爆薬を設置しました。薬の配合は私の得意分野になります。
子どもたちは私の指示通りに、動きました。
この身焦がして待っています。
目の前で擦られたマッチが、積まれた薪に落ちていきます。
全てを、爆破しました。
全てを、燃やしました。
人は逃げ惑い、燃え、捧げられました。
満たして。満たして。満たして。満たして。』
以上が、裁判での供述です。
これから私は、火に炙られます。因果応報だそうです。
さて、私は死ぬのでしょうか。適切に、人間として、死ねるのでしょうか。
不老不死の薬。
肉体は傷つきます。それは実証済みです。
しかし寿命はありません。それも実証済みです。
そして魂は?
もしかすると、血の繋がった、肉体的に近い人物に、入り込むかもしれませんね。
そんな冗談じみた仮説を、私はおふざけのつもりで、牢獄に書き残しておきました。
今日は、ツキが、燃えています。
満ちて。
燃えるつき 家猫のノラ @ienekononora0116
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