あいつの小説の中に転生させられた

宇野六星

あいつの小説の中に転生させられた

 細かい話をするのは好きじゃないんだ。だからなるべく手短に言う。三千字くらいで。


 おれは死んだ。病死だ。若かった。ただ運がなかった。

 病気になるつもりはなかったのになってしまったし、治るつもりだったのに治らなかった。と言うより、治る前にうっかり死んでしまった。


 治るのを心待ちにしてしょっちゅう面会に来てくれてた友人には悪いな、と思った。ちょっと内気で、おれに依存気味だったから。


「俺さ…実は小説書いてんだよね」


 その友人、鳴岡なるおかのべるは、病室のベッド脇ではにかみ気味に言った。


「ある程度まとまったら、読んで…感想をくれよ」


 正直、あんまり興味は湧かなかったがおれは頷いた。


「ああ、いいぜ。て言うか今のうちに持ってこいよ。入院中でもなきゃ大量の文字を読む気になんかならねえよ」

「う、うん。暇つぶしにでもなるんなら」


 述は、腰掛けた丸椅子に両手をつき、脚で挟むようにしながらうつむいた。

 どんな話なのか聞くと、「ありがちな異世界転生もの」だと言った。ありがちなのかどうかはおれには分からなかったが、述は「とりあえず練習だし!」「初の長編だし!」と謙遜らしきことを言った。


 それから、「勉強のためにネットに投稿してるんだ」とスマホを取り出しておれの目の前にかざした。冒頭を少し読んだが、確かに初めて書いた文章っぽく微妙にぎこちない。


「ここだけじゃよくわかんねえな。けど、きっとこの先はおれを夢中にさせるような面白い話になるんだろ? 期待してるぜ」


 毛布から出してる手を――持ち上がらないので指先だけ――ぱたぱたと振ると、述はぱっと顔を明るくしてその手を両手で包んだ。


「ありがとう、ユウジ! 明日にでも印刷して持ってくるよ!」


 しかし、これが述との最後の会話になってしまった。


 葬儀のとき、述は印刷した小説の束を持参し、家族の了承を得ておれの棺に入れた。焼香し、棺の中に横たわるおれに話しかける。


 なんで知ってるかって? おれの魂はまだそこに居て、上から見てたからさ。


「ユウジ、約束の小説だよ。実はさ…主人公の名前、『ユウジ』に書き換えたんだ。そしたら…ひょっとしたら、転生して冒険できるかもしれないだろ。皆が憧れて応援したくなるようなカッコイイ活躍をしてさ。だってさ…早すぎるだろ? もう逝くなんて…あんまりだよ、ユウジ…」


 よせよ。


 おれだって全然割り切れちゃいないんだ。未練がでかくなるだろ。


 いたたまれない気分でいるうちに、棺は火葬場に持ち込まれた。

 炎に包まれながら、おれの意識は薄れていった。体が失われれば魂もそこで終わるらしい。やがて全てが真っ白になった。




* * *


「これで……終わりだっっ!!!」


 ザンッッ


ユウジは聖剣を振り下ろした。


渾身の一撃だった。

 

 ズズゥー……ン


赤帝竜レッド・ドラゴンは真っ二つになり、地響きを立てて倒れた。


巨木の幹ほどもある尻尾が、主の意志を失って条件反射で身をくねらせていてそれもやがて沈黙した。


「ユウジ!無事じゃったか!」


「もぉっ!心配したよぉ!」


「フン、私は信じていたぞ。見事だ、ユウジ。」


「…まったく、無茶しやがって」


仲間たちが安堵を満面に浮かべて駆け寄って来る。


魔術師ソーサラーのカルヴァドス。


僧侶クレリックのミア。


聖騎士パラディン、シルフィー。


そして盗賊シーフのシェイド。


「ああ、どうにか勝てたよ。」


ユウジは皆に振り返る。


「でも僕だけの力じゃない。皆のサポートのおかげだ。感謝してるよ。」


「いいって!それに、あたしたちだけじゃなくって、ユウジには神様のご加護もあるから」


ミアの言葉に、シルフィーも首肯する。


「先日、試練の山で勇者として覚醒してからのユウジは確かに能力が段違いだ。」


あの場所で、ユウジは神の啓示を受けた。


そこで自分は転生者であると神に告げられ、前世の記憶を映写されるとともに様々なスキルが開放された。


でもそれはまだ皆には秘密だった。


「とは言え、まだ本調子じゃねえんだろ? もう今日は休めよ」


シェイドが言うと、ユウジは頷き少し先の安全な場所でキャンプすることにした。


* * *




「やあ、いま手が空いてるかい?」

「おう。どうした、ユウジ」

「シッ…ちょっと、いいかな」

「? なんだ?」


 ユウジは、おれを連れて他の連中の目の届かない岩陰へ回った。


「実は、神の啓示のことなんだけど」

「待った。それは、おれに話してもいいのか?」


 おれが片手を上げてさえぎると、彼は苦笑いした。


「君が一番冷静に聞いてくれそうだからね、シェイド」

「ほう。冷静でいられなくなるような話なのか?」


 おれの返事に、「そういうところが信頼できるんだ」とユウジは微笑んで話を続けた。


「啓示の中で、僕は『転生者』だって言われたんだ」

「やっぱりな」


 勇者は他の世界から転生してくるっていうのがこの世界の伝承だ。実際に、転生者を名乗る者はときどきいる。だが転生者なら必ず勇者になれるわけじゃない。試練の山で啓示を受けた者ただ一人が勇者になるんだ。


「自覚はなかったのか?」

「うん。僕はただ、この世界を何とかしたいから冒険者になって、成り行きで試練の山にチャレンジすることになったけど、転生者だなんて思ったことはなくて」


 ユウジは肩をすくめたが、黒髪黒目の小柄で若く見えるその風貌は、多くの転生者が備えていると言われるものだった。


「神様も意外だったみたいで、前世のことを詳しく教えてくれた。『サイトウ・ユウジ』っていうニホン人で、いまの僕ぐらいの年齢で病死したんだ、って」


 うすうす思っていたが、やっぱりそういうことになったか。


「でも、まだ全然ピンとこないんだ」


 ユウジの顔色は冴えなかった。


「本当に僕、転生者なのかな? …勇者を名乗っていいのかな?」

「そんなに気にすることか?」

「だって、僕が転生者だと思うからこそ神様はスキルをいろいろ開放してくれたんだし」

「いいじゃねえか、もらっとけよ」

「え、でも」

「お前がユウジって名前なのは間違いねえだろ。理由はどうあれ、神様が目をかけてくれてるうちにとっとと魔王を倒せばいいんだ。そうすりゃ勇者を名乗ったって誰も文句は言わねえさ」

「そっか…」

「おうよ。パーティーの士気に関わるからあんまりくよくよすんな」


 そう言っておどけ気味に背中を軽くどやしてやると、ユウジはやっとスッキリした顔になった。


「ありがとう、シェイド」

「いいってことよ」


 先に戻っていくユウジの背中を、おれは同情を込めて見つめた。


 のべるの思いつきのとおり、『サイトウ・ユウジ』はあいつが書いてた小説の中への転生を果たした。

 だが、ユウジという名の人間に転生しているとは限らない。

 ましてや、勇者を目指すとも限らない。


 は、世界を救うみたいな大がかりなことはしたくなかった。転生者には珍しく現地人の風貌に生まれついたし、前世の記憶もなるべく口走らないようにした。

 ただ、運や器用さ、探知系スキルなどがあったので宝探し専門の冒険者になった。せっかく述がくれた第二の人生なのに、ひたすら穏便に生きるのももったいないからな。

 それがいつの間にか、打倒魔王のパーティーの一員になってしまっていた。悪目立ちする前にずらかりたかったが、おれと同じ名前の奴を見捨てたら後味悪いからとついつい助けているうちに、もう抜けられなくなってた。


「こうなりゃ、最後まで付き合うしかないか…」


 ユウジが主人公である以上、全滅バッドエンドになったりはしないだろう。

 だが、ユウジが世界を救いたい動機となった過去話なんかを聞いたり、パーティーに加入してからの冒険を振り返ると、気がかりな点もある。


 ユウジの周りの親しい人間があっさりと殺されたり、モンスターとの戦闘も深刻な被害が出たりしている。小説だと「魔物に食われた」とか「街が滅ぼされた」とか一言で済むが、リアルに生きてる身からすればたまったもんじゃない。

 小説を書き慣れなくって描写力が足りないなら、なおさら書き手自身がその深刻さを感じないだろう。


 今後、物語をもっとエモくするために、神=のべるが、おれたちパーティーメンバーを凄絶な目に遭わせないとも限らない。


 おれを生かしたくて書いてるはずの小説の中で、あいつによって死なされたりしたらシャレにならないぜ。


 そうならないことを、おれは祈った。

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